異世界サムライ転生記
粋杉候
第1話 終焉
戦国の世と言えば弱き者が強き者に打ち倒されるのは世の常。
諸行無常とは言え己の身に降りかかる様ならば糞喰らえと言いたくなるものだ、それが弱き者の立場になれば尚更に。
空に響く関の声、虎口を抜かれ敵方が雪崩の様に攻め立てて来るのも時間の問題だろう、攻め難し山上の城とて今や頼りなく守りの兵は次々と討ち取られてゆく始末。
かと言って都合良くどこそこから味方が来る当ても無し、後できる事なぞ高が知れているのが現状、将棋ならば積みの一手で投了と言えば終わるが生憎とそれも叶わん。
お天道様は頂から転がるも沈みきるにはまだ早い、さてどうしたものかと手を顎に当て当たりを見回す。
お館様と小姓の姿が見えない、さてはと思い奥詰めの組頭に尋ねた。
「左馬之助殿、お館様はどうなされたか」
「ヒエイか、それは今戦場において口にする事では無い」
当世具足を纏った組頭は面頬から覗く鋭い眼光をヒエイに向けた。
「これは失言でありました、出過ぎた事だったようで」
「良い、事ここに至っては己の事のみ考えよ、流れの貴様に背負う物も無かろう」
「ありがたし、であれば今までの無駄飯分は働きましょうかな」
「ほう、獣にも一部の忠孝か」
「それほど大層な事でもなく、歳を取り過ぎ次の仕官先を探すのも億劫でして」
左馬之助は呵々大笑してヒエイの肩を叩いた。
「貴様が居ついてから一昔程にも感じるか、歳は取りたくないものよ」
「それに最後のご奉公にこれ程の舞台は勿体なく」
「ならば存分に勤め果たせ、その分お館様は安堵なされる」
「まこと、やりがいのあるお勤めですな」
「まったく、貴様にくれてやる褒美が無いのは残念だ」
「なんの、敵首二つ三つと落とせば連中も名を覚えましょう、勲はそれで充分」
「言いおるわ、ならばこれ以上言葉は不要、後は貴様の手で成せ」
ヒエイは左馬之助に頭を下げてから腰の刀を鞘から抜いて肩担ぎに歩きだした。
道中に敵方の足軽達が崖下から登ろうと躍起になって土塀に這っている、石を投げ落とし阻止する守備兵の後ろを傍目に見ながら駆け降りる。
眼下には敵陣が山を囲むようにして構え城を攻め立てている、周囲の名だたる武将達を打ち倒し調略し、と破竹の勢いの敵方を相手にするとはつくづく運が無い。
名家だ家格だと都の連中は言うがやはり乱世、最後に言うのは兵の数。
まぁ梟雄より能臣、いや言い過ぎた、凡君のお館様にはどうにも乱世は酷だった。
「さてと、手柄首はどこじゃろな、と」
流転の日々にある事で幼きお館様の剣術指南の口を得たのは遠き日の事、流派と呼べるほど立派なモノでも無いが何人かに伝える事は出来た、未練は残るが悔いは無い。
どうやら手勢の陣が一つ落ちた様だ、敵方の足軽達が坂を駆け足で上る。
肩に担いだ刀の柄を両手に握り直して一泊、息吐き気勢を上げる、槍持ち、刀持ちそれぞれ得物を持つ足軽に向かって駆け足一太刀。
刀持ちが振り上げた刀を下す間もなく一閃、脇下を切り裂き腕を落として二人目に掛かる。
槍持ちが叫びながら振り回し太刀打ちで打ち掛かる、ヒエイは飛び上がり素槍の柄を足蹴にして動きを封じ小手先を切り落としてから喉を裂く。
ぞろぞろと功を立てようと我先に群がる獣共、統率など武功を目の前にぶら下げられた群狼共に望むべくも無い、真に武士道とは犬畜生と言うに相違ない。
呵々大笑と腹の底から笑いが起こる、刀を振るうを生業として最後にこれ程の喜びがあろうか。
己の全てはこの一戦にあり、これより先は修羅の、いや冥府魔道に身を落とす。
「南無八幡大菩薩、老骨の最後しかとご照覧あれ」
それを最後にヒエイは戦国の徒花と散った。
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