第33話 王妃との再会は

バグナルと出会った頃のことを思い出していたオルトは、彼の名前がこの様な形で出て来るとは思ってもいなかった。会議室ではファルドの占拠も、過去からの経緯いきさつでバグナルが今回の騒乱に何かの形で加担しており、トルジェ王国に伝わる“七つ星”を知っている悪意のある者たちが求めての事態ではないのか? との推測が話に上がる。


「何故バグナルが今回の事に絡んでいると?」


二人に聞いたオルト自身もバグナルとは過去の親交があるのでクラウスの言葉を丸ごと信じたくないように見えた。


「バグナルは当時の功績で兵権の掌握と国王からの信頼を確実なものとしましたが、それを妬む者の存在も大きくなったのかもしれません。バグナルには妻子がおりましたが、クエル逃亡事件後に行方がわからなくなったという報せが、随分とあとではありますが、我らの元に届きました……」


「それではバグナルに何かあって周辺……いや、妻子にかかわるような出来事がバグナルに七つ星を探させるきっかけになったということか?」


「おそらく……普通、妻子が行方不明になれば、誰でも必死で探しましょう……しかし彼はその様な行動は見せておりませんでした。私が知るバグナルなら当然妻子を何を置いても探すはずです……しかし彼は、そのような行動の代わりに七つ星の情報を熱心に集めておりました。当時、私はバグナルに直接聞いてみましたが事情を話してはもらえませんでした」


続けてヒース王が言葉を繋げた。


「その件では私もバグナルに問うてみた……だが同じように事情を話してはくれなかった。彼が話せぬ事情は私にも何となくわかった。誰かの目を気にしてか彼は話せずにいたように思えた」


悲痛そうなヒース王の表情からオルトはその時の情景が浮かんできた。


「ヒースはバグナルの内心を読み切れなかったのか?」


ヒース王に聞くと、ヒース王は言葉をつまらせながら答えた。


「当時の私はディアナが病気のことが最大の心配事で……」


「そうか――仕方がないと言ったところか」


それはヒース王に向けたものでは無かっただろうが、ため息交じりの言葉が口から洩れていた。オルトはバグナルの行動にどうしても納得のいく説明が欲しかった。彼の前向きで多くを見据える眼差しが曇ってしまったとは思いたくなかったからだ。


クラウスはなおも話を続けた。


「その後も彼の行動は七つ星の情報と在り処を探すもので、それは軍規だけでなく政務にも影響を与えかねないと判断した担当官僚たちがバグナルの職と階級をはく奪する様に国王に注進し、彼を退けたのです」


「つまり、みんなでバグナルの行動を封じようとしたのか……彼のその心を考えずに」


オルトならどんな対応をしたのか気になったヒース王が訪ねてみた。


「あなたならどうしてましたか?」


「そうだな……バグナルにちゃんとした形で七つ星の探索を命じていたかもしれないな、その間に状況が変化して見えてくるものもあるだろう」


「その間に?……時間を与えれば目的も考えてることもわかるかも知れないということですか?」


「七つ星に関しては誰も詳しくは知らないだろう? いっその事、調査して本当に大事なものなのか? それとも伝説上だけのものなのか? をはっきりさせるのも必要だったかもしれないな」


「そういう発想は当時の……いや、今の私でも考えられないです。あいも変らず発想が凄い人ですね」


クラウスがヒースの言葉を受け継いで、話の本題を戻した。


「バグナルは、役職などをはく奪されたその後は誰にも何も言わずにここから去っていきました」


過去の経緯を聞いたオルトは考えをまとめていた。もしバグナルが七つ星の事を探しているなら全く情報が集まらない訳ではなかったはず……何らかの手がかりや情報は手に入っただろうし、その情報を他国に渡った際に誰かに話していたとすれば、クラウスの言っている一連のレゴ、モファト、ナフラバの裏での行動にある程度の説得力が生まれる。そして、ファルドの占拠に至る行動にも繋がるのではないかと。自分の立場を失ってでも探していたのには、多分バグナルの妻子の事が絡んでいるのではないかと独自に推測していた。


もう一つ引っかかっていたのが逃走したクエルのことだ。自己中心的で権力欲が強い野心家の印象を思い出したオルトは、その存在にも悪意を感じていた。


「もう一つ気になっている……当時のバグナルは誰かに恨みや妬みを買うような相手はいたか?」


その質問にクラウスが首を振りながら応えた。


「バグナルは部下に公平で官僚や貴族の者にも礼節を持って接しておりましたので人に恨みなどを買うような者ではありませんでしたが、一人だけ……」


オルトが悪意を感じていた彼の名前を挙げた。


「クエルか?」


「はい……クエルは南方で起こした軍規違反の罪を逃れる為に逃走し、足取りも掴めませんでした。もしバグナルに恨みを持っているとすれば、あの者ぐらいしかいないと思います」


当時ヒース王はクエルの消息と捜索をしていた事をオルトに告げていた。


「私もその当時はクエルの捜索を手配していたんだ……しかし手がかりも掴めずに時だけが過ぎていき――今はファルドのこともあり、それも棚上げしている」


現状ではそれも仕方のない事だとオルトも理解した。その話し合いの最中、会議室の扉を叩く音がした。


「何用だ?」


そう答えるクラウスに扉の外から近衛兵の返答があった。


「ハッ! ただいまドラグーン領主リジット将軍からの使者が来ております」


「リジットから? わかった謁見の間に通しておくように」


そう伝えると近衛兵は扉の外から離れて行った。


「もう少し情報が欲しいな……それと仮説だが逃亡中のクエルが当時、バグナルに接触して何かしたのではないかと私は考えている――バグナルが従わざるえを得ない状況だ。そうでもなければ聡明なバグナルがそのような行動に走る道理が思いつかない」


