第54話 ユキの出産

 秋が深まり、ユキの臨月が近づいてきた。


「ユキは何処で出産するの? 日本では初産ういざんは両親の元で準備をする人が多いと思うけど」


「ここで産むには出産に立ち会えそうな者が居ませんから、リリーメルから産婆さんに来て貰いましょうか?」



「う~ん、ユキの家族で頼めそうな人は居ないの?」


「それならアストリア王国に嫁いだ姉、ベックヒルドに相談してみましょうか? 転移で会いに行けると思います」


「とりあえず会いに行って相談してみようよ」


「はい、貴方がそう言うならそう致しましょう」



 俺達は接客用に作った礼服とドレスに着替えた。


「やっぱり王族に会うのだから、こういう格好をしなければね?」


「ベックヒルド姉様はアストリア王国のヘイミル王のきさきです。ヘイミル王は、子供の頃の私の養父でもあります」


「え……王宮で王様に謁見するって事?」


「いいえ、それは止めておきましょう、余計な騒動が起きると困ります。後宮に直接行って姉を訪ねてみましょう」



 俺とユキは転移の為に密着した。


「ユキ、テレポーテーーション!」


 シュィイイイイインッ!


 そこ、俺の真似するんだぁぁっ!




 俺達はアストリア王国の王都アンディーヌにある後宮の1室に転移した。ホクオー国の宮殿よりもはるかに豪華だが、ゴシック様式というものだろうか。

 白い大理石の丸テーブルでお茶を飲んでる美しく華やかな貴婦人と、壁際に控えてる侍女が1人いるだけだった。


「まぁ、ヒルドではありませんか! 久しぶりです、元気でしたか?」


「王妃様に会ってはご機嫌麗しゅう……お姉様、ご無沙汰致しております」



 2人は抱き合って懐かしそうにお互いを見た。


「あらまぁ、大きなお腹ですわね?」


「はい、もうすぐ予定日なのです。紹介いたします、こちらに居るのは夫のユウリです」


「ようこそいらっしゃいました、姉のべックヒルドです。どうぞ楽にして下さい」


「ユウリと申します。お初にお目にかかります王妃様」



 メイドが俺とユキに椅子を勧めてくれたので、テーブルを囲むように座る事になった。


「お姉様に沢山御報告する事が有るのですが、まず大事な御相談をさせて下さい」


「はい……何でしょう?」



「私達はホクオー国の妖精の森で暮して居ますが、出産を経験している者が近くに居ないのです。長い事連絡もせず突然訪ねて来て、厚かましい事と承知でお願いしたいのですが、他に頼る者がおりません。どうか出産の御助力をお願い致します」


「おほほ、何を言ってるのですか、喜んで手伝いましょう。メリル、この子達に部屋を用意して下さい。産まれる迄、いいえ母子共に安定するまで滞在致します。医者もすぐに呼んで下さいね、今の健康状態を診て貰いますから」


「はい、畏まりました」



 俺は自作の1番高価そうなネックレスを、王妃に献上した。ダイヤモンドチェーンに3センチ大のルビーを着けた自信作だ。


「御近付きの印に、どうぞ御笑納ごしょうのう下さいませ」


「まぁ……これはっ!」


 王妃が思わず息を飲んだ。



 ユキは姉のベックヒルド王妃に『異界での永遠の眠り』から醒めた時の事情を説明した。


「私は権力争いを避けて、普通の妻としてユウリに添え遂げねば成りません。身分を隠し、ユキと言う名前で暮す心算つもりなのです」


「安心なさい、私に全て任せれば良いのです」



 ゴッツ、ゴッツ、とドアがノックされた。


「お入りなさい」


「王妃様、妹様夫婦のお部屋の準備が整いました」

 先ほどの侍女メリルが入ってきて告げた。


「分かりました。 ヒルド、部屋に行き湯浴みをしてドレスを着替えなさい。お腹の楽な服に着変えるのです」


「はい、有難う御座います」



「メリル、妹が来た事は秘密にします。ここに居るのは私の従兄弟夫婦のユウリとユキとします」


「承知致しました。 ユウリ様ユキ様、お部屋にご案内申し上げます」


「「ありがとう」」



 べックヒルド王妃は2人を送り出すと、テーブルの上のベルを鳴らし、他の侍女を呼んだ。


「王宮に陛下を訪ねます……」


かしこまりました」






 翌日、宮殿の大会議室に全ての閣僚と上位貴族が緊急招集された。


「我が養女むすめブリュンヒルデが帰って来た」


 ヘイミル王が唐突に語り始める。


 ざわざわざわざわっ……、


「皆様、静粛に……」

 宰相が閣僚達を静めた。



 国王が発言を続ける。


「神々がこの世界ミッドガルズを去った今、ブリュンヒルデの存在は非常に大きいであろう。

 しかし、女神フレイヤ様により『普通の妻として夫と平和に暮すように』とさとされたと言うのじゃ……。

 そして今ブリュンヒルデは、ユキと名乗り後宮にて出産の準備をしているのだが、ブリュンヒルデがこの国に帰って来たと噂が流れるだけで、他国への大きな圧力となるであろう。しかも生まれてくる子供に、異能の力が遺伝してるやも知れぬ」


