31.

『あなたたちの距離単位で、およそ百五十キロメートル先に進んだ所に、出口があります』

 通信機トランシーバーから聞こえてくる中性的な声……〈守護者〉と名乗る声が、僕らに告げた。

「まだ百五十キロもあるのか……うーん」

 僕は思わずうなってしまった。

「どうしたの?」サトミがいてきた。

「燃料が持たない。僕の自動車くるまはマニュアル・トランスミッションだから、早めにシフト・アップして定速・低負荷走行を心がければ、ある程度は距離を稼げるけど……それでも、どんなに省燃費運転をしても、とてもじゃないが百五十キロメートルには届かない」

「え? じゃあ、このトンネルの途中で燃料が切れて、止まっちゃうって事?」

「うん」

「そんな……一難いちなん去って、また一難?」

 サトミがそう言って頭を抱えた直後、再び通信機トランシーバーがザザッと鳴り、〈守護者〉の声が聞こえて来た。

「我々が、トンネルの出口まで送って行きましょう。我々にインプットされている〈守護者〉としての行動プログラムからは少々逸脱いつだつしますが……」

「送ってくれるって?」

「はい……自動車のエンジンを切って、ハンドルを中立状態にしてください」

 正直、その時点で僕は〈守護者〉とやらの言うこと全てに従って良いものかどうかと迷っていた。

(こいつら信用できるのか?)

 僕が躊躇ちゅうちょしていると、サトミが僕の顔を見て言った。

「良いじゃん。言われた通りにしてみようよ」

「信用するのか?」

「さっきの『一斉パルス何とかカントカ』っていう必殺技みたいなのをやった時だって、いちバチかで、この人たち……じゃなかった、このムカデさんたちに賭けたんだからさ。もう一回、賭けてみようよ……毒を食らわば皿まで、って言うじゃん」

