●1●「刹那の日常/悪魔狩り」

 阿久根・刹那は半人半魔の悪魔狩人デビルハンターである。

 悪魔の父と、人間の母から生まれた彼は、悪魔の力を宿した人間として生まれてきた。

 彼は悪魔の姿に"変身"することで、悪魔の力――魔法を使えるようになる。

 その力で、悪魔を狩るのである。

 悪魔の血を受け継ぎながら、悪魔を狩る。それが、阿久根・刹那という歪な少年の在り方だった。

 

 ●●●

 

 日本某県・夏樹市。山と海に囲まれた地方都市。

 深夜の都心部を、阿久根・刹那は走っていた。

 あまり手入れの行き届いていない茶髪に、金の瞳。そばかすが少し残った、小生意気な顔。フード付きの黒コートを纏った少年である。

 彼は先行くカラスに導かれるように、深夜の商店街を走っていた。

 

『こっちだよ、刹那!』


 先行くカラスが人語を喋る。当然、ただのカラスでは無い。

 刹那の叔父にして悪魔狩人デビルハンターでもある陰陽師――阿久根・神楽が操る式神である。

 刹那と神楽の家でもある阿久根神社から、神楽は無数のカラス式神を飛ばし、操っているのである。

 夏樹市に巣くう悪魔を見つけ出し、狩る為に。

 今宵、神楽がある悪魔を見つけたため、刹那は神楽が操り声を飛ばすカラス式神に導かれながら、悪魔へと向かっているのである。

 

『次の交差点を右折した所に目標がいる! 気を引き締めてくれ!!』

「分かった」


 カラスの言葉に、言葉少なに応えながら、刹那は意識を集中する。

 ――幼い頃から、彼の脳内には一丁の回転弾倉式拳銃リボルバーがあった。

 それはとても凶悪な力な力を持つが、そのままでは引き金トリガーを引いても何も起こらない。

 力を使うためには、撃鉄ハンマーを起こす必要があるのだ。

 そう、今この時――悪魔と戦うような時に。

 

「――"変身"」


 その言葉と共に、脳内の回転弾倉式拳銃リボルバー撃鉄ハンマーを起こす。

 瞬間、全身の血流がマグマのように熱くなる。人間のモノではない異質な力――悪魔の力が全身を駆け巡り、刹那の全身を変質させていく。

 黒のコートは燃え上がり、全身を黒と金の外骨格が包み込む。右腕には刹那の身長に比するような巨大で異形の銃器が形成される。短い茶髪が燃え上がり、炎の様な赤髪が腰まで伸びる。顔は真っ白になり、赤い熊取りが刻まれる。

 一瞬後、そこには赤髪に黒い異形の怪人がそこに立っていた。

 銃を構える赤黒の異形の悪魔。それが、阿久根・刹那の悪魔としての姿だった。

 彼は巨大な異形の銃器を構えながら、それでも走る速度を緩めず――むしろ加速する。

 一気に交差点まで距離をつめ、右折する。

 そこには、惨劇が広がっていた。

 

 ●●●

 

「――飛び入りの観客かい?」


 刹那が交差点を曲がった所。深夜の商店街はシャッターが閉められ、看板の電気も消された暗闇の中だった。

 電柱の電灯だけがポツポツと明かりを照らす中、その男はある電灯にまるでスポットライトを浴びるかのように照らされていた。

 白の長髪に片目と首元に薔薇の飾り。鳥の翼を模した衣装に、茨が絡みついたエレキギターを構えている。

 ギター男は恍惚とした表情でギターを撫でながら、周りを睥睨する。

 そこは、惨状としか言いようのない状態になっていた。

 ごく普通のアスファルトの道路。しかし、道路は大量の血によって真っ赤に染め上げられている。道のあちこちに数十人分と思しき肉片と内臓が散乱している。

 

『遅かったか……!』


 刹那のそばを飛ぶカラス式神が悔しそうに呟く。そう、彼らは遅かった。既に惨劇は行われていたのである。

 

「先に楽しませてもらったよ。やっぱり人間を殺すのは良い。オレの歌によって脆く崩れ去っていく彼らの身体。死の間際の悲鳴――理不尽に困惑し、絶望に彩られ、苦痛に満ちた断末魔。オレの歌によってもたらされる破壊と恐怖――最高だ。オレは今、最高にアガっている――」


