第9話 決断

イリノアの街に戻った翌日――

みんなが集まっている“風変わりの店”に向かう深琴の足取りは重い。


(皆さんに謝らないと……)


そう思いながら向かうと、深琴と入れ違いに店から何人かの仲間が出て行った。


「おはようございます……? 皆さん? どちらに行かれるのですか?」


その問いに答えることなく、無言のまま出ていった仲間たち……店の中に入って見ると数名しか残っていなかった。


「あの~今出て行った皆さんはどちらに行かれたのですか?」


深琴が尋ねると残った中の一人、桔梗ききょうが答えてくれた。桔梗はこのクランに長くいるメンバーの一人で、背はすらりと高くシャープな身体つき、髪の毛は長くその髪を後ろで束ね前に持ってきている。服装は明るく涼しげで爽快さを感じさせるものが印象的であり、男性だがスリッドの入ったスカート調の中に足首あたりまであるボトムを履いている。


そんな彼が、手に持っているグラスを見ながら深琴に話してくれた。


「彼らはクランを抜けるそうですよ……一緒にやっていけないってことで」


「なんやって! あれくらいで怖気づく奴なんかいらん!」


アーマーが苛立ち紛れに言ったことにハマがなだめるように話した。


「アーマー そういうなよ……彼らだってあんな仲間の出来事を目の前で見たら怖くなるよ」


「けっ!」


その答えにアーマーは不機嫌そうに言葉を吐くしかなかった。昨日の件が原因で何人かの仲間が離れることを理解した深琴はそこにいるメンバーたちに謝ることしか出来なかった。


「すみませんでした……私のせいで、皆さんがこんなふうになってしまって」


頭を深々と下げる深琴の姿を見てハマが慌てた感じで対応した。


「いやいや! 昨日の件は俺たちも納得の上でやった事なんだし……被害が大きかったけど深琴ちゃんが悪いわけじゃないよ」


「確かに……でも抜けた人数が多いからな――これじゃ~今までの様なクラン活動を維持できないよね、どうするか考えないと」


「ミーチャ、タックル、チョコ、コレット、シューター、五人も抜けちゃうのか……縮小しなくちゃいけないかな」


フォローの言葉を入れたハマに仲間の桔梗が現実的なことを伝えると、アーマーがふてくされながらも前向きな意見を言っていた。


「心配すんなって、メンバーなんかは直ぐ集めちゃーけんね」


ハマたちに不安を与えないかのように言うアーマーにも少しながら悔しさがあるようにも感じた言葉だった。

そしてハマは深琴にシーフに盗まれた物がみつからなかったと改めて伝えていた。

傷ついた仲間たちと仲間の亡骸も一緒にイリノアの街に帰って来た所で、シーフのアジトから持ち帰った物を全て調べたが、深琴の盗まれた荷物は見つけることが出来なかった。また昨日のアジト内部で捕まえたシーフから、かろうじて情報を得た内容に、深琴から荷物を盗んだのは間違いなかった事と、その荷物か分からないが別グループのシーフが一足先に一部の荷物を持ち出して別のどこかに向かったというのがわかったことだった。


「それはそうと、深琴ちゃん盗まれた物が取り返せなくてごめんね」


深琴は、一緒に荷物を取り戻そうとしたみんなに、もうこれ以上の迷惑を掛けたくはなく、ハマに今の自分の気持ちを伝えることにした。


「ハマさん……これ以上皆さんに迷惑を掛けることは出来ません……ですからもう、盗られた物の事はいいです」


その言葉を聞いたハマは驚いたようすで深琴に諦めないよう言葉足らずではあるが精一杯の説得する。


「え! そんな! 俺たちが相手を甘く見て、取り返せなかったんだ! そんなこと言っちゃ駄目だよ! 取り戻すの協力するからさ! お兄さんに頼まれた大事なものなんでしょ?」


