第2話 動きだした運命
ユリシア大陸……かつてその大陸にはいくつもの国が存在しており、その中の一つにトルジェ王国という国があった。トルジェ王国は接している七つある国と国交を保ち貿易などを行い独自の文化と風土によって繁栄を続けていた。
過去には争う形になったしまった隣国もあったが、その国とも今は協力して平和をもたらしていた。
大きな戦乱と呼べるのは三十年ほど前に起きた戦争で、それもすでに過去の事として収まっておりそれ以降、国内では幾つかの戦いはあったものの、おおかた平穏と呼べる時期であった。
そして世界には平和にも戦乱にも導く力として共通してある“魔法”という大きな力の存在があった。魔法を使用できる者、使いこなせる者の存在はその国にとっては大変有益であり、上手く使えれば環境や道具、生活など様々なことにおいて役に立つ。しかし、使い方を間違えれば自然も国も生命さえも簡単に失うような危険を含んだ力が魔法であった。
トルジェ王国の王都ウォーセンよりはるか南にあるセテの村に一人の少女の姿があった。活動的な麻の素材で出来た服に身を包み、質素な短剣を腰のあたりに差していた。背はさほど高くはなく艶やかに光る黒髪を後ろで一つに束ね、屈託のない優しい表情と眼差しを持っている少女が森の中で黙々と狩猟と採取をしていた。キノコや山菜を見ながら選別しカゴに入れ、先ほど狩った獣を紐で縛りそれを担ぐ。
「う~ん。まあ、今日はこんなものかな」
そう呟くと、手にはキノコや山菜が入ったカゴを持ちながら村に戻り、家へと歩を進めた。家に入るとまだ寝ているであろう一緒に住む兄に向かって大きな声で話しかける。
「ただいま~兄様もうお昼過ぎてますよ――今日は私が行きましたけど、明日からは寝坊せずに頼みますね……あれ? 兄様、居ないのかな?」
少女は返事のない兄の姿を探すと見当たらず、テーブルの上に手紙が置いてあることに気が付いた。
「なになに? 深琴へ、用事を済ませにイリノアの街に行ってくるだぁ~!……もう! 勝手なんだから!」
その手紙を読んでため息を吐くと、深琴は家を出て近所を一軒一軒回り、狩りで獲たものなどを配りだした。
「こんにちは~ジーノおばさん、今日のおすそわけです」
「あら深琴ちゃん いつもありがとね! じゃあうちの果物持ってってね、シャルル今日採って来た果物もってきて」
シャルルと呼ばれた七歳ぐらいの女の子は髪を左右に分けて両側で結った髪型の可愛い感じの子である。 奥にあった果物を持って来て深琴に渡そうとするとよろけて倒れそうになり、深琴に支えられる格好となった。
「あ、ありがと」
シャルルはそう言って照れながら果物を渡す――深琴は女の子を支えた時に彼女の身体が熱かったのを感じたので気になって聞いてみた。
「あれシャルルちゃん、ちょっと体熱くない?」
「そうなのよ、さっきまで他の子供たちといっぱい遊び過ぎて疲れが出ただけだと思うんだけど、あとでファブルさんの所に一応診せに行く予定なの」
「そうですか、何ともなければいいですけどね」
母親も子供の体調を感じていたらしく、医師の所へは行くとのことだった。
心配している母親と深琴の会話にシャルル本人は気にも留めないようすで、今日の出来事を深琴に話している。
「今日はみんなと河原に行って遊んでたんだ……そしたら知らない人が一緒に遊んでくれたの」
「知らない人? 村の人じゃないの?」
「うん、旅の人だって言ってたよ、でねその人がいっぱい遊んでくれたんだ」
「そうなの、よかったわね一緒に遊んでくれる人で」
「うん!」
楽しそうに話すシャルルの聞き役になっていた深琴は、こうした会話をしながら村を周り交流する。深琴と兄のオルトは近所の人たちに獲た食糧を渡して歩き、お返しに別の食品や生活用品を受け取る物々交換をしていた。もちろん交換だけで生活しているわけでは無いが小さな村なので助け合いの意味もあり、そういうことをしている。
村で唯一の医師ファブルのもとに食糧をもって行くと、くわえ煙草のまま外で休憩をしていたファブルがいた。その姿は白髪の髭を蓄え高くもない背を更に小さく見せるような背すじだが、そんな姿に似合わない力強き声と、落ち着いた雰囲気を持っていた。
ファブルは深琴の顔を見るや兄オルトの話をしはじめた。
「オルトは、またお前に任せっぱなしか?」
「ええ、まあ」
「家にいるなら、 あやつに言ってやろう! 」
「用事を済ませるとかで、イリノアの街まで出かけてしまったようです」
会話をしつつ採って来た食料をファブルの家に入れた。
「またか! おまえに仕事をさせて、あやつはプラプラと何してるのか…… 困った奴だ」
「そう、ですね~ あはは」
いつもと同じようなことを言われ、深琴は苦笑いするしかなかった。
他の村人のところへも一通り訪ね終わると、交換できた物を抱えながら深琴は一人で家に戻ってつい呟いてしまった。
「はあ~ 今度はいつ戻って来るのかな。ライル兄様は……」
そんな妹の気持ちも知らずにセテの村から一番近いイリノアの街に一人の髭面の男がいる。旅人が好むような丈夫で軽いローブをまとっていた。その中は柔軟で保湿性に優れている綿製の服を着ており、持ち物にはさほど大きくない鞄と腰には古ぼけて使用感のない剣を携えた格好で街に来ていた。髭があるからといって厳つい雰囲気はなく、どちらかと云えば体は痩せており威圧感も全くない。背も普通ぐらいで高くはない。顔も色男でもなければ不細工でもない。外見的に特徴と呼べる雰囲気のものは無いと言ってよかった。それが深琴の兄であるオルトであった。
(この店だったよな?)