 恍惚とした表情で話しながら、ギター男はエレキギターの弦に指を走らせる。鮮やかな指の動きからギャリギャリギャリと聞くものの正気を削るような旋律が流れ――黒い音符状のエネルギーが無数に発生する。

 音符はギター男の演奏に乗って周囲に飛散し、商店街のシャッターやアスファルトの接触する――瞬間、爆裂し破壊を巻き起こす。シャッターはひしゃげ、店内に叩き込まれ、アスファルトはヒビを通り越して地面に無数の陥没跡を残す。

 エレキギターによる音楽で破壊を巻き起こす超常。ありえない現象。それらを引き起こす彼は――

 

『――魔力反応の検索結果が出た! 奴は音楽の悪魔アムドゥキアス!! 音楽を奏でることで魔法を使う悪魔だ!!』


 カラス式神を通して、神楽がギター男の正体を告げる。刹那はその言葉に、腕の巨大銃器を悪魔に向けることで応えた。


 銃器を構えた刹那の姿に、ギター男――アムドゥキアスが訝し気な瞳を向ける。

 

「同族――の様な気配だが、違うな。もしかして半分人間かい? じゃあ悪魔狩人デビルハンターかな?」

「そうだ。悪魔お前を狩る者だ。――"火炎魔弾バーン・バレット"――発射ファイア!!」


 刹那の言葉――呪文と共に、異形の銃器から火炎弾が発射される。

 "火炎魔弾バーン・バレット"。炎を弾丸にして撃ち出す刹那の魔法である。

 魔の火炎弾は真っすぐにアムドゥキアスへと突き進み――その顔面に命中。頭を爆破・炎上させる。

 ――しかし。

 

「――ハハハハハハ。いいねいいね最高だ。無抵抗の人間を殺すのも良いが――こういう戦いもオレは楽しみでね!」


 首を無くした悪魔が、どこから声を出しているのか、それでも笑う。笑いながら、エレキギターを掻き鳴らす。

 

「魔曲"シューティングスター"!!」


 掻き鳴らされたエレキギター音から黒い音符エネルギーが無数に発生し――流星の滝のように刹那へと叩き込まれていく。

 それらを刹那は、時に避け、時に異形銃器で防ぎながら走り、アムドゥキアスへと走り、近づいていく。

 

「叔父さん。奴のコアはどこだ」

『検索中! もう少し待ってくれ!!』


 音符の雨あられを裁きながら、カラス式神に問いかける刹那。

 コア。それは悪魔の心臓とも言うべきモノ。それを破壊しない限り、悪魔は無限に再生し、活動を止めない。そしてコアは、通常の手段では傷一つ付けられないのだ。破壊するには、通常では無い方法――例えば、悪魔のチカラが必要になる。

 

「"火炎機関銃バーン・ガトリング"――発射ファイア!」

「無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」


 牽制のために無数の小火炎弾を乱射する魔法"火炎機関銃バーン・ガトリング"を発動する刹那。しかしアムドゥキアスは、火炎弾の嵐を浴びてなお、身体を焼かれ、砕かれながら、それらを再生しながらエレキギターを掻き鳴らし続ける。

 

「魔曲"ギロチンブレード"!!」


 エレキギターが掻き鳴らす旋律が変わる。音符エネルギーがアムドゥキアスの前に集まり、巨大な刃と化す。それらを一瞬の速さを持って刹那へと叩き込まれる。刹那は避けようとするが――"火炎機関銃バーン・ガトリング"使用直後の硬直で動けない!

 

 ――斬ッ!

 

 赤黒の外骨格に包まれた左腕が、血を撒き散らしながら宙を舞う。刹那の左腕が断ち切られたのだ。

 

「――ッ!! "火炎魔弾バーン・バレット"――発射ファイア!!」


 腕を断ち切られた痛みを食いしばり、火炎魔弾の魔法で敵の刃を焼き尽くす。

 断ち切られた腕は、血を流したまま再生しない。半分悪魔・半分人間である刹那は、再生能力という点で通常の悪魔に劣っているのだった。

 

「出来損ないは辛いなァッ! 聴いてくれお前への鎮魂歌レクエム、魔曲"ギロチンブレード・Re-Mix"!!」


 痛みに顔を歪める刹那を嘲笑しながら、アムドゥキアスがさらに魔曲を奏でる。音符エネルギーが巨大な刃を形成し、刹那へと降り注ぐ。

 

