●4●「聖女襲来」
『ヨーロッパの聖法庁からお客さんが来るよ』
と朝、叔父である神楽から聞かされた刹那は、通学路を急いで帰っていた。聖法庁と言えば
夕焼けの染まるオレンジの道を走りながら家路を急ぐ。緑ケ原学園を出て、夏樹商店街を通り、夏樹大橋を渡り――山間の住宅街を抜ける。その先の山の中腹に、刹那と神楽の家である阿久根神社がある。
山の麓から阿久根神社までは三百段近くの階段を登ることになる。毎日上り下りしている刹那は慣れた調子で、その階段を走って登っていく。
そうして階段の中腹の踊り場に足をかけた所で、不意に刹那は足を止めた。
殺気。
阿久根神社には叔父である神楽が結界を張っており、悪魔は侵入することは出来ない。それでなくても、悪魔が活動するのは大抵夜だ。夕方とは言え、まだ太陽が昇っているこの時間帯に悪魔が現れることはほとんどない。
だが何事も絶対は無い。事実として、刹那に殺気が向けられたのは確実なのだから。
「…………」
階段の踊り場で脚を止め、周囲を警戒する刹那。風が流れ、彼の銀髪をふわりと撫でる。風が止んだ、瞬間――
「――ゥゥゥオラァァァァァァッ!!!」
「!?」
突如として、頭上から咆哮と共に
咄嗟に両腕を交差させ、その拳を受け止める刹那。衝撃が腕から身体全体へと突き抜け、足元の敷石が砕け散る。生半可な攻撃ではない。
誰だ、と襲撃者に目を向けた刹那の瞳に移ったのは、黒髪に黒ジャージ、ツリ目の少女だった。年齢は同世代に見える。見覚えは無い。彼女は自分の一撃が防がれたのを見て、後方にバク転。一回転して着地し、拳を構える。
「夏樹市の半分悪魔ってのはお前か?」
そしてニヤリと笑い、挑発するように言葉を発したのだった。
刹那はその言葉に、警戒を強める。悪魔を当然のことのように話す少女。そして、自分の身の上を知っているという事実。ただ者ではない。
「――君は、誰だ」
「黒咲・奏。
刹那の誰何の声に、奏は叫びながら答え、その勢いのまま再度突撃・拳を振るってくる。
左ジャブ、左ジャブ、左ジャブ、左ジャブ、右ストレート。軽めの
「
「半分とは言え悪魔だろう? なら殺さないとなァッ!!」
問答無用の明確な殺意を乗せて、奏は拳の乱打を止めない。刹那はその愚直なまでの敵意に、何も言えなくなってしまう。
悪魔は、死ななければならない。それは、
そう、悪魔は死ななければならない。悪魔は人を害し、殺す。百害あって一利無しの邪悪存在。半分とは言え悪魔である自分が生きていられるのは、
役に立つから、生存を許される。いつかは死ななければならない間違った存在。正しくない存在。それが自分だ――と刹那は考えている。
だから、悪魔だから死ねと言われたら――否定する理由が無いのだ。刹那の胸の内から理不尽に抗おうという意思が失せ――両腕のガードが下ろされる。無防備になった顔面に、奏の右ストレートが飛び――
「――そこまで!」
打撃が当たる瞬間、刹那と奏の二人を突如としてカラスの群れが覆った。カラスは二人がいた階段の踊り場一帯を埋め尽くし、しばらくグルグルと結界のように回ったかと思うと――階段の上、頂上へと飛ぶ。
頂上で二手に分かれ、階段を登って右と左に分かれ、カラスの群れは散った。後に残るのは、カラスに運ばれた刹那と、奏の二人。そして――二人に歩み寄ってくる、青の
「叔父さん……」
刹那が茫然と少年に話しかける。刹那の叔父、阿久根・神楽である。刹那と同世代、下手をすれば年下にさえ見える姿だが――これでも齢五十ほどの壮年の男である。陰陽師であり、多種多様な呪術を使う
「どこかに行ったかと思えば――彼を襲うなんて。彼は味方だと、あれほど言ったでしょう?」
「うるせぇ。悪魔なんて信用できるかよ」
奏の方には、紫ドレスの女性が近づき、何やら注意をしている。しかし、女性の言葉など奏は聞く耳持たないようだった。
「叔父さん、あの人たちは……?」
「ああゴメンね。彼女達がその――今日からこの街に来ることになった
刹那の問いに、神楽は困ったように眉根をしかめて答える。
「――とりあえず皆、ウチに入ってくれるかな。まだお茶も出してないし――話をする必要が、あると思うんだ」
その場を収めるように、神楽はそう言った。
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