オルトは“風変わりな”店に入って行く、その名の通り看板には“風変わり”と書かれており、店の外観は壁に色鮮やかな塗装がされて建物自体はなぜか歪んでいる。外見からは何の店かわからない感じである。中に入ると武器や防具、魔法用品、また食事も出来るようで、円卓の席やカウンター席もあった。混雑はしていなかったが多くの人で賑にぎわっていた。そんな店の中を歩きカウンター席に向かうとそこにいた者に声をかけた。
「すまぬが、この店のマスターに用があるんだが……」
「マスターは私だが何の用だね?」
「このような物を受け取りに来たのだが」
オルトは何か書いてある紙を見せると、店主は一瞬驚いた顔になるが、すぐに真顔で対応した。
「これを本当に受け取りに来る人がいるとは思ってもいなかったよ――ちょっと待ってくれ今持ってくるから……」
店主はそう言うと店の奥から布に包まれた筒を二つ持ってきた。
オルトは店主が渡してきたものを受け取り礼を告げると店主に金貨を数枚渡した。
「礼などはいらんよ! 世話になった人に頼まれていただけだ」
店主は強い口調で受け取りを拒否したが、オルトはすかさず店主に理由を付け加え金貨を受け取らせた。
「受け取ってくれ、宿も取って置いてもらいたいからな」
それならばと、店主は金貨を納め店の従業員を呼ぶと、自ら経営する宿の部屋を手配させた。
オルトは店を出て街の中央広場まで歩くと周囲を見渡し、その場に座視する。
(そろそろ来るはずだが)
そう思って暫く待っていると、薄汚れたローブを着た老婆が近づいてきた。ちょっと間違えば物乞いのようにも見える格好で、周りの人からは避けられる感じの容貌だった。
「預かりに来たよ」
老婆が呟くと、オルトは先ほど店主から受け取った筒の一つを老婆に渡し、それを渡してくれと一言添えた。老婆は頷き筒を受け取るとその場を去っていった。その老婆を見送ると、もう一つの筒をしっかりと仕舞い込む。
「もう一つは明日だな」
そう一言つぶやいてオルトは街中に消えていった。
深琴の兄オルトがイリノアの街で大事な用件を済ませている頃、セテの村ではひとつの問題が起こり住民が集まっていた。
「いったいどうなっておるんじゃ―― 集団でしかも子供にだけこんな高熱の病気にかかるなど普通にはありえんぞ! ……今使っている薬だけでは完全には回復せんし」
それは村の子供たちが集団で高熱になり、次々と動けなくなる事態が起きていたのだ――村の医師ファブルの話では、手元にある薬では完全な回復は望めず当然放っておいては命にかかわるため時間がないと母親たちにも説明されていた。
懸命の治療にも関わらず子供たちの症状は回復せず、そのようすに子供たちの母親の一人がファブルにすがりつくように聞いていた。
「子供たちは? このまま治らないんですか? どうすれば! どうすれば子供は助かるんですか?」
「原因は分かっておるが、手元にある薬では一時的に症状を和らげることしか出来ない。完全に治すとなると、新しく薬を調合して作らなきゃならん――それにはイリノアの街に行って薬の材料を買って来ないと作れんし……今のままでは、子供たちの体力的にどれだけもつのかどうか」
ファブルの言葉を聞いて母親たちが泣き崩れてしまう。
「そんな……ファブルさん! 子供たちを助けるにはイリノアの街のどこに行けばいい?」
辛そうな様子の母親たちに代わり、ファブルに向かって思わず責めるような声になった深琴に、ファブルはあきらめた調子で答えていた。
「行っても無駄だ――材料が高価でな、容易く手が出せる金額じゃないんじゃよ」
「なんとかする! だから店の場所を教えて!!」
深琴が必死でファブルに頼んでいるのを見た母親たちも、金銭は何とかするからとファブルに懇願しはじめた。