「"火炎魔盾バーン・シールド"――発射ファイア!」


 魔法発動。異形銃器の先に火炎の円陣が展開し、刃を防ぐ盾となり、刹那を護る。

 

「ヒキコモリか? それはちょっとバッド・タクティクスだ。何せ動けないままオレのギロチンブレードを受け続けることになるんだからなぁ~? その盾はどれくらい持つ? ギロチンブレードはまだまだあるんだぜェ~? ――魔曲"ギロチンブレード・エレクトロ"!!」


 再度黒い刃が形成され、刹那の火炎盾へと叩きつけられる。火炎盾は砕けはしないが、揺らぎ、ヒビが入る。

 

「――くっ……叔父さん、まだか!」

『――検索完了! 敵のコアは――奴の持つギターだ!!』

「了解。――"火炎魔盾バーン・シールド"――解放バースト!!」


 刹那の叫びと共に、銃器の先に形成されていた火炎盾が爆裂する。

 

「悪あがきを……どこに行った小僧!!」

 

 小規模の爆発は火炎と煙を撒き散らし、刹那の姿をアムドゥキアスの視界から消してしまう。

 煙の中、刹那はガチャリ、と右腕の異形銃器のチャンバーが回転させる。属性変更。魔法術式選択――

 

「見えねぇんならよぉ~……全部吹き飛ばせばいいだけだよなぁ~!? 魔曲"シューティングスター・オーケストラVer"!!」


 見えぬ刹那の姿に焦れたアムドゥキアスが、新たな魔法を発動する。掻き鳴らされるエレキギターから発生した音符エネルギーが無数に彼の周りに展開し、発射される。その規模と勢いはまさに横向きの滝。道路一帯を包んだ煙、それすら飲み込むほどの大瀑布だった。

 黒い音符エネルギー弾の滝が、煙を飲み込もうとしたその刹那――

 

「"妨害領域ジャミング・フィールド"――発射ファイア


 刹那の呪文と共に、魔法が発動する。異形銃器から発生した光が、刹那とアムドゥキアス、二人の悪魔を包むほどに一瞬で広がり、消える。

 ただ、それだけ。だが、効果は絶大だった。

 光が消えた後には、煙も、炎も、アムドゥキアスの音符エネルギー弾も――魔法によって生まれた全てが消えていた。

 

「これは――対抗魔法カウンター・マジック!?」

「――その通りだ」


 驚愕に顔を歪め立ち尽くすアムドゥキアスの真ん前に走り込む刹那。彼はその勢いのまま右腕の異形銃器を敵のギターへと向け、チャンバーを回転させる。属性変更。魔法術式選択――

 

「ま、待て、やめ――」

「この距離なら避けようが無いな。"火炎魔弾バーン・バレット"――発射ファイア!」


 異形銃器からゼロ距離で火炎弾が発射され、アムドゥキアスのエレキギターを焼き尽くす。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?」


 アムドゥキアスがひび割れた悲鳴を上げながら炎上し――エレキギターが焼き尽くされると同時に、黒焦げの灰となって消えた。

 ガシャン、と右腕の異形銃器を地面に下ろし、刹那が一息つく。端正な顔は汗とすすに塗れてすっかり汚れてしまっていた。左腕も肩口で断ち切られたまま、血を流しっぱなしである。

 満身創痍。それでも――

 

「悪魔アムドゥキアス、討伐完了だ。叔父さん」

『――お疲れ様。すぐに助けを寄越すよ、ちょっとだけ待ってね』


 カラス式神越しに叔父が労いの言葉をかける。

 その言葉を受け取りながら――刹那は脳内の回転弾倉式拳銃リボルバー撃鉄ハンマーを戻す。それに従う様に、全身を覆う黒金の外骨格、銃器が消え――髪は燃えるような赤髪から、ごく普通の茶髪へと戻る。一瞬後には、黒コートを身に纏った、人間としての刹那の姿に戻っていた。

 そのまま夜空を見上げながら、刹那は神楽叔父さんの助けを待つことにした。

 

 ●●●

 

 これが悪魔狩人としての刹那の日常。

 魔法を放ち、放たれ、身体を破壊し、破壊される激闘。

 生と死の紙一重の境界線。そこを歩むことが、刹那の夜の日常だった。

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