百合スト令嬢は王子殿下に愛される

九條葉月

第1話




 ――お城の池に『ばっしゃーん!』された衝撃で前世の記憶を思い出しました。



 まぁ直後に死にかけたのでそれどころじゃなかったけど。落ちたのが真冬の池だったせいで本当に心臓が止まっていたらしい。

 いやはや、治癒魔法がある世界で、治癒魔法師が常駐している王城での事件だったことが不幸中の幸いだったのかな?


 池から引き上げられた私は高熱を出して三日も意識がなかった、らしい。


 目を覚ました私は幸運なことに『私』のままだった。前世の記憶によると、転生した人格が元の人格を塗りつぶしたり融合してしまうという展開も多いみたいだから。

 記憶が戻ったおかげか精神年齢は成長した気がするけれど、それでも私は私だと断言することができる。


(……なるほど。ここは“おとめげぇむ”の世界なのですね?)


 目を覚まして三日ほど経つと私はそんな確信を抱くようになっていた。自分の名前。実家の名字。王国の名前や王子様その他攻略キャラの名前が前世やっていた乙女ゲームとぴたりと一致していたのだ。


 これで前世の記憶を取り戻したのがもう少し大人になってからだったら『疲れているのよ私……』と早めにベッドに入るところ。だが、幸いにして9歳という年齢はそんな突拍子もない現実をすんなりと受け入れてしまった。


(私はリリー・レナード。公爵家の長女。現在9歳。15歳のときに入学する魔法学院で“悪役令嬢”になる運命……)


 ゲームの名前は『ボク☆オト3 ~ボクと乙女の百合百華~』だったはず。

 レナード王国の王太子と第二王子をダブルヒーローとして、他には宰相の息子や騎士団長の息子といったテンプレなイケメンたちと恋に落ちるストーリー。


 ゲームでの私は第二王子の婚約者なのだけど、ヒロインが第二王子を攻略すると婚約破棄されてしまう。

 まぁ悪役令嬢とはいえやったことはささやかな嫌がらせ程度なので罰せられるわけではない。そう考えると処刑ルートまである王太子の方の悪役令嬢さんに比べるとまだマシ――ではない。いや処刑よりはマシだが冗談じゃない。


 理由はどうあれ王族からの婚約破棄だ。そんな私にまともな嫁のもらい手がいなくなるのは想像に難くない。ゲームではそこまでの描写はなかったけど……現実ではいかず後家(オールドミス)か、修道院か、あるいは変態親父の後妻ルートか……。とにかく、幸せとはほど遠い結末を迎えることになってしまう。


 となると第二王子から婚約破棄されないようにラブラブな状態でいればいいのだろうけど……、うん、無理無理。前世も女の子で、イケメンとの恋愛を求めて乙女ゲームに手を出した私ですらヒロインちゃんにフォーリンラブしたのだ。現実世界で、ヒロインちゃんを前にして、恋に落ちない男がいるだろうか、いやいない(反語)


 いくらラブラブであろうとも、あんなにも可憐で朗らかで美少女なヒロインちゃんに出会えば私なんてポイ捨てされてしまうだろう。というわけで、ラブラブ作戦は無駄。むしろ第二王子の婚約者にならない方向で頑張るべき。


 どうするべきか。私は必死になって考えた。元は9歳であるがそれはそれ、前世の記憶もあるのだから精神年齢は○○歳。集中すれば完璧無敵な妙案が思い浮かぶはずなのだ。


 ……はずだったのだ。


 結果。徹夜したのに何も案は浮かばなかったとさ。9歳に徹夜は辛い。マジ辛い。

 しかし私の頑張りを神さまは見捨てていなかった。


 私と第二王子が婚約者になるきっかけは王子と同年代の女の子を集めたお茶会(という名のお見合いパーティー)だった。これは設定資料集にあったので間違いはない。


 で、よく考えたら私が池ポチャしたその日が第二王子とのお見合いパーティーだったのだ。やったぜ私命がけでフラグ回避していたよ!