「わかった……じゃが、誰がイリノアの街まで行くのじゃ? この村の男は出稼ぎに出とるし、当分は戻ってこん――今いるのは女子供と老人だけじゃぞ」
それを聞いて、その場にいる人たちは顔を見合わせると、再び深琴が声を上げた。
「私が行く!」
「しかし、お前が街まで行くにしても急がねばならんのじゃよ! もうそろそろ日も暮れだす――どうやっていくのじゃ?」
「大丈夫! イリノアの街までの道は知っているし、馬に乗って行けば遅くなるかもしれないけど、なんとか夜には着くでしょ?」
「夜に森を抜けると言うのか? 危険じゃ! 夜の森は獣や盗賊が出るやも知れんぞ!」
ファブルの助言にも深琴は怯まない。
「今は子供たちを助けるのに一刻も早く材料を持って帰って来ないといけないじゃないですか!」
「しかしじゃな……」
逡巡するファブルを押しのけるように、母親の一人が深琴に声をかけてくる。
「本当なら私が今すぐに向かいたいのだけれど……馬も乗れないし、イリノアの街への道も知らない――深琴ちゃん。身勝手なお願いだとは分かっているけれど、どうかお願いします。子供たちを助けてやって!」
「おばさん……大丈夫です。私が街に行って必ず薬の材料を手に入れて戻ってきます」
母親たちの願いに押される様に、そして自分の言葉で自分の背中を押し、深琴は出発の準備のために一度、家に戻っていく。
家に戻ると、深琴はすぐに遠出用の身支度をし始める。大きめの収納鞄に必要な物を詰め込むと、服と靴も着替える。そして普段使用している短剣から腰にしっかりと付ける細見の剣に装備を変えた。
(街にいけば兄様もいると思うし、何とかなるはず!)
そう自分に言い聞かせながら、深琴は兄の寝床にある本棚の奥の方に手を探り入れる。
「たしか兄様が何かの時の為にって……あった!」
兄が隠していた大きな貯金箱を見つけ引っ張りだすと、深琴は躊躇うことなくそれを床に叩きつけた。派手な音がすると中身の金貨が床にぶちまけられる。彼女はすぐにしゃがみこむと拾い上げた中身を片っ端から袋に詰め込んでいった。そして大方拾い終えるや否や、割れた残がいを片付けることもせずに家から飛び出していく。
向かった先は村はずれの道――自身よりも随分大きな馬を引き連れて、深琴は子どもたちを助けに歩きだした。
街へ向かう道まで来ると、ファブルと村の人たちがそこで待っていた。ファブルが深琴に必要な材料を書いた紙を渡しながら申し訳なさそうに頭を下げると、来ていた周りの村人も同じく深琴に頭を下げていた。
「すまぬ、お前にこんな事を頼んでしもうて……」
「何言ってるんですか! こんな時だから助けあわないといけないんじゃないですか」
笑いながら言ってくれる深琴に、見送りに来た村人たちも感謝の気持ちで胸がいっぱいになっているようだった。
「深琴ちゃん、これみんなで集めたお金、持って行って」
母親のひとりが皆の代表で大きな袋を深琴に渡そうとするが、深琴はその手をおしとどめた。
「ありがとうございます――でもちゃんと用意はしてきたので皆さんからの分は全部預からなくても……って言うか、それまで持っていくと重くなりすぎて大変なので、戻って来たらちゃんと清算しますからそれで大丈夫ですよ」
そう言いながら兄の隠し資金を持ち出したことを皆に見せて、しらせたのであった。
深琴は見送りに来た人に軽く笑顔で安心感を与え、母親たちから金銭を気持ち分だけ預かると、馬に
「それでは行ってきます!」
「深琴ちゃん! お願いね!」
絶対に村の子供たちを助けてみせる! その思いを胸に、深琴は遠く明かりが灯りだした街に向かって行った。その遠ざかっていく後姿を、村人たちは祈るような気持ちで見つめるのだった。
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