あした、目覚めたときに(第1章最終話)
「テリドールの中心に、電圧弾を、叩き込みたいんだけど、……」
3本腕の機械は、容しゃなくランチャのような弾をいくつか向ける。これは速度もなく、誘導弾でもなかったので難なくかわすことができた。その間に、カシヒトはアルファーにつぶやき始める。
「テリドールの動力源付近には、電圧弾をカットする
「何秒、かかる?」
「120秒から240秒の間です。
しかしながら、プロテクトを外す間、こちらの防御計算ができません。攻撃を受けやすくなります。テリドールの腕を2発受ければ、シールドが破損します」
「アルファー、プロテクトを、外して」
カシヒトは息を切らしながら命令を出した。
対話型OSアルファーには、危険だと思われる行為に
「カシュフォーン水間バージョンの動作が変化。OSに異常またはOSの
「テリドールのプロテクト部分に、未確認タイプのポートスキャン有り」
2人の伝令手が状況を説明した。三ノ宮は勝利を確信し、うすら笑いを浮かべる。
「中心を狙うつもりか。無理だ、テリドールのプロテクトには自信がある。解除作業中に、腕で落とされるわ!」
カシヒトがひとりで、左手でランチャを撃ち、右手で電圧弾の蓄電をしながら、テリドールの攻撃をかわすには、限界が来ていた。
足や身体に、鉄のヘビのようなテリドールの腕が打ちつけられる。ランチャの煙の中から、反撃が飛び出し、肩近くをそがれる。シールドは100%を切っていた。
シェイドには、ずっと「プロテクト解除中」の文字が焼き付いている。--まだアルファーからの応答はなかった。
「電圧弾蓄電率……525%……」
しかし、カシヒトは煙が引き、テリドールのボディが見えた瞬間に、
「うああああーっ!」
『ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン』
突進を始めた。--もうこれ以上、待てなかったのだ。自分の体力も、シールドも、つばさのことも、まわりのことにも、すべてに対して。
『ピピピピッ、ピピピピッ』
耳の奥の方で、
『ピピピピピピッ』
「蓄電率……602%!」
準備は突撃中に完了した。しかし、プロテクトは外されていない。だからカシヒトは自力で、電圧弾を撃とうとしていた。
『ピピピピピ、ピッ』
警告音が止まる。--アルファーの音声が割りこむ!
目の前の巨大なロボットは、すでに小さな機動人間を捉え、大きく振りかぶっていた。
「テリドールのプロテクトを外しました!
『腕』の根本に向かって、60度で電圧弾を発射してください!」
「--!」
シェイドの中に、オレンジ色の軌道が描かれる。
カシヒトはしっかり右腕を左腕でささえて、エネルギーをつぎ込んだそれを放った!
『バシュウン!!』
「ブレイン部に、6倍以上の電圧弾が!」
「な、何ぃ?! 『腕』で振り払え!」
「だめです! プロテクトが破られました!!」
『ゴンッ、』
「テリドール、ブレイン部に被弾! 直撃、ですっ……」
『ドガアアアン!』
弾丸を身体にめりこませた破動神テリドールは、一瞬だけ動きを止め、その後内部から爆発を起こした。
やはり強力な電圧弾の射出には耐えられず、カシヒトはほぼ1回転して、テリドールが煙を吹く様をほんの少しだけ見て、鉄の床に激突した。床のひびが、木の枝のように広がった。
「テリドール、動作不能。シールド被弾率、600%を越えました。これ以上の
攻撃はできません。早急に待避して下さい」
アルファーの報告が続く。建物の中では、サイレンが再び鳴り出し、何人もの男の声と、走り去る足音が聞こえていた。
「あの……ガラスは壊せる?」
テリドールを破壊したことよりも、気にしていることを、カシヒトはようやく口にした。
「可能です。ひじ部分を使ってください」
ゆっくりと立ち上がった、立ち上がれた。