 そして前世の記憶を思い出した後も何度か第二王子とのお見合いパーティーにはお呼びがかかった(公爵令嬢だしこれは仕方ない)ものの、池落ち&心肺停止がトラウマになっていてお城が恐い――と、いうことにしてパーティーを欠席し続けた私であった。


 本来私のワガママを諫めるべきお父様もあの池ポチャ以来『リリーは嫁には出さない! 私が最後まで守るんだ!』と親バカになってしまっていたし。結局私は第二王子に出会わないまま少女時代を終えることになった。


 まだ第二王子の婚約者は決まっていないけど、お父様は私を嫁に出すつもりはなさそうだし、よく考えたら貴族の夫人としての面倒なあれこれをせず領地でのんびり一生を終えるのも悪くないのではと考えるようになった。


 一応お父様に確認したら「嫁に出したらリリーと毎日会えなくなるじゃないか!」と変わらずの親バカだったのでもう大丈夫だろう。幸い、私を嫁に出さなきゃいけないほどレナード家は権力に飢えていないようだし。


 運良く破滅フラグを粉砕できた私は「せっかく前世とは違い美少女に生まれたのだから」と礼儀作法などの女磨きに精を出したり、前世の趣味だった百合をこの世界に広めるために執筆活動をしたり、それを読んだお父様(親バカ)が「私の娘には文才もあったのか!」と暴走して製本印刷大量発行した身分差百合本が空前のベストセラーになったりと忙しい日々を過ごすことになり……乙女ゲームのことなんてすっかり失念の彼方に放り投げてしまったのだった。


 そして15歳になり。


 運命通り。私は魔法学院に入学することになった。










 私の名前はリリー・レナード。15歳。自分で言うのも何だが銀髪碧眼の美少女だ。


 本来は悪役令嬢らしいけど、破滅の原因である第二王子との婚約もしていないのでまぁまぁ平穏な日々を過ごしている。


 結婚はしなくてよさげなので将来は実家の公爵家でお父様やお兄様の補佐をしつつ作家として生きていこうと思っています。


 もちろん書くのは“百合”専門ね。何が悲しくて妄想の世界に野郎(ヤロー)を登場させなきゃならないのか。

 私は百合に男が乱入するのは地雷だし、さらに言えば百合カップルの仲を深める噛ませ犬も許せない原理主義者であり、背景に男が描いてあるのすら吐き気がする過激派だ。


 魔法を使えば子供だって授かることができるのだから男なんて滅びればいい。マジでそう考える今日この頃私は元気です。


 さて。そんな元気いっぱいである私はいつもどおり学院の校舎屋上にある庭園に寝そべって眼下を――校庭を見下ろしていた。ここからなら誰にも見つかることなく様々な人間模様を観察できるからね。今はお昼休みなので人もいっぱいだ。


 屋上庭園は『庭園』と名付けられているが実際は植物園に近い。しかも手入れが不十分で鬱蒼としている。綺麗でお高いドレスを着た令嬢は近寄らないし、三大欲求しか頭にない男子などは認識すらできないだろう。


 だからこそこの庭園にはほとんど人がやって来ないし、もし来たとしても寝そべっていればまず見つかることはない。学院で繰り広げられる百合模様を視姦――じゃなくて観察するにはもってこいなのだ。


 もちろん私の目は二つしかないし身も一つなのですべての情事――じゃなくて恋愛模様を見届けることはできない。なので、私は妖精さんと契約して遠くの映像を空中に映し出してもらったり資料として重要なものは魔力を固着させやすい水晶に保存してもらったりしている。


 妖精契約。遠視。そして水晶を用いた映像記録。どれか一つでもできるのなら宮廷魔術師になれるらしい。が、私にとっては快適な百合ライフを助けるちょっと便利な魔法に過ぎない。

 才能の無駄遣い? むしろ余すことなく有効活用していますが何か?


 誰かに言い訳しながら私は屋上の縁ギリギリに身を乗り出して校庭の隅、木陰で繰り広げられる百合模様(世界の真理)を注視した。


 木陰に立つのは派手な金髪ロールが印象的なユリスキー侯爵家の長女、メリー・ユリスキー様。見た目は華やかなのに性格は穏やかで学院での人気も高い。


 そんな彼女に抱き寄せられているのは庶民ながらも特待生枠で学院への入学が許されたアンリ様。この国には多い茶髪をした美少女。男性女性構わず心を撃ち抜けそうな涙目でメリー様を見上げている。


 そう、見上げて。メリー様は女性にしては背が高いクールビューティーで、逆にアンリ様は小柄な小動物系なので結構な身長差があるのだ。20~30cmくらいかな?