オルトの話に二人は頷いていた。三人は席を立ち会議室を出ると、途中でオルトはヒース王にディアナに会いに行く旨を伝え二人と分かれる。


「ヒース、私はディアナに顔を見せてくる」


「ありがとう、彼女も喜ぶよ」


オルトはバグナルやファルドの件で辛気臭くなるのが嫌で冗談を言って雰囲気を変えようとした。


「ヒ~ス~……ディアナを口説いていいか?」


走り去っていくオルトにヒース王が子供のようにムキになって止めた。


「ダメ! です!」


クラウスは彼の冗談だとわかっているのでヒース王に、にこやかに対応する。


「国王……オルトの冗談ですよ」


その言葉が届いているのかどうかヒース王は通路の小窓から顔を出してオルトに言った。


「オルト! ぜ~ったい! 駄目だよ!~」


困り顔のクラウスがヒース王のマントの裾を引っ張り謁見の間に向かう。


「国王……ですからあれはオルトの冗談ですよ、冗談」


「冗談でもダメ! ぜ~ったい駄目!」


「はいはい……」



オルトはその足でディアナ王妃のいる宮殿の庭に向かっていると、その途中でチェスターが待っていた。先ほどまでの態度とうって変わり、騎士として礼節をもって待っていたのだった。


その姿を見たオルトから声をかけた。


「クラウスから私の素性を聞いたのか?」


「はい……そうとは知らずに無礼の数々……大変もうしわけありません」


「わかってもらえればそれでいい……何も聞かされていなければ、あの対応は普通の事だ」


「は! しかし私はあなたに酷い扱いを」


非礼を詫びたチェスターは肩を落とし真面まともにオルトの顔を見れなかった。


軽く彼の肩に手を置くと、気にしていないことをオルトは伝えた。


「それは言わなかったヒース王やクラウスが悪いよな……お前のせいではない」


「これからどちらへ?」


「ああ……ヒース王とディアナ王妃の仲を取り成そうと思ってな、ディアナ王妃に会いに行く」


それを聞いたチェスターは頭を下げて同行を求めた。


「オルト様、もしよろしければ一緒に行かせていただいてよろしいですか?」


「構わないが、知らぬぞ巻き添えを喰らっても……」


その言葉の意味が分からなかったチェスターだったが、そのままオルトについていくことにした。


宮殿の中庭に着くと、オルトは侍女が付いている女性を見つけた。綺麗なエメラルドグリーンの髪を背中まで伸ばし、耳飾りの宝石はその女性の美しさをさらに引き立てる。額のサークレットは国王から贈られたものなのを知っている。その女性は優麗ゆうれいであり、凛りんとした佇ただずまいが印象的であった。


チェスターも何度か王妃を見ているが、その美しさは国王だけでなく政務官や騎士の間、そして国民でも認知されている事だった。


そのディアナ王妃にオルトはゆっくりと後ろから近付いて行く。


王妃はテラスで中庭を眺めを見ていると、近づいて来るオルトに気が付いた。目が一瞬潤うるみ、王妃から近づいて行くと侍女が止めるがディアナの言葉で侍女がさがった。そしてオルトに駆け寄って行ったディアナは思いっきり、その場にあった警棒でオルトを殴り倒した。その行動に唖然となったチェスターと侍女たち。


(ハハハ――やっぱりこの展開か……)


オルトは地面に埋もれながら思う。


周りの驚愕している状態にお構いなしに、オルトの襟首えりくびを掴んで揺すりながらディアナが言った。


「オルト! あなた今までどこに行ってたのよ! 何にも云わずにいなくなって」


そう言いながらディアナの手が掴んでいた襟元えりもとから変わり、オルトの背中に手が回ると抱きつくようになっていた。


「すまなかったディアナ……でも元気そうでよかったよ」


ディアナは何も言わずに涙を浮かべながら、ただ抱きついているだけだった……



落ち着きを取り戻したディアナは、オルトを中庭のテラスに連れて行き、その横にちょこんと腰を掛け、話を始めていた。彼の居なくなってからのいろんな出来事を話ている姿は齢よわい五十近い人には見えず、まるで少女のようだった。それは周りにいる侍女やチェスターも見ることが無かった王妃ディアナの意外な一面であった。


「ふう……少し話をし過ぎたかしら――疲れたわ」


「ゆっくり話せばいいだろう……私はヒースに頼まれてここに来たのだから」


そういうオルトにムっとした表情で言う。


「じゃ~なに……ヒースに言われなければ会いには来てくれなかったって事?」


「いや……そうではないが……最近ヒースと」


「わかってるわ! ヒースが忙しいのは……けど会話のないまま、もう一か月以上経っているのよ! そんなほったらかしにされて私も我慢の限界なんです!」


オルトの言葉を遮るようにディアナが拗すねた感じで言う。ディアナを見て微笑ましく思えるオルトでだった。


ふと遠い昔の出来事を思い出すかのようなディアナの声、仕草、姿がオルトにとっては嬉しくも思えた。その表情を見たディアナはオルトに詰め寄った。


「ちょっと! 聞いてるのオルト?」


「ああ……ちゃんと聞いているよ」


そんな微笑ほほえましい会話が宮殿の中庭で続いていた。

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