第3話 リリーメルの町

 翌朝早く食事をして、1頭立ての荷馬車でリリーメルの町へと出かけた。


 2人は馬の横を歩いている。

 北海道のバン馬みたいに大きな馬が、山ほど薪を積んだ荷馬車を軽々と轢いて行く。


 誰も手綱を持っていない。

 いや、元々手綱は付いていなかった。



 俺がマジマジと馬を眺めていると、


「『グラーニ』って名前だぁ」


「大きな馬ですね」


「スレイプニルだぁ」



「ス、スレイプニルゥ!? ……し、神獣きたぁぁぁっ! ……神獣に荷馬車を轢かせてるんですかっ!」


可笑おかしいかぁ?」


「神が乗る軍馬…ですよね」


「今ぁ戦はねえぞぉ。俺の家のニンジンと林檎が好きでぇ、仕事を手伝ってくれるんだぁ」



「えっと、使役してるんじゃなくて?」


「仲良しだぁ、手伝ってくれるんだぁ」



「もしかして、ブリュンヒルデの愛馬の名前がグラーネだったはずですけど!」


「お嬢様の知り合いかぁ?」


「うぐぅっ! いいえ違います、伝え聞いてるだけです」


 やっぱり北欧神話の世界なのかぁ?



「ブリュンヒルデ『様』と言わんとぉ、不敬罪になるぞぉ」


「はいっ! オゥログ様」


「俺のことは、『オゥちゃん』でいいぞぉ」


「はい。……オゥちゃん、様。」


「ユウちゃん、俺に『様』はいらねえぞぉ」




「それにしても、いい天気ですね、ポカポカですね」


 だいぶ日が高くなってきた。


「んだぁ、んだぁ」



「あのぅ、トロールって太陽の光に当たると石化するって聞いてたんですけど?」


「んだぁ、んだぁ」



「オゥちゃんは大丈夫なんですか?」


「他のトロールはぁ、深い森の中から出ないぞぉ、俺ぁ上位種だぁ」


「……!」



「あのぅ、ひょっとしてサウロン様ってご存知ですか?」


「なんだぁ、ユウちゃんは冥王様とも知り合いかぁ?」


「いいえ……。

 冥王サウロン様が生んだトロールの最強上位種、凶暴残忍な「オログ=ハイ」って伝え聞いてますけど……」


「俺ぁ弱い者虐めはしないぞぉ、戦も喧嘩も大嫌いだぁ。『隣人を愛せ』ってぇ言うだろぅ?」


「はいっ!」



「はぁぁ、平安が一番だぁ。……争そいが無くなって、よかったよかったぁ」


「はいっ! ……よかったよかったぁ」


「ぶひひん、ぶひひん」(よかったよかったぁ)


 なんと、グラーニも同意してる!?



 伝承どおりだと、とっくに喰われてるんだろうなぁ。

 今の所、聞こえる名前は、北欧神話の中の恐ろしい名前ばかりなんだけど、こんな所でお試し研修するかよ?

 ヴァリュキュリーのブリュンヒルデ、冥王サウロン、トロールの上位種オログ=ハイって。

 絶対逢っちゃ、イケナイヤツヤンッ!


 物語のその後の世界って事かなぁ?




 町へと続く広い馬車道の傍らに、潰れた小屋のような物が見えてきた。


 真横に来て、文字がわずかに見えて唖然とした。

『長山タクシー66』と読める。


 ひっくり返って天井が潰れている、流れ出してるオイルが臭い。



「これかぁ、ドラゴンに踏み潰されたらしいぞぉ」


 あわてて携帯電話を出してみる、あっ!アンテナが立ってる。

 名刺を取り出して番号を急いで押すと、呼び出し音が鳴る。


 ピンピロリン♪ ピンピロリン♪……、


 潰れたタクシーの方から、かすかに着信音が流れてきた。



「中の人は、どう成ったんでしょうか?」


「俺ぁ聞いてないがぁ、中に人がいたらぁ……。ドラゴンかぁ、運が悪かったなぁ」



「こう言う事って、よく有る事なんですか?」


「こんなの初めてだぁ、この辺りは魔物の被害も少ないぞぉ。

 魔物と獣はテリトリーが有るからなぁ。

 ドラゴンは知能が高いし、秘境でズゥット寝てるらしいからぁ、滅多に被害は出ないぞぉ」


 元の世界に帰れるだろうか?

