えまーじぇんしー【二】
万が一にも、そんなルルコットの姿を高画質大画面に映すわけにはいかない。
勢いよく腕を掴んだ拍子に、半分くらい残っていたアイスがメアの手から飛んだ。
「あ――」
弧を描いて、運よく制御パネルの淵に弾かれ床に落ちる。
「――っぶなかった、よかった」
一瞬詰まった息を吐く。よくないよ、とアイスを落としたメアが喚くが無視する。ルルコットが作ったものがそう簡単に壊れるとは思わないが、万が一パネルが水でやられてしまったら勇者たちの位置もまともに掴めなくなってしまう。
「片づけといてよ」
メアに一言投げ、念のためパネルの状態を確かめる。
「――いいけど、落とした分お兄ちゃんのアイス貰うからね」
膨れた顔でメアが言う。
「明日にうちの冷蔵庫が無事に残ってたらいくらでも食べていいよ」
異常はなさそうだ。確認ついでに、そのまま今のマップで勇者の位置情報とステータスを五月雨に表示させて確認していく。
このダンジョンは、僕の血が通っていると言ってもいい。
正面の一番モニターに表示されているのは、一つの階層が十九×十九のブロックで区切られた、四階層の迷宮だ。
全部で、千四百四十四ブロック。
本来なら、このすべてを僕の意のままに組み替えられる。ブロックの中には空白、何もない空間が意図的に用意されていて、パズルのように縦に横に、それから上下にも自由にブロックをスライドさせることができる。
例えば、一番深い第四階層にいる
実際は第三階層に移動させられているのに。
ブロックのスライドはダンジョン全体に張り巡らされた魔力によって完璧に制御されていて、中にいたとしてもその動きに気付けない。だから、見た目の階層は問題じゃない。極端な例だと、ある組は、一つ階段を下りただけでクリアできることもあるし、またある組は十下りたとしてもまだクリアできないこともある。
すべて僕の思い通りに勇者達を動かして、そして思い通りのシナリオを作り上げることができる。
――できていた。今日の昼過ぎまでは。
ダメ元でいくつか操作を試してみるけど、やっぱりエラーを返すだけで動いてくれない。 動力炉が壊れた今、勇者達を誘導する術は限られてくる。なんとかして、どこか一つの組が
「22番、止めとくよ? ワニトカゲでいい? あ、68番も」
いつの間にか、メアが身を乗り出してモニターを眺めていた。床のアイスは既に片付いていた。
そして手にはまた新しいのを持っていた。
僕のだ。
「――あー、うん。ありがとう」
仕事を優先することにした。
ワニトカゲ、というのは、そういうモンスターがいるわけじゃなく、ワニに似たグロッグゲーターとトカゲの頭を持ったリザードアーミーのセットのことだ。小型クラスのモンスターのため仕入れ価格、つまり原価は安く済む一方で、勇者達からすれば案外やっかいな組み合わせだ。
「こっちは転移門使って、こっちはデリバリーかな」
正面の画面と手元のパネルに表示された情報を見比べながら、少したどたどしいながらもきちんとタッチパネルを操作するメア。さっきルルコットに見てもらっていた動力系の物理スイッチや計器があったあの制御パネルじゃなく、ダンジョンコントロール用の巨大なタッチパネルの方だ。
「うん、それでいいよ。68番の方を急いでね」
この一団の動きがそこそこ早く、前の組に追いついてしまいそうだった。廻廊が止まった後の入場客なので、初期の誘導と分断が満足に行えていないせいでもある。
「はーい」
メアが作業している全体マップとは別のモニターで、個別にB列のブロックの状況がわかる監視画面を表示させた。68番の組は今B16にいる。メアが遊んでいる間に罠を一つ起動させて、進みの遅い第一階層のまた別の勇者の組を落とし穴で第三階層まで落としておく。
「よし、おっけー」