「その例えは違うと思うぞ……でもまあ確かに、今さらこいつらを疑ってみても仕方ないか」

 僕はハンドルを中立状態に戻し、エンジンを切った。

 いきなり、車体がフワッと浮かび上がる感覚に襲われた。

 体感で、二十センチぐらい自動車くるま全体が持ち上げられたように思った。

「な、なんだ?」

 運転席横の窓ガラスに顔を貼り付けて、前輪のあたりを覗き込んでみた。

「うわっ、すげぇ」

「どうしたの?」

「助手席の窓から、前の車輪を見てみなよ」

 僕に言われて、サトミも助手席の窓に顔を貼り付ける。

「あっ、すごっ」

「だろ?」

 何匹もの青い金属色の巨大ムカデが、ウネウネと波打ちながら、ジムニーの車輪の下に潜り込み、車体を持ち上げていた。

 自動車ジムニーが、ゾロリッ、と前へ動き出した。

 徐々にスピードが上がっていく。

 それは、例えるなら、何十匹もの巨大ムカデにによる『お神輿みこしかつぎ』だった。

 僕らの乗っているジムニーがお神輿みこしで、ムカデたちがそのかつぎ手、というわけだ。

 ただし、『神輿みこしかつぎ』と聞いて連想するような、上下に激しく揺さぶられるような事は一切いっさい無かった。

 むしろ、その乗り心地はジムニーを自走させるより遥かに滑らかだった。

「まるで、魔法の絨毯じゅうたんみたい」サトミが、助手席の窓から下の方を見てつぶやく。

 ……なるほど……魔法の絨毯じゅうたんか……言いみょうだな。

 巨大ムカデたちがトンネルの路面に並び、その体の上に僕らを自動車くるまごと乗せて運ぶさまは、確かに魔法の絨毯じゅうたんと呼ぶのがピッタリのように思えた。

 青白い光に満たされたトンネル内を、ムカデたちに乗せられ、僕らはスイスイと宙を飛ぶように進んで行った。

 後ろへ流れていくトンネルの壁と天井には、動かぬ浮き彫りの状態に戻ったインテユニ人たちと、その浮き彫りの上に体を貼り付かせ青く発光する巨大ムカデたちが居た。

 あれほど気味悪く恐ろしく思えた異世界人たちも、こうして再び石のように固まって動かなくなると、神秘的にすら思えてしまうから不思議だ。

「なぁ、〈守護者〉さん……」

 僕は、通信機トランシーバーに呼びかけてみた。

 しばしのの後、『はい、何でしょう』という例の中性的な声が聞こえてきた。

「さっき……」通信機に向かって質問してみる「さっき、『〈守護者〉としての行動プログラムがインプットされている』って言ったよな?」

『はい』

「……って事は、あんたたちは、やっぱり人工的な機械みたいな物なのか? つまり、? って意味だけど」

『はい。そうです。我々は、インテユニ人によって設計され、造られました』

「え?」

 僕とサトミは、同時に驚きの声を上げてしまった。

「……だって……あなたたちの使命は、インテユニ人を打ち負かして倒すことなんでしょう?」サトミが言った。

『それは、違います。我々の行動原則の中に『インテユニ人の殲滅』は含まれていません……彼らが他の知的生命体と融合し無制限に増殖するのを防ぐ……それが我々の使命です』

「もう少し詳しく聞かせてくれよ」と僕。「たしか、インテユニ人は、〈インテグルム教〉とかいう宗教を信仰していたんだよな? 『完全な社会の樹立』とかって教義をかかげる宗教を……」

『完全な教義をかかげる完全な宗教は』通信機トランシーバーからの声が答えた。『完全であるがゆえに、不可避に一つの欠点を持ちます……それは、大いなる矛盾パラドックスです』

 金属質の体を持つ巨大なムカデたちの背に乗せられ、僕らのジムニーはトンネルの奥へ奥へと進んで行く。

 ムカデたちの動きは高速で、そして、どこまでもなめらかで、振動を全く感じさせなかった。

 動かぬ石に戻った異世界人の壁と、そこに張り付いた青白く光るムカデたちが、前方から現れ、後方へ消えていく。

 外気温が下がり始めていた。

 さっきまでトンネル内を暑くしていたのは、インテユニ人の活動熱だったのかもしれない。

 彼らが動かなくなって、再び空気が冷えつつあるのか。

 エンジンを切っているから、暖房ヒーターは使えない。

 助手席のサトミが、寒そうに自分の肩を抱いた。

 僕は、後部荷室から毛布を取り出してサトミに渡し、自分自身もレインコートを出して羽織はおった。


 * * *


『完全な教義を持つ、完全な宗教は……完全であるがゆえに、不可避に一つの欠点を持ちます……それは、大いなる矛盾パラドックスです』

 通信機トランシーバーの向こう側で、〈守護者〉が話し始めた。

『完全な宗教が、不可避に持ってしまう唯一の欠点……それは、です。

 全ての知的生命体の体を融合させ、脳と脳を接続し、その精神を一つに統合する事こそが〈完全な社会〉に至る唯一の道である……と、インテユニ人の多数派は結論づけました。

 その時点で、それ以外の考えを持つ少数の人々は異端であり、異教の徒です。

 異教徒を前にして〈完全な宗教〉の選択肢は二つしかありません。

 、あるいは、

 なぜなら、〈完全な社会〉を目指す彼らにとって、異教徒とは、純白の布に付いた一点の黒いみだからです。

 一点のみが真っ白な布の価値を大きくそこねるように……たった一人の異端者の存在も、〈完全な社会〉の価値を大きく損ねてしまいます。

 百人のうち九十九人を救ったとしても、最後の一人を救えなければ、それは〈完全な社会〉とは言えません。

 同様に、百人のうち九十九人が価値観を共有していても、異を唱える者が一人でも居れば、それも〈完全な社会〉ではありません。

 彼らが考える『争いの無い社会』とは、全ての脳をつなげて全員が同じ価値観を共有する社会です。

 それを拒む者を認めるという事は、すなわち『価値観の違い』を認める事であり、『価値観の違い』は必ず『満足する者』と『満足できない者』のを生み出します。

 は必ず、争いを生みます。

 のです。

 こうして〈完全な社会〉を信奉する多数派による、少数派に対する大粛清が始まりました』


 * * *


「ちょっと待ってくれよ」

 僕は思わず、通信機トランシーバーの声の物語をさえぎった。

「大粛清が始まった……ってのは、つまり、少数派に対する虐殺が始まった、って意味か? そりゃ矛盾してるだろうが。だって、『誰も争わない平和な社会』を作るのが目的なんだろ? そのために人殺しをするなんて、本末転倒じゃないか」