 他のタクシーとか迎いに来るかなぁ?



「これはたぶん私の乗ってきた車、……乗合馬車の様な物だと思うんですが、ここから持って帰ることは出来ないでしょうか? 御者を埋葬してあげたいし、荷物も残ってると思うんですが……」


「町の者が知ってるだろうから、町長に確認してから持って帰るかぁ?」


「かなり重いと思うけど、荷馬車に乗せられますかねぇ?」


「俺とグラーニならぁ大丈夫だぁ」


「ぶるっふふ~んっ」(大丈夫だぁ~)


「有難うございます、お願いします」




 町が見えてきた、城壁も壁も無い。

 周りに畑や草原があり、牛やヤギが草を食べている。ニワトリ、アヒル、小さな池に鴨もいる。


 それらの中心に数十件の家が建っていて、真ん中を大通りが貫いていた。

 街道を歩く旅人が、自然と大通りを通るようになっているようだ。


 大通りを行くと、町の中心辺りに広場があり。その中心は半径5メートルほどの円形状のステージの様に成っていた。

 広場の1画にゴザを広げ座り、薪は荷馬車に乗せたまま横に置いておく。



 グラーニは1人で草原に遊びに行った、いつもそうらしい。


「あんな大きな馬が1頭で歩いていたら、町の人が怖がりませんか?」


「町の人とも仲良しだぁ、問題ねえだぁ」



 暫くして、お婆さんが薪を買いに来た。


「薪をくださいな」


「はい、おはようございますぅ。家まで運びますだぁ」


「いつもすまないねぇ」


 お約束フレーズ、きたぁぁっ!



 両脇に薪を抱え、お婆さんと歩いて出かけるオゥログさんを見送り、俺は1人で留守番する。



 ☆ ▲ ☆ ▼



「お孫さんは元気かぁ?」


「はい、おかげさまで。今は息子夫婦と一緒に町に住んでます。狼が怖いから、森にはもう行きません」



「はあぁ、みんな無事で良かったなぁ」


「本当にお陰様で、どうも有難うございました。……ところでぇ、お友達が出来たんですかぁ?」


「んだぁ、一緒に住んでるんだぁ」



「おやおや、まあまあ。 少し狭いでしょう?」


「んだぁ、もう1つ部屋とベッドがあるといいなぁ」



「あらまぁ、それなら私が住んでた森の家を使ってくださいなぁ」


「えぇのんかぁ?」


「はい、もう住みませんから差し上げます。どうぞ使って遣って下さいな」



「そんならぁ、家で取れた鶏の卵と交換するだぁ」


「そんな値内は有りませんよ。ただで差し上げます」


「そんな事ねえぞぉ、ほれぇ受け取るだぁ」


 オゥログは袋から金の卵を取り出し、お婆さんの手に握らせた。


「取引成立だぁ」



 お婆さんの家の前で、赤いズキンを被った女の子がお婆さんの帰りを待っていた。



 ☆ ▲ ☆ ▼



 隣の露店のお兄さんは、生きたままの鶏を売っている。


「卵は売って無いんですか?」


「売ってないよ~」


 ゆで卵が食べたいなぁ、いま何時ぐらいかなぁ?



 お昼には2人で串焼きを食べた。

 お決まりなやつやん。と心の中で突っ込んでおく。

 甘辛い味付けの豚肉はとても美味しかった。

(実はオーク肉だったらしい)

 


 3時ぐらいに成っただろうか、薪はまだ少し売れ残っている。


「もう帰るだぁ、残りは材木屋に買い取って貰うだぁ」


「ぶるるるっ」


 いつの間にかグラーニが帰って来ていた。



 材木屋に行き、残った薪を売値の7割で買い取って貰った。


「町長に話つけたからぁ、途中で馬車を拾って帰ろぉ」


「はいっ、帰りましょう」


「ひひぃぃんっ」(かえろ~)

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