ゆらゆらと周りが揺れているのは、テリドールがまだ小爆発を起こしているのと、自分の足部分が欠けたからだろう。
カシヒトはそのままの姿で、つばさの前に立った。
「ちょっと、離れててね」
聞こえてはいないが、そうつぶやいてから、左のひじで2、3回ガラスをなぐる--亀裂が入り、あとは拳を押し出すだけで通り抜けることができた。
つばさが、振り向く。
「帰ろう、つばさ」
カシヒトは、油と血がついたままの、機械の腕を差し出した。
つばさに、どんな反応をされるかは、もう考えていなかった。
◇ ◇ ◇
「永遠銀盤に、自覚データも記憶させるのですか?」
リウカは思わず博士を見た。カシュフォーン卿はそのまま、顕微鏡から目を外すことなく、丹念に銀色の板へ傷をつけている。
「ただ、『力』だけではない。的確に状況を判断し、いかに最小の出力で行動できるか……それを考える『知能』も必要だ。
しかし、私がやったように『再現』できる者は、もういないやもしれぬ。……」
助手のリウカは、休憩を取りたいと告げて、裏庭に出かけた。
今日もよく晴れている。芝生に寝転がり、空を見つめた。
「……」
本当に残すべきものなのだろうか、この技術は--と、リウカはよく考えるようになっていた。
自分はそれで生き延びられたが、果たして平和のためにはなるのか--と。
陽の光の明るさが遮られた。--子供が、この前助けて、逃げられた子供がいた。顔は元通り修理してもらっていたが、身体が固まった。
「お兄ちゃん、これ……」
彼は起き上がろうとして、また震えを起こした。子供は、目の前に一輪の花を差し出したからだ。
「お顔……だいじょうぶ? これ……薬のお花なの」
「……うん」
「……お母さんが、いつもケガした時に、つけてくれるの……」
自分でここまで来ることも迷っていたのだろう。
子供の手も、薬の花も震えていた。--リウカは、そっとそれを受け取る。
「ありがとう、お兄ちゃん」
ほほえむ子供。
リウカは、そっと腕をのばして、やさしく抱きしめた。
「ありがとう……きれいな、花だね……」
◇ ◇ ◇
誰もいない大広間。一筋の光がさしこむ。
足音が響かせ、リウカが大きな箱を抱えて来る。
その後ろを、ゆっくり、杖をついたカシュフォーンがついて来る。
大広間の中央に箱を置いたリウカは、上ぶたを開く。
--あの時と、同じ夢だ。
「ご覧下さい。あなたの、全て……『機動人間』です……」
「……」
「博士、頼みがあります」
--あれ?リウカが話しかけてる。
「我々の間にあったことも、--記憶も、永遠銀盤に
--きおく?
「けして、間違ってこの技術を使わないように、期待をこめて」
「良心が、あれば、だが……。いいだろう、好きなようにしなさい」
「ありがとうございます、博士」
--この後は、いつもと同じだ。きおく……そうか、リウカは、リウカのことを
ここで記録したんだ! だから、僕はいろんな夢を見られたんだ!
この夢も、僕の記憶になるんだ!
リウカの気持ちが、前よりずっとわかる。
リウカが言いたかったことも。
あっ、言葉が流れてくる……!
『いつか生まれる、”カシュフォーン”へ、
君のちからは、けして強くない。
おごらないで。そして、人を傷つけないで。
未来をつくるために、君のちからを使ってほしい……』
◇ ◇ ◇
カシヒトは目を開いた。窓から入る光で、朝だとわかった。
目をこすった手を見ると、それはもう普通の人間のものに戻っていた。
陽の光の明るさが遮られた。
「つばさ?」
「おはよう、カシヒト君」
つばさの笑顔は、いつも通りのものだった。
「起きられる? 学校には行けそう?」
「うん……」
「よかったぁ、」
少し嬉しそうにしてから、
「カシヒト君、おとといはありがとう」
つばさは笑いかけた。
カシヒトもその言葉を、笑顔で返した。
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