37.

 近づいてみると、管理棟らしきログハウス風の建物は意外に大きかった。

 正面へ向かって左側にトイレとシャワー室への入り口があった。

 中央に『受付・売店』という看板の下がった扉。

 その中央正面口と思われる扉を開けて中に入る。

「いらっしゃいませ」

 受付カウンターの向こう側にクローム・シルバーのロボットが立っていた。

(ロボットが管理人なのか……)

 ちょっとだけ、意表を突かれた。

(この世界にもロボットがいるんだな)

 何はともあれ、今夜の寝床の確保だ。

「あの、こちらにバンガローがあると聞いたんですが、今夜、泊まれますか?」

「申し訳ございません」ロボットが頭を下げる。「バンガローは半年ほど前に全戸解体しました。現在はキャンプ場サイトのみの御利用となっています」

「ああ、左様ですか……」

 僕はサトミを見た。「どうする?」

「どうする、言われても……分からないよ。ケンゴウくんが決めてよ」

 まあ……サトミの話では、彼女は長いこと引きこもり生活をしてたらしいから、キャンプの知識なんて無くて当然か。

 うーん……どうしよう……

 キャンプ場なんだから、そこでキャンプをする事自体に問題は無い。

(問題は……)僕は、あらためてサトミの顔を見た。(持ってる用具が全部、って事なんだよなぁ)

 出発時には、このジムニー旅にが出来るなんて思っていなかったから。

(まあ良いか。何とかなるだろう)

 カウンターのロボットに視線を戻し、僕は「じゃあ、大人二人と車一台、サイト使用一泊でお願いします。もうチェックイン出来ますか?」

 僕はロボットの後ろの壁にある時計を見た。

 午後二時ちょっと過ぎだった。

 そして無意識に腕時計を見た。

 あのインテユニ人のトンネル内で、〈守護者〉たちの『パルス攻撃』とやらを受けて狂ってしまった腕時計が……

「私は二十四時間、基本的には不眠不休でこのキャンプ場を管理しています」受付のロボットが言った。「見回りその他で、管理棟を空ける事もしばしば有りますが、私がここに居る限り、二十四時間いつでもチャックインし、いつでもチェックアウト出来ます。ただし、深夜0時を日付の更新時間としていますので、例えば23時59分にチェックインして、0時1分にチェックアウトしても一泊として計算されますので、ご注意ください」

「あの……」僕は、ロボットに聞いてみた。「変なことを聞きますが、今日は何月何日ですか?」

 ロボットが答えた日付と、腕時計の日付が一致していた。

(つまり、〈守護者〉によって狂わされた僕の腕時計は……インテユニ人のトンネルからこの砂漠世界にジャンプする過程のどこかで……この世界の時刻に同期した……いや、何らかの作用によってということか)

 気がつくと、管理人ロボットが僕を見つめていた。

「チェックインされますか?」とロボットがたずねた。

「ええ? ああ、はい。お願いします」

 僕はカードを出しながら、料金表を見た。

 ……意外に安い。これなら、何日間か連泊しても財布へのダメージは抑えられると思った。

 ゴミの出し方、シャワー室の使い方、コインランドリーの使い方、その他、ひと通りの注意事項をロボットから聞きながら、僕は宿泊カードにサインをした。

 シャワー室がある事は看板を見て知っていたけど、なんとコインランドリーまであるとは思わなかった。

 ……長期滞在客が多いという事なのだろうか。

 キャンプ場はフリーサイトになっていて、この広大なクレーターの内側なら何処どこにテントを張っても良いという事だった。

「ありがとうございます。良いキャンプを」宿泊カードを受け取りながら、管理人ロボットが言った。

「あの……」僕は、建物に入った時から気になっていた事をたずねた。「向こうの部屋には、何があるんですか?」

 カウンターに向かって左側にあるガラスの自動ドアを指差した。

「セルフレジの売店になっていますので、どうぞ何時いつでもご利用ください」

「じゃあ、こっちは?」僕は右側の扉を指差した。

「談話室になっています。食べ物を持ち込んで召し上がる事も出来ます」

「わかりました。ありがとうございます」とロボットに挨拶し、それからサトミに向かって「ちょっと売店をのぞいて行こうか」と言った。

 僕の提案に、サトミは「うん」とうないた。


 * * *


「こりゃ、キャンプ場付属の売店って規模じゃねぇな」

 僕は感心してしまった。

 ウッド調の店内に整然と並べられた商品……バーナー(携帯コンロ)やランタンで使用するガス缶に、ティッシュ、石鹸、シャンプー、食器を洗うための洗剤、衣類用の洗剤、バンドエイドに包帯、ガーゼ、消毒液。