会話を聞いていたアーマーはその場から離れてどこかへ行こうとし、その姿を見た深琴は気になってアーマーに話しかけた。


「アーマーさんどちらに?」


「ヤンヤの所行くったい」


深琴も自分を助けて負傷したヤンヤが気になっていたので同行する事をお願いした。


「あ! 待ってください私もヤンヤさんの所に行きますから」


「じゃ~俺もヤンヤの所に」


深琴につられてハマも一緒に行こうとするのを桔梗が止めた。


「ハマさん、駄目ですよ~クランの除籍者申請とか、やる事あるでしょ!」


ついて行こうとするハマは止められて行けなかった――彼を後目しりめにアーマーと深琴はヤンヤの所に向かう。その途中アーマーは歩きながら気になってた事を深琴に確認してみた。


「昨日のやつら――普通のシーフ達と何か違ったような気がするっちゃんね……何か心辺りはないと?」


「私がですか?……いいえ……何も、盗られた荷物も兄に頼まれたもので大事な物とは言ってましたが、狙われるようなもとは聞いていません」


「そぉったい……一応 俺たちのクランもそれなりにやれるクランだったけんね……メンバーがあんなにも簡単にやられるって腑に落ちんっちゃんね……相手が悪かったとかいな? それとも……」


「それとも?」


アーマーの言葉は深琴には聞こえないぐらい小さな声になって、もう独り言のようだった。


「あの連中に強さを感じんかったばってん……っとすると、こっちの存在に気が付いていて、それに備えていた……相手にこっちの事を知ってる奴がいたとかいな?」


アーマーの少し後ろで深琴も歩きながら考えていた。


(あの兄様からの荷物が関係あるの?……まさか、あの荷物ってすごい物なの?……あ! 忘れてた! 兄様になんて言えばいいのかしら)


考えながら向かっていると、ヤンヤのいる医療施設に到着していた。怪我をしたヤンヤはこの施設で治療を行っていて、彼はここの医者に自身の怪我の状態を告げられ険しい面持ちになっているようだった。


