2.

 ほとんど人間の居ない夕暮れの街を歩く。

 歩道沿いの店々は、誰も居ないか、ロボットの従業員が一、二台動いているだけだった。

 車道を走る自動車も、駐車車両も無い。

 視線を上げてみた。

 窓に明かりの無いビル群が空を切り取っていた。

 某金融会社ビルの十一階にだけ電灯がともっていた。

 あの会社には、まだ一人か二人、社員が残っているのかも知れなかった。

 彼らも、今日までの僕と同じように、意味の無い仕事を上司のコンピュータやロボットから与えられているのだろうか。

 駅までの道の途中に、花屋があった。

 もう大分だいぶ前から、棚に商品は無かった。

 店の前を通り過ぎるときチラリと中をのぞくと、奥に、初老の女が座っていた。

 店のオーナーかも知れない。

 僕と彼女の目が合った。

 どろんとした、光の無い目だった。

 朝、店のシャッターを開け、商品が無く客も来ない店の奥に座り続け、夕方シャッターを閉めて帰る……いつか自分も『消滅』する時を待ちながら、そんな毎日を送っているのか。

 いったい、この町にどれくらい人間が残って居るのだろう?

 十人か、二十人か。

 そんな事をボンヤリ考えながら半ば無意識に足を動かして、最寄駅に着いた。

 改札口のはしに詰所があり、駅員が立っていた。

 ゲートを通過する時、その駅員と目が合った。

 彼はニッコリと笑った。

 その目には、まだ生気が残っていた。

『自分の仕事には意味がある』『自分は社会に貢献している』と、今も信じている目だった。

 この駅を利用している客は、僕を含めて一日十人くらいか、多く見積もっても二十人程度だろうが。

 改札を抜けて階段を上がり、ホームへ出た。

 しばらく待つと電車が来た。

 先頭車両に運転手の姿は無い。

 完全自動運転化された車両だ。

 僕の前を通過する車両のどこにも、乗客は乗っていなかった。

 電車が停まった。

 ドアが開き、僕は無人の車内に乗り込んだ。

 乗り換え無しで二十五分走った駅が、僕の住むアパートのある町だ。

 僕以外だれも乗っていない電車に揺られながら、窓の外を流れていく夕方の街をながめた。

 商業ビル、集合住宅、一戸建て……

 数年前まで人々が住み、学び、遊び、買い物をし、仕事をしていた建物群が、地の果てまで延々と続いていた。

 僕が大学へ通っていた頃は、まだ『人間消滅現象』の初期だったから、この街にも大勢の人間が住んでいた。

 たしか一千万人近く居たはずだ。

 就職した直後あたりから、『現象』は加速度的に勢いを増した。

 それからわずか2年で世界人口の十五パーセントが消え、四年で半数が消えた。六年後、人類という動物は絶滅寸前まで数を減らした。

 学校から子供が消え、教師が消えていった。

 役所から役人が、会社から経営者と労働者が消えた。

 政治家も消えた。

 学者が消え、芸術家も居なくなった。

 ここ一年間くらいは、(僕の直感では)消滅現象の勢いも相当ゆるやかになったように思う。

 極端に人間の数が減った現在の状態を考えれば、それも当然か、とも思う。

 どんな疫病も、罹患する人間が次々に死んで母数が減れば、自ずと事態は収束に向かうだろう。それと同じだ。

 最初の数年間、世界中の知恵ある人々が『現象』の原因究明と対処法の発見に没頭した。

 減りゆく人間の仕事を機械で置き換える企業も現れた。

 消えた経営者の仕事を、巨大コンピュータにインストールされた人工知能が代行した。

 消えた労働者の仕事を、アルミ合金製のロボットが引き継いた。

 しかし、その全てが遅きに失し、全てが無駄に終わった。

 一戸建てから家族が消え、オフィスから会社員が消え、店から販売員が消え、レストランから料理人が消え、道路を走る自動車が消え、通りから人々が消えた。

 労働力を補い人間に奉仕するはずだった機械たちも、配置された組織の人間が全員消滅した時点で存在意義を失い、次々に自らを停止シャットダウンさせていった。

 地の果てまで続く巨大で虚ろな建物群だけが、この街に残された。

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