『いいえ』〈守護者〉が通信機の向こうで答えた。『彼らの閉じられた理論の中において、矛盾はありませんでした……ひとたび〈完全な社会〉が到来すれば、それは〈完全〉であるがゆえに、未来永劫存続します……理想社会が永遠に続くなら、そこで幸せに暮らす人々の数は、潜在的には『無限大』です……ならば、理想社会に至る過程において、何百万人、何千万人が殺されようとも、大事の前の小事、将来の偉大なる利益を得るために許されたという事になります』

「やれやれ……」僕はめ息をいた。「いちいち極端なんだよな……『完全』だの『一人たりとも』……ってさ」


 * * *


 ……〈守護者〉の話は、彼らの出自の物語に移った。

『我々〈守護者〉は、インテユニ人たちの『大融合計画』が完了する間際まぎわ、わずかに残った〈反・融合派〉勢力によって設計・製造されました。

 もはや敗北は避けられないと悟った〈反・融合派〉のインテユニ人たちは、せめて、大融合完了後のインテユニ人たちからと決意し、その意思をプログラムの形にして私たち〈守護者〉の中にインストールしました。

 先に述べたように、〈完全な社会〉を形づくる人々は、自らを完全であると認識するがゆえに、

 違った価値観を持つ異世界の知的生命体に接触すると、インテユニ人たちの〈統合意識体〉は、異世界の生命体に対し、自らと融合し価値観を共有せよと迫るか……そうでなければ彼らへの殺戮を開始します。

 インテユニ人たちの〈統合意識体〉を野放しにすれば、異種族の知性生物を次々に飲み込んでいき際限なく肥大化していくでしょう。

 なぜなら、それが〈完全な世界〉を信じ目指めざす者に刻み込まれた、取り除くことのできないだからです』


 * * *


「そして……」サトミが溜め息交じりに通信機に向かって言った。「限りなく膨張しようとする、その、ええと……インテユニ人たちの〈統合意識体〉? とやらを、あなたたち〈守護者〉が封じ込めている、って訳ね? 、〈

『はい。その通りです』


 * * *


 目の前に『真っ黒な渦巻うずまき』があった。

 どうやら、ここが、この長い長いトンネルの終着点……出口のようだった。

 巨大な金属ムカデたちが、僕らのジムニーを地面に下ろし、ゾロゾロとって五メートルほど後ろに下がった。

『我々が協力できるのは此処ここまでです』通信機トランシーバーの声が言った。『その渦状重力井戸は、この世界とは別の世界に通じているはずです。そこに飛び込めば、このトンネルから抜け出せます』

「この黒い渦巻きみたいなのが別世界への出口だ、ってのは良いとして、向こう側にあるのは、一体いったいどんな世界なんだい?」念のためいてみた。

『それは我々にも分かりません』と〈守護者〉

「やれやれ……こいつに飛び込んだからといって、もとの世界に戻れる保証は無し、って訳か……まあ予想していた事ではあるけど……どうする?」僕は目の前の真っ黒な渦巻きを見ながらサトミにいた。

「まあ、良いんじゃないかな。どうせ私たちには、この真っ暗な穴みたいなのに飛び込む以外に選択肢は無いんだからさ。出たとこ勝負で、行っちゃえ、行っちゃえーっ」

「だよな……じゃあ、イージードライブと行きますか」

 言いながら、僕はジムニーのイグニッション・ボタンを押した。

 キュルル、ブォンと威勢良くエンジンが掛かり、すぐにアイドリング状態になった。

 バックミラーを見た。

 ここまで僕らを運んでくれた巨大ムカデたちが、そろって鎌首かまくび持上もたげ、こっちを見ていた。

「サトミ、後ろを見てみなよ」そう言いながら、僕自身も振り返ってシートの背もたれ越しにリア・ガラスの向こうを見た。

 サトミも振り返り、「なんか『サヨナラ』って手を振ってるみたいだね」と言った。

 僕は通信機トランシーバーを手に取って「そろそろ、僕らは行くよ。いろいろと世話になったな。ありがとう」と送信部分センダーに吹き込んだ。

 ズズッ、という雑音の後に「さようなら。良い旅を」という声が聞こえ、それっきり通信機トランシーバーは何も言わなくなった。

「そいじゃ、行きますか」僕はクラッチを切り、ギアを一速に入れて、クラッチを戻した。

 僕らを乗せたジムニーが、ゆっくりと、渦巻きに向かって動き出した。

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