メアの方で座標情報の入力が終わった。ちょうど今僕が表示を変えたもう一つ左の画面が、青白く光る。ダンジョン地下二階層目のB17ブロックの床に魔法陣が出現していた。電流が立ち上るような魔力の奔流が起きた直後にかっと強く輝いて、二体のリザードアーミーと四頭のグロッグゲーターが召喚された。
「はい、いってらっしゃい」
「……ちょっと多くない?」
僕は一体と二頭くらいのイメージだった。
「これくらい楽勝でしょ」
B17にさっきの勇者の一団が踏み入れ、戦闘が始まった。
メアはそう簡単に言うけど、動作は遅くても当たればダメージの大きい足下のグロッグゲーターの噛みつきを気にしながら、リザードアーミーの素早いソード攻撃に対処する必要がある。
「うーん……」
画面を眺めながらいくつか操作し、この勇者パーティーのステータスを確認する。魔導士はいないみたいだし、苦戦しそうだな……。
「かわいそうに」
メアは済んだことにはもう気を払っていない様子で、ゴーレムデリバリー便の準備を進めていた。
「あとは24番に――」
「違う。22番。動いてるから間違えないで」
「はーい」
メアが申請を間違えないように横目で確認しながら、そのうちにささっとモンスターの排出ロジックを組み直しておく。具体的には、次にまた遭遇するまでの期間を延長しておく。今回手動で二組の勇者のモンスター遭遇率を変えてしまったからだ。各組には自動で一定の期間毎にモンスターを当てていっているから、修正しないとこの敵を倒したまたすぐに別のモンスターに遭遇する事態になってしまう。
自動といっても、機械がやってるわけじゃないんだけど。でも似たようなものかな。
「コノハちゃん、お願いねー」
メアが無駄にモニターを使ってテレビ電話の通信を繋いだ。
画面の向こうに映ったのは倉庫のような場所で、整列したラックに段ボールが積み上げられている。そしてその段ボールを回収しながらどこかへ運んでいくゴーレムの姿が確認できる。これがメアの言うゴーレムデリバリー便。
「あれ、いない? どこだろ」
メアがぐりぐりとカメラを回す。いろんな大きさの土色をしたゴーレムが映るが、肝心のコノハさんが映らない。
急にぐわん、と本来動かないはずの角度にカメラが動いて、少女が映し出された。
「下。それとちゃん付けはやめろって言ってるだろミルメア。私の方がずっと年上なんだから」
カメラはゴーレムが掴んだらしかった。画面の端に指が映っている。コノハさん自身だと、どれだけジャンプしても届かない高さだ。
「かわいいからいいじゃん」
今日はフリルがたっぷりあしらわれた、深緑を基調にしたワンピースを着ていた。コノハさんの隣でカメラを掴んでいる特別製の銀のゴーレムの武骨さと対比して、いっそう華奢な体躯が強調され、それから、可愛さも目立っていた。
「それとこれとは話が別だ。それに、お前に言われても嬉しくない」
少し頬を膨らませて、そっぽを向く。ちょうど眉が隠れるか隠れないかくらいの長さで切りそろえられた淡い紫色の前髪がなびく。
そういう仕草が子供っぽいからメアにちゃん付けで呼ばれるんだろうなと思う。
デリバリー便はシステムだけで申請できるようになっているのでこうして直接話す必要はないんだけれど、せっかく繋がったんだから、と僕は向こう側の映像に映るようにメアの方に近寄った。
「やあ。えっと――今日はいろいろありがとう、コノハさん」
「っ――クレフ!? いたのか!?」
コノハさんが驚いてこちらに向き直る。
「うん、さっきまではバタバタしてたけど、今一旦落ち着いたから」
「そうなのか」
気が気じゃないのは変わらないんだけど。
ちらっと横目でマップを見る。ボス戦がいくつか平行で動いているものの、特に大きな問題は無さそうだった。
「ごめんね、いろいろ無理言って。今日はまだもうちょっと無理を言うと思うんだけど」
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