 ちなみに乙女ゲームの舞台である影響かこの世界の度量衡はメートル・リットル・キログラムが使われている。が、重要なのはそこじゃない。重要なのは身長差&身分差のある美少女が今にもキッスしそうな雰囲気を醸し出していることだ!


「……ふへっ、身長差カップル、いい……。最高……。しかも身分差とか……ふひひ、私を萌え殺す気かしらあの二人は……」


 たぶん今の私は人様に見せられないレベルの顔面崩壊をしていると思う。よだれを垂らしていないのはわずかに残った貴族令嬢としての誇りだ。それ以外は手遅れだけれども。


 しかし、ここまでは長かった。私が鍛え上げた百合百合センサーによってメリー様とアンリ様の間に芽生えたほのかな恋心を察知。健気で儚い想いが枯れてしまわないようにときどき助言をしつつ遠くから見守り続けて……ついにとうとうこのときが来たのだ!


 妖精さんから現地の声が届けられる。



『メリー様! 私、わたし――っ!』


『待ってちょうだい、アンリ。その続きはわたくしから言わせてほしいわ。――好きよ、アンリ。誰よりも愛している。たとえ政略で他の男性と結婚することになろうとも……誓うわ。わたくしの心はあなただけのものよ』


『メリーさまっ!』



 ひしと抱き合い初々しいキスをしたメリー様とアンリ様。背景に百合の花が見える。確かに見える。


「きたー! カップル成立! えんだぁああぁあぃやぁああぁあ! 今まで苦労した甲斐があったぜ! もう顔真っ赤にして可愛いなぁ二人とも! ひゃっほう! 萌える! ちょう萌える! きゃああぁあああぁあっ!」


 ごろごろと転がって喜びやら萌えやらを全身で表現する私。あ~ぁ心がムズムズするぅ! ヤバい鼻血出そう!


「はっ! そうだ! 記憶が鮮明なうちにメモしなければ! くぅう新作のお題はこれに決定――」


 起き上がってテーブルに置いておいた秘密のネタ帳の元に行こうとした私は、固まった。冗談みたいに美しい金色が目に飛び込んできたためだ。

 見覚えがある。めっちゃある。


(え、エマージェンシーッ! われ敵の奇襲を受けつつありッ!)


 敵味方識別! 輝く金髪! 宝石のような紺碧の瞳! 女殺しの微笑み! どっからどう見ても第二王子じゃないか! 殿下だよ殿下! 第一種戦闘配置! 破滅フラグキタコレ!


 いや! 落ち着くのよリリー・レナード! まだ慌てるようなタイムじゃない!


 先ほどまでの痴態を見られたのは確実、それは死にたいほど恥ずかしいけど、逆に言えば殿下も呆れ果てているはず! ――いける! 今こそ『こんな女は婚約者にしたくないなぁ』作戦をやるしかない!


 ……私は百合模様の観察と平行して第二王子のことも気にかけていた。『彼を知り己を知れば百戦連勝』と言うし。

 その結果を鑑みれば、殿下は自分を取り巻くご令嬢に苦手意識を持っているのは間違いない。言い寄ってくる女子に辟易していて、真逆の反応を見せるヒロインに『ボクに興味を持たないなんて、面白い子だ……』とかほざいちゃう系のキャラだと思う。


 つまり! 軽率に言い寄ってくる貴族令嬢を演じきれば殿下も私に苦手意識を持つはず! 何という名推理! 私はやはり天才か! よしやるぞ! 前世の乙女ゲームやら今世の婚活令嬢を思い出してそれっぽいセリフを! 無意味に腰をくねらせながら!


「きゃ、きゃあー、こんなところで殿下に会えるだなんてー。これはもう運命に違いありませんわー」


 きゃぴきゃぴ。


 ……うんゴメン。自分でも棒読みだって分かったわ。あまりのひどい演技に殿下も固まっちゃったし。赤面して頭を抱えてしまった私は悪くないと思う。いや演技は最悪の出来だったけど。


「…………」


「……あー、リリー嬢?」


 戸惑いがちな殿下に対して私はふるふると指を一本立てて見せた。


「り、」


「り?」


「リテイク!」


「あ、はい」


 殿下が頷いたので仕切り直し。とはいっても万策尽きた感。そうだよ、百合が好きすぎていまいち男性との恋愛に興味がない私はどうしても演技に熱が入らないのだ。いくら相手がイケメンでも……。これでは他のセリフを選んでも同じような結果になるだろう。


 ならば、高飛車で嫌な女を演じるしかない! そっち系ならお茶会で何度かやったことがある!


