第23話 アランとジンラッハ
ハマたちはシーフの街にすんなり入っていた。元々警戒が強いという地区ではなく、一応自治権もあるので一般領民と住み分けをした方がいろいろな意味で都合が良いという理由で壁が作られただけだった。それを事前の情報収集で得ていた為に戸惑いも無く入る事ができていた。
「みんな! 琴ちゃん救出作戦よろしくね!」
「よ~し! 手筈通りにいくっちゃ!」
ハマの表情には力強さが出ていた。アーマーの合図に、各二人一組で探しに街に散っていく。
一組目はハマとディープ。二組目はミワンとヒロサス。三組目はアーマーとポン。四組目はピロと桔梗。そして五組目はアルとリリシアである。五組に分かれた聖夜メンバーは深琴を救出する為に潜入を開始した。
二人で一チームに分かれたメンバーは各自、別々の方向に散らばって行った。その内の一組目、ハマとディープの二人はシーフの服装を着て、あたりを見ながら慎重に行動している。
「ハマさんどこに居ると思います? 琴さんは?」
「わからないよ……ミワンの情報で分かっていることは、今日にでも琴ちゃんの処刑が行われるだろうって事だけだし」
「そうですよね……この広いシーフの街を全部探してたら見つかる前に琴ちゃんは……」
「ディープ君! そんな冗談にならないこと言わないでよ……処刑予定の場所も探さないと」
「そうですね。とにかく怪しそうなところに目星を付けて探しましょう」
他のグループも同じように、深琴の捕らわれている場所の手がかり探していたのだった。
そんな中、一人の男がラスグーンの街に到着した。使い古したローブに身を包み、その中は黒の軽装だった。腰には短刀のみで、靴は季節感のない黒のロングブーツを履いていた。それはシーフの好む服装であるように見えたが、その男のスッと伸びた背はその雰囲気を掻き消していた。男は大都市であるラスグーンを国王から任されている領主ジンラッハの所にまっすぐ向かって行った。
ジンラッハは、この大都市ラスグーン一帯をトルジェ王国第十一代国王であるヒース王によって信任されていた。彼の手腕でラスグーンの街のみならず、国内の安定と発展に大きく影響を与えており、元々このラスグーンという都市は、首都ウォーセンの姉妹都市のようなもので首都と大きく変わるのはシーフギルドの街が認められている事と、少数であるが海軍を擁しており、港があるぐらいのものだった。
もちろん首都より街全体の規模は劣るものの、物流や経済的な影響力は大きい。そんな都市を治めるジンラッハは国王の信頼が厚く、その期待を裏切ることなく民に温和で部下に公平な良き統治者であった。
ジンラッハの領主邸に先程の男が来ると、門前で衛兵に制止され要件を聞かれていた。
「止まれ!何者だ!」
「ジンラッハに頼まれていた物を持ってきた」
「領主様を呼び捨てとは! 貴様、名は?」
「アラン……アラン・スタークが来たと言えばわかる」
そう言うと、男はかぶっていたフードをはずし、顔を露わにする。その精悍な顔立ちはかなりの男前であり、また、彼の髪はフードを外すと背中に届くほどの長さがあった。
屋敷で執務に没頭していたジンラッハの元に衛兵がやって来て、アランの来訪を告げた。
「報告します!門前にアラン・スタークと言うものが来ておりますが、どういたしますか?」
その来訪をジンラッハは嬉しそうに受け入れた。
「帰って来たか……問題ない! 直ぐに見聞の間に通せ」
「ハッ!」
そう言ってジンラッハは執務室を出ると、そのまま見聞の間に移動した。ジンラッハは元々一般兵から将軍にまで登りつめた人物で、大きな体格を有しており歳は四十を超えているがその肉体からは衰えを感じさせない。そして目には、前線を退いた今もなお迫力があった。その見た目から、彼と直接話をした事がない者の間では、巨大怪物を一人で倒したとか、千人以上の敵を相手にして無傷だったといった噂話があるほどだ。
「失礼します……お連れしました」
「お前は下がっていてよい」
「よろしいのですか?」
「私の友人だ。二人で話がある」
「はッ!」
衛兵は敬礼をしてその場から出て行き、アランとジンラッハの二人となった。二人は固い握手をし、
「無事で何よりだった……アラン」
「ああ、しかし状況は最悪だ……」
ジンラッハは彼にある場所の調査を依頼していた。アランもこの都市内で自治を認められている地区“シーフの街”の統治者でもあり、ジンラッハとは親友でもあった。そのアランの報告を受けてジンラッハは愕然となった。
「まさかそこまでひどい状態だとは……」
報告書で見ていたのはファルドの状況であった。
ファルドはトルジェ王国の西側に位置をしている都市で、ラスグーン、シーグーン、ドラグーンなどの重要大都市に次ぐ大きさの都市だった。そのファルドが数年前、何者か達に占拠された。
奪還を試みた国は何度も軍勢を送り込んだが、失敗に終わっていた。王都ウォーセンからの指示もあり、動けなかったジンラッハは、アランにファルドの内情を探って来てほしいと依頼したのだ。アランもファルドの様子に関して気になってはいたが、ジンラッハの依頼が無ければ直接行動はしなかったであろう。シーフギルドを治める立場もあり、シーフの街を長く空けるのには少しばかり抵抗があったからだ。
