誰が知る未来【二】

「――なにこれ」


 僕は驚いて情けない声を上げた。


 行きとは、全く違う光景だった。


 まず、全体的に暗い。まるで夜だ。橋は、今にも崩れ落ちそうな――ところどころ崩れ落ちている――両脇に柵も無い、石造りの橋だった。

 そして辺り一面の海が、今は消えてしまっていた。柵から下を覗き込むと、どこまでも続いていそうな奈落だった。


「え、何これ!?」


 メアは僕より良い反応をして、そしてすぐに僕の手を繋ぐ。行きで学習したらしい。魔力を流して包み込んでやる。


シュナとセリナさんも続いてやってきた。

 セリナさんはいつも通りの無反応で、シュナはメアと比べるとおとなしい反応だったけど、すぐに僕の手から魔導書を奪って空けた手を繋ぎにきた。


「ちょっと走った方がいい。急がないと、崩れて橋がなくなるから」

「え」


 セリナさんの言葉にシュナが目を丸くした。


「手繋いでると走りづらいかも」


 そう言っていきなりセリナさんはたったったっと走り始めた。


「え、ちょっ、待って! 何の説明もないの!?」


 慌ててその背中を追いかける。全速力というよりは、駆け足か、早歩きといったペースだったので手を繋いだシュナも無理なく付いてくる。


 時間は無いわけじゃないけど急いだ方がいい、ってところみたいだった。


「ルルコットくらい。あんなに綺麗に世界を繋げるのは。普通、こうなる」

「これが、普通、なんですか」


シュナが言う。三人並んで走るのがようやくといった幅だ。ところどころ穴が空いていたり脆くなっているように見えるところがある。気を付けて、と二人に声を掛けた。


「もうちょっとゆっくりしたかったんだけど」


 走りながらじゃ思考がうまくまとまらない。

 帰ったらみんな待ってくれているだろうから、何を話そうかとかいうのを歩いてゆっくりと整理して考えたかった。




アルワイズさんとフィン、レットと会ったこと。




 魔紋認証技術のこと。




 ブランシュタイン・キャッスル・パークのこと。




 ダンジョンタワーのこと。




 あちら側の世界の理のこと――




 最後の話を一番伝えたいという感情が沸いたものの、記憶になぜか空白があって伝えたい情報が足りていなかった。


 そもそも僕はこれを皆に伝えることでどうしたいんだったっけ――

 

 ついに、後方で崩壊の音が聞こえ始めた。

 一瞬だけ後ろを振り返るけど、黒い霧がかかっていて何も見えない。

 ただおそらく、後ろの門はもう跡形もなくなっているだろう。


「お兄ちゃん、崩れないように固定しといてよ」

 走りながらメアが言う。躓かないように足元の窪みを飛んでよけた。

「もうやってたんだけど」


 セリナさんに言われた直後に、足元に空間固定と物理固定の魔法は放っていた。背後から聞こえてくる物音を聞く限り、効果を発揮していないみたいだった。


「この環境でいつもと同じように魔法を放つのがそもそも難しい」セリナさんが答えてくれる。「し、外部からの干渉を受けないようにできてるから」


 と、メアの足元ががらりと崩れた。


「わっ――」

「危ない! もう、気を付けてよ!」


 ぐいと引っ張り、何とか橋の上に踏み止まらせる。シュナも逆方向から俺を引っ張ってくれていた。


「びっくりしたー、どこからでも崩れるんじゃん」


後方から迫る崩壊とは別に、足の踏み場が悪かったりするとそこからも崩れていく。


「のんびりしないで」

 セリナさんが言う。足が止まっていたので、こちらを心配してくれていないわけじゃないかった。再び走り始める。心配になったメアが口を開く。


「ねえ、シュナちゃんゴーレム出しとけない? 何かあった時に掴めるじゃん。ほら、地下に落ちた時みたいに」




 地下。




 メアの言葉は僕の記憶の何かに引っかかって、一瞬だけ倉庫の景色を僕に思い出させた。


 ちょうど忘れてしまっている記憶の空白だと分かるけど、まだはっきりとはしないままだった。


「それが、うまくいかないんです」


 さっきセリナさんが言った通りだ。魔力のコントロールが難しい。

 ただ体に纏わせるだけでもある程度の慣れが必要なのに、媒介を通して形質を保って安定させるなんてのは至難の業だ。


「ルルコットも、もうちょっと事前に情報をくれればよかったのに」


 意地悪にも詳しいことを何も教えてくれなかったので、今もそうだけど、結構要所要所で困ってしまった。自分で考えて何とかするという意味ではいい経験になったけど、それにしてもちょっと極端だった。


「そう。そのことだけど」


 セリナさんが、こっちを振り向かずに背中越しに声を掛けてくる。


「なに?」


「もう、どうせ分かるから言う。帰ったら、御主人様が待ってるはず。まだ分からないけど、でも多分、合格」

「え、なにそれ、どういう――」


 言葉が途中で切れた。舌を噛みそうになる。

 がくんと、衝撃で首から先が揺れた。


 音もなく足元が崩れていた。

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