「――あら、殿下。許可もなくわたくしを視界に収めるだなんていい度胸ですこと。それとも王家では最低限の礼儀すらお教えにならないのかしら? ふふ、間抜けな顔。あなたを見て発情しない女性がそんなに珍しいのかしら? まったく無様ね。有象無象の令嬢たちを侍らせたからといって勘違いなさっているのではなくて?」


 不敬ーっ! 王族相手に何言っているんだ私!? しかも考えるまでもなくすらすらと口をついて出てきたし! 私って実はサディストの才能があったの!?


 これまで知らなかった自分自身の一面に私が愕然としていると――


「――ぷっ、あはははっ」


 殿下がこらえきれないといった様子で笑い始めた。あーはい滑稽ですよね今の私。貴族令嬢としては致命的だけど不敬罪は避けられたようなのでセーフ。セーフです。


 ひとしきり笑った殿下はなぜか片膝をつき、私の右手を取った。


「では、あなたを視界に収める許可をいただけますか、フロイライン?」


「…………」


 乙女ゲームなら赤面の一つでもする場面だろう。きゅんと胸を高まらせる場面だろう。だがしかしここは現実世界。プロポーズでもないのに殿下に膝を付かせるとか不敬すぎて腰が抜けるわ。たとえ殿下からやり始めたとしてもだ。


 もはやこれまで。

 膝を折り、背中を曲げ、頭は地面に。私は流れるような動作でジャパニーズ・ドゲザを行った。


「マジすみませんでした。不敬罪だけは勘弁してください」


「……ぷ、くくくくっ」


 殿下が必死で笑いをこらえている。土下座している女性を見て笑うなんてとんだサディストですね、とはさすがに口にしない。なんか今の私はどんどん失言を重ねそうだもの。


 殿下が立ち上がった気配がする。


「――頭を上げよ。この場は『学徒は平等』を掲げる学院の敷地内。多少の不敬に関しては目を閉じるとしよう」


 威厳たっぷりな声は万民に静寂をもたらすような色を持っていた。第二とはいえ王子であることは伊達じゃないってことか。

 よし、殿下のおかげでちょっと落ち着いてきた。……そもそも取り乱したのは殿下が原因だけれども。


 とりあえず仕切り直しといこうかな。


「は、ありがたき幸せに存じます」


 私は頭を上げ、立ち上がり、魔法でドレスの汚れを綺麗にしてから淑女らしいカーテンシーを行った。


「名乗りが遅れましたこと平に御容赦下さいませ。わたくし、レナード公爵家が一子、リリー・レナードでございます。殿下におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます」


 決まった。我ながら完璧なカーテンシー。「せっかく美少女に生まれたんだからそれにふさわしい所作ができるようにしないとねー。女子力アップ!」と頑張った過去の私、偉い。


 今までの努力が走馬燈のように蘇ってくる。何だかんだで『お城はトラウマ』という言い訳が現在まで続いているから陛下をはじめとした王族の方々に挨拶する機会はほとんどなかったんだよね。

 つまり、今こそ努力の果てに習得した完璧な所作を殿下(王族)に見せつけるチャンスなのだ!


 ……だというのに。


「いや、そんな堅苦しい挨拶は不要だよリリー嬢。さっきも言ったがここは学院なのだからね。むしろ気軽に学友として接してくれた方が私としても嬉しいな」


 私の今までの努力全否定!

