人生の残り時間
沢峰 憬紀
プロローグ
その少年に初めて会ったとき、「この仕事は楽そうだな」と思った。
すべてがどうでもよさそうな無気力な顔。こういう顔をしている人は、生そのものに執着がないことが多い。
「はじめまして。死神です。あなたをお迎えに参りました」
そう挨拶をすると、少年はタブレットの画面に向けていた顔をゆっくりと上げ、こう言った。
「……へぇ。死神って本当にいるんだ」
先ほどの挨拶で気になったのは“そこ”らしい。
(やっぱりこの子、死ぬこと自体はべつにいいんだろうな)
仕事とはいえ、泣いて縋る人の魂を刈り取るのは気が滅入る。それが快感だという死神も中にはいるが、私は嫌な方だ。そもそも好きでこの仕事をやっているわけでもない。
迎えに来てくれてありがとう、なんて言ってもらえるとは思っていないが、せめて“仕方ない”と思ってくれるくらいの人の方がありがたい。罪悪感が少なくて済む。
今回のこの少年も、若くはあるが諦めがついているのか、どこか達観した様子で泣く気配もない。これは、楽そうだ。
「では、魂を切り離します」
事務的にそう告げ、鎌を振り下ろす。あとは離れた魂を霊界に連れていけば仕事は終わり――
……だったのだが。
「あ、できたら明日まで待ってくれないかな。このゲームのイベントが、明日までなんだ」
鎌を持ち上げた私に、少年が緊張感のない声で話しかけた。
「……イベント?」
まさかこの場面で聞くとは思っていなかった単語に気を削がれ、思わず鎌をそのまま下ろした。
「うん。先週からやってたイベントでね、エンディングが気になるんだよね。それ見たら、おとなしく死ぬからさ」
だからお願い、と手を合わせるこの子は、事の重大さがわかっているのだろうか。
――いや、このくらいの気楽さの方が、こちらも楽なのだが。
「明日……ですか」
そのくらいならいいか、と思った。
若すぎる年齢に、少しばかり同情していた部分もあった。
そもそも短い命だ。一日くらい、延ばしてあげてもいいだろう。
「……わかりました。では、また明日、同じくらいの時間に参ります」
「いいの!? ありがとう!」
明日には命を刈りに来ると言っているのに、満面の笑みで礼を告げる少年。
生に執着がない方が気が楽なのだが、この反応にはさすがに面食らった。
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