「もう……無理か……」


ヤンヤが、かぼそく呟く――その表情は悲愴に見える。そこにアーマーと深琴がやってくると二人の方から話しかけた。


「おう! 調子はどげん?」


「ヤンヤさん怪我のお加減の方はどうですか?」


二人に尋ねられたヤンヤは今の顔つきを隠すように笑顔で応えていた。


「おう! まあ~大したことはないよ、ちょっと時間はかかるみたいだけど――ちゃんと治るから!」


二人に伝えるがアーマーはなんとなく察し、深琴はその言葉を聞いて素直に喜んだ。


「ほんとですか? よかった~ヤンヤさんまで大事になってたら私……」

アーマーは二人で会話をしようと、深琴に用事を頼んでその場を離れさせた。


「琴、ちょっと飲み物でも買ってきちゃらん?」


「あ! はい! 行ってきますね」


深琴が席を外すと、彼女が見えなくなるのを待ってアーマーがヤンヤに本当のところを聞いた。


「本当はどげんと?」

気づいていたのかといった表情でヤンヤは答えていた。


「やっぱり見抜いてたか……」


「あったりまえくさ!お前との付き合い長いっちゃけんね……」


しかしそのあとの言葉が出ないヤンヤを見てアーマーが怪我の重さを推し量った。


「……」


「そんなに悪いとね?……」


「ああ……もうこの腕は動かないそうだ……」


「なんばいいよーと? あげん事でそこまでなるわけなかろーもん!」


それを聞いたアーマーは驚きをかくせず言葉になった。


「最初は俺も冗談だと思ってた……けど動かないんだよ……この腕が!」


腕を見つめて言うヤンヤの表情が辛そうに見えた。


「……」


今度はアーマーの方がどんな言葉がいいのか見つからないでいた。


「医者が言うには、何か強力な魔法でやられたのでは、ないのかって……」


「魔法? なしか! あげなシーフたちがそげな事できるわけなかろーもん」


怪訝そうに言うアーマーに対してヤンヤは首を振りながら答えた。


「わからない……けどこの腕が動かないのは事実だ」


アーマーとヤンヤの会話は少なかったが、アーマーの想像している違和感が合っていた事になってしまった。そして二人の会話はある方向に向いていた。


「つまり奴らは初めから俺らが来るのをわかってた……目的は解らんけど――って事か? 」


流れを整理していくヤンヤにアーマーは推測ではあるが、話の方向を繋げようとしていた。


「そうたい、そうじゃないと納得がいく説明が思いつかんばい、こっちのやられ方と、向こうの逃げっぷり、手際が良すぎるっ!」


アーマーは握りしめた拳を見ながら言った。


「アーマー、もし奴らが最初から知っていたとしたら何が目的だと思う?」


「そおっちゃ……俺もその部分がわからんっちゃんね……」


「もしかしたら……彼女なのか?」


「俺もそげん事を考えてみたっちゃけど、琴は心当たりが無いって言っとーし……それに突っ込んで話を聞いたわけじゃないしね……琴を観てても、そんな素振りも無いっちゃんね――だけん、まだ琴とは限らんっちゃんね~」


そこに深琴が飲み物と、ちょっとした食べ物を持って帰ってきた。


「ごめんなさい! 遅くなっちゃって、飲み物と他に何か食べるものもあった方がいいと思って」


「ありがとう深琴ちゃん」


「おっ!さんきゅ!」


二人に食べ物を渡し、一緒に横になって食べ物に手をやると深琴はヤンヤに話す。


「ヤンヤさん! 何か困った事があったら何でも言ってくださいね私が手伝いますから!」


彼の傷は自分のせいだと思っている深琴は、ヤンヤを気遣って言った。


「ありがとう」


ヤンヤは礼を言い、そんな深琴にアーマーの手が伸びる。


「こっと~、俺のも手伝って~」


深琴のお尻を触るアーマーだった。


「きゃ!」


反射的にアーマーを剣で叩く深琴、アーマーは地面に顔を埋めた。


ヤンヤとの話の内容に目途が付いたので、アーマーと深琴が施設を後にする。


「じゃ~またなヤンヤ」


「ああ……アーマーさっきの件よろしくな。」


「わかっとーばい……」


そう言って、背を見せて去っていく二人を見送るヤンヤ……動くもう片方の手は強く握りしめられていた。


その頃、ハマはクランメンバーの脱退でクラン管理事務局にその除籍者申請をしに来ていた。

クランとは賊や武装集団などと見分ける手段として作られたもので、各国に共通して運営管理事務局というのがあり、そこに申請した上で初めて集団での移動などが許可される。

運営管理事務局に申請しないで集団行動していると、盗賊などの集団と勘違いや誤解をうけて、粗雑な扱いをされてしまう事がある。そのような対応を受けない為に、団体に国家資格として与えられているのがクランと呼ばれるものだ。

無資格クランと認識された場合は取締りの対象になるので、そうならない為にも運営管理事務局に報告することは重要である。

クラン以外にもギルドといったものがあるが、クランは対人相手が活動のおもとなる団体名称として使われることが多く、ギルドは用途によって様々な分類があり集団の名前にほぼその分類の名称がつくことで見分けられる。シーフ、商人、冒険者、職人など他にも様々なギルド分けがある。

クランもギルドもしっかり運営管理事務局に申請して許可を得ていないと、集団での行動に制限を受けてしまう、その為に運営管理事務局は各国に大きな力をもっているという側面がある。


「はぁ~これで新しいメンバーを探さないといけなくなるんだよな……」


「大丈夫ですよアマさんもいるし、僕たちも協力します、また直(す)ぐに集まりますよ」


一緒にきていたクランメンバーのディープが言う。その言葉にハマも少し安心したように、クランの管理事務局に入って行った。

付き添って一緒に来ているメンバーのディープは明るめの茶色い髪を無造作にさせており、背も高く細見の身体には矢筒を腰ベルトあたりに付け、常に弓を背中に背負い持ち歩いていた。おっとりした雰囲気でクランの中ではあまり目立たないが、良識的な意見を言う一人であり慎重な性格である。もともとは片田舎から大きな都市に仕事を求めていたところを誘われ、深く考えずにクランに入り活動をしていた。そして弓の扱いに関しては、このクランで一番上手いだろう。




しばらくし、管理事務局の中にいたハマたちが手続きを済ませ出てくると、気持ちを新たにして、アーマーたちのところに戻って行くのだった。

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