 いやしかし、殿下からの申し出を断るわけにはいかないよね。ただでさえ不敬を積み上げているのだし超えてはいけない身分の差がある。


「しかし……、いえ、殿下が望まれるのでしたら、学友らしい対応ができるよう努力しますわ」


「うん、そうしてもらえると助かるよ。口調も楽にして欲しい。なにしろ私たちは学友なのだからね」


 過剰なまでに『学友』を強調して微笑んだ殿下は絵画のように美しく、口調も親しみがあふれるものに変化していて、私が普通の女性だったらこれだけで恋に落ちていたことだろう。


 しかし私は殿下から捨てられる未来を知っている。だというのにトキメキ☆フォーリンラブできるような乙女回路を搭載していなかった。


 百合回路は常時フルスロットルだけれどね。


 殿下は屋上に設置されていたテーブルセットに腰を落ち着けた。どうやらすぐすぐ帰るつもりはないらしい。もちろんテーブルの上に置いてあった秘密のネタ帳は読まれる前に回収したともさ。


 ちなみにこの植物園はかつて屋上カフェテラスとして活用されていたらしく、テーブルセットはその名残だと思われる。

 ただ植物の手入れが放置されて鬱蒼としているのでかなり奥まで来ないとこのテーブルセットの存在には気がつかないだろう。人が近づいてくれば植物をかき分ける音で気がつけるし。……さっきの私みたいに興奮していなければ。


 まぁつまり何が言いたいかというと、学院内で密会をするなら中々都合がいい場所なのだ。


 椅子に座った殿下が微笑みかけてくる。


「私だけが座っているのも何だね、リリー嬢もかけたらどうかな?」


「そんな、殿下と同席するなど恐れ多いですわ」


「私たちは学友、つまりは友人だ。友人が同じテーブルを囲んで他愛もないおしゃべりをするのは普通のことじゃないのかな?」


「…………」


 あれこれ嵌められたかな、と思いつつ断るわけにもいかないので渋々席に着いた私である。お昼休みが半ばを過ぎているのが不幸中の幸いか。そんなに長い時間相手をしなくてもいいだろうし……。眉間に寄った皺に気づかれないことを祈るばかり。いやむしろ気づいて欲しい。さっさと気づけ。


 内心の願いはもちろん殿下に届くことはなく。そんな私の様子を何が楽しいのか殿下はニコニコと見つめていた。


「リリー嬢はいつもここにいるのかな?」


「……いつも、というわけではありませんわ。わたくしにも友人付き合いがありますし。このような綺麗とは言いがたい場所に誘うのも気が引けますもの」


 昔はよく来ていたけれど、最近では妖精さんから『いい感じの子たちがいるよー』と報告を受けたら覗き見に来るくらい。それに休み時間には百合な悩みを抱えたご令嬢から相談を受けることも多くなったし。


「なるほど、確かに普通の淑女はこんなところには来たがらないだろう。ここまで鬱蒼としているといつドレスや靴が汚れるか分からないし、虫も多いからね」


「そうですわね」


「虫は平気なのかな?」


「平気とまでは言いませんが、他の人のように慌てるほどではないかと」


 前世は一人暮らしの部屋で黒い悪魔と果てしない戦いをしていました。なんてことはもちろん話さない。


「……殿下はなぜこちらに? 見たところご友人の方々も侍従の方もいらっしゃらないようですが」


 普段は「逆ハーか!」ってくらい男性を侍らせているのにね。そりゃあもう第二王子が婚約者を選ばないのはBでLな人だからじゃないかって噂が出るくらいに。


 しかし、将来の側近候補である友人は百歩譲るとして、殿下の護衛も兼ねている侍従がいないのは問題だと思う。

 殿下も悪いことをしている自覚はあるのか少しバツの悪そうな顔だ。


「たまには一人になりたくてね。ちょっとまいてきた」


 あー、侍従の方の苦労が偲ばれる……。


「いけない人ですわね。ご学友の方はとにかく、侍従の方はお仕事なのですからあまり困らせてはいけませんよ?」


「リリー嬢からの苦言ならば受け入れなければな。だが、たまにはこの場所で息抜きをする許可はもらいたいな。最近は兄上が仕事をさぼりがちになってきて私にしわ寄せが来ているし」


「…………」


 息抜きという名目で、ときどき私とここでお話をしたいと。あれ私モテモテじゃない? 殿下とこうしてじっくりと会話するのは初めてのはずなのだけど……。見た目? 見た目で選びました?


