第4話 未知 後編

「何だってんだあいつは……!?」


その化け物は全身が黒く人型で、体毛は無い。

何より一番の特徴は、顔全体を覆い尽くす様に大量の目があった事だ。


ヘルッコ伍長が悲鳴を上げたせいか、化け物はこちらに気付いており、幾つもの黄色い瞳で俺達を見つめていた。

ただ、それも僅か数秒程度で、すぐさまクラウチングスタートの様な体制を取り、こちらに向かって凄まじい速度で突っ込んで来た。


「ヘルッコ伍長!!早く起きて下さい!!迎え撃ちますよ!!!」


「クソっ!!ヤツを近付けるな!!」


幾ら二人しかいないとはいえ、モシン・ナガンとスオミであればあの程度の敵など倒せる………………などという考えは早々に叩き潰された。


化け物はこちらが引き金を引いたとほぼ同時に大きく飛び上がり、木にへばりついたのだ。

それからその俊敏な動きに銃口が追い付けず、何発撃っても躱され、また躱され……もう距離は100メートルも離れていなかった。


「駄目です!!止められません!!」


モシン・ナガンの弾もあと数クリップしか残されておらず、その貴重な弾も笑えないレベルで躱されていくので弾は余計に消耗していった。


「クソォッ!!!」


もう手遅れだった。

化け物はこちらの目と鼻の先にまで到達し、一度瞬きした頃には俺達を引き裂かんと鋭い爪の生えた右手を振り被ろうとしていた。


「しまっ「イーヴァリ!!!」」


化け物が右手を振り被った瞬間、俺と化け物の間にヘルッコ伍長が割って入った。

驚く暇もなく全身に衝撃が加わり、俺はヘルッコ伍長諸共弾き飛ばされた。


暫く俺の身体は宙を舞い、束の間の浮遊感を味わうと今度は身体が地面に叩きつけられ、全身に鈍痛が走った。


「ぐっ……あぁっ!」


多分、左手が折れた。

見れば分かる。 左手がありえない角度に曲がっているからな。


左手の激痛に悶え苦しみながら一緒に弾き飛ばされたヘルッコ伍長の姿を探した。

そして、ヘルッコ伍長は思いの外俺のすぐ側に横たわっていた。


「ヘルッコ伍…………ちょ……う……。」


そう、確かにそこには紛れも無いヘルッコ伍長がいたのだ。








顔の半分を抉り取られたヘルッコ伍長が………………。






「そんな…………あ…………あぁ……。」


残った左半分の顔にはこちらを見ているようにも見える虚ろな瞳があった。

この瞬間、俺は絶望の渦に呑まれ、その場で尻餅をつき、モシン・ナガンを手から離し、地面に落とした。


そして、その絶望に更に畳み掛けるようにヘルッコ伍長を殺した張本人である化け物が現れた。

だが、俺には見向きもせず、ヘルッコ伍長の死体の方を見ていた。

少しすると化け物はヘルッコ伍長の死体を両手で押さえつけると……………………腹の部分から貪り喰い始めたのだ。


まず服を引き裂くと、腹の肉を喰いちぎり、中の腸やその他の臓器を喰い始めた。

腸はまるで麺を啜るかのように喰い、腎臓や肝臓、胃腸などは単体を丸呑みにした。


「あ……あ……。」


俺はただ恐怖に震え、モシン・ナガンを手に取るどころか立ち上がってその場から逃げ出す事さえ出来なかった。


ヘルッコ伍長を貪り喰いながら度々こちらを見てくる化け物の瞳を見て俺は確信した。



間違いなく逃げたら殺される……。



俺はただその場で恐怖に震えながらヘルッコ伍長が喰われていくのを見ている事しか出来なかった。


それから大分経ち、ヘルッコ伍長は肉の部分の殆どを喰われ、僅かに肉片がこびり付いた骨だけになっていた。


ようやく"食事"を終えたのか、化け物は地面に穴を掘り、そこにヘルッコ伍長の骨を投げ入れると、その穴を埋め立てた。


奴には人間の様にゴミを捨てたりする習慣があるのかもしくは餌の食べかすの臭いで縄張りに他の捕食者が侵入して来るのを防ぐ為かは分からないが、そんな事を考えている余裕など今の俺にある筈も無かった。


次は俺だ次は俺だ次は俺だ次は俺だ。


どうするどうするどうする!!!?


逃げるか!?戦うか!?


頭の中で支離滅裂な発言を繰り返していたその時だった。

"そいつ"は俺が瞬きした一瞬の間に現れた。


「…………え?」


尻餅をついたままガタガタと震える俺の前に現れたのは、こちらに背を向ける真っ赤なマントとフードを身に付けた人だった。

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