 さらには、玉ねぎ、じゃがいも、人参などの根菜類に、米、パスタ、シリアルなどの穀類に、味噌、醤油などの調味料に、日本酒、ウィスキー、焼酎など各種酒類。

 冷蔵ショーケースの中には、ミネラル・ウォーター、各種ソフトドリンクのペットボトル、缶ビール。

 その隣の冷凍ストッカーを開けてみると、真空パックされた牛・豚・鳥の各部位の肉が入っていた。

 管理人ロボットの言った通り、売店出口手前にセルフレジが置いてあった。

 いったん売店から受付ロビーに出て、今度は向かって右側の『談話室』に入ってみる。

 こちらも同じくウッド調の内装の部屋に、簡素なテーブルが二つと椅子が何脚か置いてあった。

 ソフトドリンクの自動販売機が一つと、トイレのマークが付けられた扉が男女それぞれ一つずつ。

 窓から外を見ると、小高い場所から湖を見下ろす向きになっていて、なかなかに良いながめだった。


 * * *


 何か必要な物があればもう一度売店を訪れることにして、とりあえず何も買わずに一旦いったん管理棟から出てジムニーに戻った。

 運転席に座った僕に、サトミは助手席のドアを開けて「ちょっとトイレとシャワー室が、どんなんか見てくる」と言い、ドアを閉めて管理棟の方へ戻って行った。

 サトミの帰りを待つ間、僕は携帯電話、ノートパソコン、タブレットを出して開いてみた。

 ……思った通りだ。

 どれも腕時計と同じ時刻を……つまり、

 念のため、ジムニーの電気系をオンにして、車載時計の時刻も確かめてみる。

 こちらも同じだった。

 やはり、インテユニ人のトンネルからこの砂漠世界にテレポートだか何だかをする過程で、各種電子機器の内蔵時計がとしか思えない。

 そうこうするうちに、サトミが帰ってきて助手席に収まった。

「どうだった?」という僕に対し、サトミは満足げにうなづいた。

「トイレもシャワーも清潔だった」

「そりゃ、良かった」

 それから、時計について気づいたことをサトミに話た。

 予想通り、サトミの携帯も同じ時刻に調整されていた。

「何にせよ、時刻合わせをする手間が省けた訳だ」そう言って、僕はジムニーのエンジンに火を入れた。


 * * *


 管理棟を離れ、湖のほとりへ向かう。管理棟周辺こそ小高く盛り上がっていたけれど、そこから少し離れると、湖畔まで、ほぼ真っ平らの(正確には、湖に向かって若干の下り坂になっている)だだっ広い空間が開けていた。

 サイトには、先客があった。

 一つは、ダーク・グリーン色のステーション・ワゴン車とSUV車の中間のような自動車くるまだった。

(スバルのレガシィ・アウトバックか……)

 そのアウトバックの横に小さなテントが張られていた。おそらく自動車くるまの持ち主が張ったものだろう。

 レガシィ・アウトバックから六、七十メートルほど離れた場所に、つや消し白に塗られたキャンピング・カーが停車していた。

 そこそこ大きな『トレーラー』タイプだった。

 キャンピング・カーには大きく分けて二種類ある。

 一つは自走タイプといって、トラックやヴァンの荷台を改造して寝泊まりできるようにしたもの。当然ながら、このタイプにはエンジンも運転席もあるので、自力で走る事が可能だ。

 もう一つはトレーラー・タイプといって、簡単に言ってしまえば『小屋に車輪を付けただけ』という代物シロモノだ。だから、移動するためには、他の自動車に牽引アームをつなげて引っぱってもらう必要がある。

 ……ところが、広いキャンプ場を見渡しても、そのトレーラー式のキャンピング・カーを牽引して来たとおぼしき自動車くるま何処どこにも見当たらなかった。

(あのレガシィ・アウトバックが牽引車なのか?)

 しかし、それにしては、アウトバックとキャンピング・カーの距離が離れ過ぎている。

 あの二台は、別々のグループの物と考えるのが妥当だと思った。

(じゃあ、あの白いキャンピング・カーの牽引車は、いったい……?)

 それが少し気になった。

 ともあれ、今夜この広いキャンプ場サイトに泊まるのは、レガシィ・アウトバックと、白いキャンピング・カーと、そしてジムニーに乗る僕らの三グループだけ……という事らしい。

(砂漠のど真ん中に出来た巨大なクレーター……その中にある湖と、木々と草……この広大な自然を、今夜は、たった三つのキャンプ・グループで独占、って訳だ)

 そう心の中でつぶやき、先客のアウトバックとキャンピング・カーとの距離が同じになるような場所にジムニーをめた。

 つまり、三者が互いに六、七〇メートルの距離を置いて正三角形を作るような位置関係だ。

「さて……それではテント設営と行きますか」

 僕はエンジンを切り、自動車くるまの外に出た。

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