しかし、いくつかのシーフギルドの動きとファルドの占領が繋がっているという情報を得て、アラン自ら調査に赴いたのだった。
「あれ程までとは思わなかった。ファルドの民衆は奴隷と同じか、それ以下だ……ファルドから逃げ出そうとしても都市の周りに放たれた魔物などによって逃げた途端に殺される――ファルドは魔物と無法者の巣窟都市になってしまっていた」
その内情を聞いてジンラッハは、その様な状態でも必ず統治者や支配者といった者がいるはずだと考えていた。
「アラン、そのようなファルドを治めているのは誰か判ったのか?」
「いや、頭にまではたどり着けなかったが、その下の四人は判った。」
「四人?」
「ああ……ファルドは無秩序であってもその中で統治者がいる。その読み通り統治者の下に四人の実力者がいた」
「その四人とは誰だ?」
「一人は魔法を使い、他の魔法使いを圧倒する実力者のジル。
二人目は大きな体と大剣を使い、剛腕の者でセルランと言う。
そして三人目はアンクシャー、この者は怪物などを従える力を持っている」
アランの言葉はそこで止まった……その先の名前を言うのを躊躇っているように見受けられた。
「どうしたアラン?」
アランは口調が変わり、四人目の名前絞り出すようにを告げた。
「四人目、最後の一人は……バグナルだ」
それを聞いてジンラッハは驚愕する……以前、王都に居た頃に見知った名前だったからだ。
「アラン! 今何と言った? バグナルだと!」
「そうだ。あのバグナル殿だ……俺も姿を見るまでは信じられなかった。バグナル殿が生きていた。しかもファルドを占拠した悪しき者たちの一人になっていた」
アランは昔の善良であったバグナルの記憶と現実とのあまりにも真逆な状況を信じきれず、辛そうに言葉を吐いた。
「どうしてだ! 何故バグナル将軍がその様な事を」
ジンラッハも同じく昔の記憶が離れないといったように、バグナルを当時の役職をつけて呼んでいた。
「わからない。話しかけるような隙もなく、昔とは明らかに違った」
そう言うとアランは目線を床に向けた。
ジンラッハもその言葉に動揺が走り言葉が出なかった。
二人の沈黙は暫く続いた……そこへ一人の衛兵がドアをノックして入って来た。
「失礼します!」
「どうした?」
「ハッ! ラスグーンクラン大会の件で協賛のシーフ街代表者の使いが参っております」
「シーフ街の?」
その言葉に先に反応したのはアランだった。アランが本来ならシーフ街代表者のはずが、留守の間に代理ではなく代表者に誰かがなっているという様に聞こえたからだ。
「わかった、謁見室で待たせておけ」
衛兵が部屋を出て行くと、ジンラッハがアランに問いかけた。
「いつ代表を譲ったんだ? 」
「そんなことはしていない……動き出したという事か」
「お前の方も何か抱え込んでいるのか?」
「ああ、ファルドの一件と繋がっているかも知れない……」
「ファルドの?」
そう言うとアランは先に一人部屋を出て行く。
「戻るのか?」
「寄るところがあるのでな……」
「そうか、来ている使者は上手くあしらっておくとしよう」
「すまないが、頼む」
そう会話を交わすと二人は別れた。
ジンラッハは謁見室に待たしていた使者に会うと、要件を早々に聞いた。
「待たせたな……大会のことで参ったと聞いたが」
「ハイッ……この度行われるラスグーンクラン大会の協賛と、ラスグーンシーフギルドの長が変わりましたので報告に参りました」
「変わった? アラン・スタークではなくなると言うのか?」
「はい。アラン様から
その言葉を聞いて少し考えてからジンラッハは使者に問いかけた。
「アランからその様な話は一度も聞いていなかったが」
「急に決まった事ですので、取り急ぎご報告をさせていただきました」
「ふむ……で、その急な理由は?」
「はい、アラン様の御子息であるレバンナ殿がシーフの誓約書を盗み何処かに隠してしまったので、親であるアラン様にも監督責任を追及すべく、長の座から降りていただく事となりました」
「バカを申すな! シーフの誓約書は国王自ら、アランに与えた書だ! 云わば国王が認めた者の証である! それが無くなった位で貴様たちはアランを降ろすと言う権利があると思っておるのか?! まして、息子のレバンナがその様な事をするはずがない!」
ジンラッハの威厳ある言葉にたじろぐ使者に対して更に付け加えて言った。
「その様なことを他の者たちが認めたとしてもわしは認めんぞ!」
「しかし……」
「帰ってジャミスに伝えるがいい。貴様にシーフを束ねる力量があるとは思えん! 茶番をやめてアランに従えとな!」
そう言うとジンラッハは謁見室から出て行った。残された使者はそのあまりの剣幕に、その場に立ち尽くしていた。
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