「わが国王にとって、すばらしい僥倖ぎょうこうとなりますでしょう」

 と、宰相が発言した。



養女むすめの事は公式には発表出来ないが、貴族籍を与えてこの国に留め置かなければならぬと思う」


「フレイヤ様の怒りに触れぬ様に、実名を隠して王位継承権から外し、領地が無く跡継ぎの居ない貴族籍を継がせましょう」

 と、宰相が提案した。


「ブリュンヒルデ夫婦に王位継承順位の無い、空位の公爵家ノルマンドを与えようと思う。異議のある者は発言を許す」



「陛下、宜しいでしょうか?」


「バーツ侯爵、発言を許す」



「与える貴族籍は、公爵で無くても良いと思いますが?」


「産まれて来る子供に、ブリュンヒルデ様と同じ異能の力が備わっていた時に、王族に養子として迎え入れる為には、上位貴族である事が望ましいと思うのだが、現在ノルマンド公爵家しか上位貴族籍が空いておらぬ。それにブリュンヒルデ夫婦には、王位継承権も無く領地も無く役職も与えない事にする予定である」

 そう宰相が答えた。



「他に意見の有る者は?」

 宰相が皆に、他の発言をうながす。


「恐れ入ります」


「オーべック辺境伯、意見をどうぞ」



「ヘイミル国王陛下の養女むすめであるブリュンヒルデ様は、ゴートン国の王女として生まれ、オーディン様のもとでワルキューレ筆頭として活躍されました。そして現王妃様の実妹じつまいであらせられます。公爵家が相応ふさわしいと存じます」


(くっ、ゴマすり辺境伯めっ!)

(ふんっ、侯爵の落ち度に付け込んで、株を上げる事が出来たわい)

 バーツ侯爵とオーべック辺境伯2人の目が合い、バチバチと火花を散らした。



「他に意見の有る者は?」

 宰相が更に、他の発言を促す。


「「「……」」」



「それではブリュンヒルデ夫婦をノルマンド公と決定する。以後決して公式の場でブリュンヒルデの名を口にしてはならぬ。 噂はむしろ流してよいのだぞ、フォフォフォ……」

 王が小声でそう付け加えた。


「「「「「ははーっ」」」」」


 全員が従順の意を示して平伏ひれふした。






 アストリアの王都と各街の掲示板に、王国より訓戒と告示が貼られた。


『王の養女むすめブリュンヒルデの名を今後決して口にしない事』


『北の国々を救った英雄ユリシーズにノルマンド公の爵位を継がせる』


 国民は「何のコッチャ」と分からなかった……。




 翌日、ユキは姉のベックヒルド王妃に詰め寄った。


「お姉様っ。公爵家とは、どういう事ですか!?」


「ヒルド、貴方達の為にはこれが最善策なのです。フレイヤ様の怒りに触れないように、名ばかりの公爵家を継がせたのです。実名を隠し、王位継承権も無く、領地も無いのですから」


「しかし、お姉さま。私は平凡な妻として普通に生きていくつもりだったのです」


「ユウリにもユキにも役職は与えません。王都に屋敷を用意しましたから、気儘きままに暮せば良いのです」



「夫のユウリはホクオー国で、すでにトロルヘイム男爵を叙爵しています、トロルヘイム領も拝領してるのです」


「公式には何と名乗ってるのですか?」


「ユウリ・シミズ・トロルヘイムです」



「それではユリシーズ・ノルマンド公爵と名乗りましょう。友好条約の無い元敵対国なんですから、国家間の移動は馬車を使わずに【転移】を使えば、同一人物とは分からないでしょう」


「はぁ……そうでしょうか?」


「貴方はトロルヘイムの領主の妻として、国民達に広く知られているのですか?」


「いいえ、私は妊娠中だったので、ホクオー国の王宮やトロルヘイムの領主邸にも、まだ行ってません。ほとんど妖精の森の家にいました」


「それは好都合です。名前も違い、顔も知られなければ誰も気付かないでしょう。貴方と産まれて来る子供の為なんですから」


「うっ……有難う……御座います」


実妹じつまいの貴方に幸せに成って欲しいのです、私の気持ちを分かって下さい。困った事が有ったら、何でも相談に乗ります」


 べックヒルドはユキの両手を取り、優しい声で説得した。

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