 まぁいいや。どうせ私の立場では断れないのだし。こちらに脈がないと分かればそのうち離れていくでしょう。

 私は報われない恋なんてしたくない。百合も現実もハッピーエンドが好きなのだ。


「ふふ、この場は広く学生に開放されていますもの。わたくしの許可など必要ありませんわ。それに殿下の御心が安らかになることはわたくしたち臣下にとっても重要ですもの」


「ではまたリリー嬢と過ごせる時を楽しみにしておこう」


「……わたくしなどでよろしければ、喜んで。ただ、毎日いるわけではありませんのでご了承いただきたいですけれど」


 会えなくても恨んだりしないでねーと前もって言い訳しておく。


「そうか。残念だが、リリー嬢にも都合があるし仕方がないか。でも、私はここが気に入ったよ。たぶん毎日のように通うことになるかな。放課後は忙しいから昼休みの間だけだろうけどね」


 ある程度は許すが昼にはなるべく顔を出せ、と? 直接そう言えばいいのに、まったく貴族のやり取りって面倒くさいわー。


「……御心のままに」


 渋々そう返事をすると殿下はくくくっと喉を鳴らした。


「う~ん、堅いなぁ。私としては先ほどまでのリリー嬢の方が好みだな」


 あのハイテンション痴態が好きとか特殊性癖すぎません?


「わたくしとしては忘れて欲しいのですけれどね。これでも公爵令嬢という身の上ですので。そう簡単に本性をさらけ出すわけにはまいりませんわ」


「いやいやこの場は二人きりなのだから――っと、予鈴が鳴ってしまったか。残念だがここまでにしよう。リリー嬢、またの再会を楽しみにしているよ」


「……、………えぇ、わたくしも楽しみにしておりますわ……」


 眉間の皺はもう隠す気もない。

 そんな私に殿下は大満足のご様子。上機嫌に鼻歌まで歌いながら植物園を後にした。


 やっと帰ったぁ。


 ため息をつきつつテーブルから離れ、校庭を見下ろす。開放感を存分に味わうために深呼吸をしていると……とある集団が目に付いた。

 噴水の近くで女子生徒一人と四人の男性がお弁当を広げている。予鈴が鳴ったのに食べ終わる気配はなく、どうやら午後の授業はサボるおつもりらしい。


 いいご身分ですね。

 まぁ実際いいご身分(・・・・・)が大半なのだけど。


 あの集団の中で唯一となる女子(かつ平民)はきっと天真爛漫な笑顔を浮かべているのだろう。


 一ヶ月ほど前に編入してきたゲームのヒロイン。庶民でありながら云々(うんぬん)かんぬん。

 乙女ゲームのヒロインらしくピンクの髪色をしている。


 そんなヒロインの周りにいるのは王太子殿下と宰相の嫡男さま、騎士団長の長男坊、そして魔術師団長の養子殿。この学園における最上階級に君臨される方々は、あっという間にヒロインの色香に惑わされてしまったご様子だ。もちろん全員に婚約者がいる。


(もしもヒロインに前世の記憶があるのなら……。きっと逆ハーエンドを狙っているんだろうなぁ。攻略の手際が良すぎだし)


 前世の記憶でもなければあの気むずかしい連中を同時攻略なんてできるはずがない。


 幸いにして(私にとっての破滅フラグである)第二王子はまだ攻略されてはいない。

 けれど、いつあの中に入っても不思議じゃないだろう。彼の心の闇も、悩みの原因も、すべてヒロインは知っているのだから。


 私は第二王子の婚約者じゃないし、百合趣味であることは学園中に知れ渡っていて、その影響か女の子が好きだと認識されている。だから『嫉妬に狂ってヒロインをいじめた』という展開にはならないし、万が一そんな噂が出てきてもすぐに否定されると思う。


 思うけど、どうにもきな臭くなってきた感じがする。


 第二王子が私に近づいてきたのが純粋な好意ならまだいいけれど、よくある“ゲーム補正”だとしたのなら……。下手をすれば婚約をした直後に破棄されるなぁんて展開も十分予想できるのだ。直前まで相思相愛だったのに人が変わったようにあっさりポイ捨てされるなんてストーリーはありがちだし。


「…………」


 王家から第二王子との婚約を打診されたら、いくら公爵家(うち)でも断り切れないだろう。そこに私の意志が介入する余地はない。親バカなお父様もさすがに公爵としての判断を下すはずだし。


 せっかく破滅フラグは回避して、この世界が乙女ゲームだってことも忘れかけていたのにね。


 はぁ、どうしてこうなった……。


 この世界を作った神さま、ちょっと恨んでもいいですか?














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