「舎房の窓から見る空は」

やきざかな

第1話

この作品は友人との合作であり、三話構成となっています。


早朝5時。

眠い目をこすりながら身体を起こすと、窓を開けてまだ薄暗い空を官舎かんしゃの中から見上げる。


今日は日勤にっきんか、と非番明けの脳を顔を洗って覚醒かくせいさせる、昨日の夜に準備していた朝食を食べ、歯を磨く。


刑務官けいむかん、それは刑務所に収監しゅうかんされている者の健全な社会復帰を支援し、更生こうせいさせる国家公務員である。預かる事柄ことがらがその者の人生に関わるものということもあって、その双肩そうけんにかかる責任は重い。


そんな新人じみた思いを抱きつつ、慣れた手つきで制服に着替え、弁当を入れたかばんを持ち、制帽せいぼうを被り、革靴を履いて、自分の部屋を後にした。


官舎を出てすぐに見えるのは、高くそびえる塀。『連中』が決して逃げ出すことがないようにこしらえられた俺の職場だ。

正門までの桜並木の道をゆったりと歩きつつ、自分の気持ちを仕事モードに切り替えていく。

正門に近づくにつれ、立派な庁舎ちょうしゃが見えてくる。庁舎の前には国旗が掲げられ、ここが国の施設であることを示している。

正門を抜け庁舎に入ると、厳重げんじゅうな警備と分厚い鉄の門をくぐり事務所へと入っていく。


白塗りの城壁じょうへきのような高い壁を辿たどった先にあったのは、刑務所とは思えないほど綺麗きれい真新まあたらしい煉瓦造れんがづくりの建物だった。

しかし、厳重げんじゅうな金属製の鉄格子てつごうしの門と建物の背後に見える高く聳える壁が、ここが本当に刑務所であることを物語っていた。


所内でつい数日前に配属となった新人とすれ違い、軽い挨拶あいさつを交わす。

刑務官は、初等科研修しょとうかけんしゅうと呼ばれる三ヶ月間の集合研修を終えて初めて一人前と見做みなされる、半人前特有の緊張感や肩の張り具合を見て配属はいぞく当初の自分を思い出す。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


4月の頭、まだ着慣れないスーツを身に着けて、所のインターホンを指先で押し込む。用件を聞かれ、今日が配属初日であることを伝えると、すぐに所内に案内された。緊張感や期待感をごちゃまぜにしたような、そんな震えをおさえ込むような急ぎ足で石畳を踏みしめた。


緊張する手で受け取った「刑務官手帳」の重みは、俺の考えていたよりもズッシリと重い。俺の仕事への期待と不安を強く物語っていた。

次に「服務ふくむ宣誓せんせい」、刑務官のみならず公務員ならば誰もが経験するだろう、国民へのちかいだ。大声で復唱するこの宣誓に、俺は改めて自分が一般市民ではなくなったのだと自覚させた。


初めて入るへいの中は、俺の思っていたよりもはるかに無機質だった。

コンクリート打ちっ放しの外壁。配管と、配線の張りめぐらされた廊下ろうか。白く塗装とそうされた鉄格子が窓という窓、扉という扉を囲った建物。


当時一番印象的だったのは収容者との距離感だった、同じ国で生まれて、同じ言語を話す彼らと、自分たちとの本質的な違いはおそらくないだろう。

しかしおりという壁を1枚挟むだけで、別の世界に隔離かくりされる。そのことが、どうしようもなく非日常的であり、それでも自分の立場を考えると受け入れるしかなかった。


こちらを見てくる被収容者たちを見渡しながら、ふと思う。

俺が働いている刑務所の収容者は、大まかに分けて「ヤクザ者」「薬物中毒」「身寄りの無い老人」が多い傾向にある。

彼らの大半が、短期間に複数回の犯罪をり返してしまった「累犯るいはん」と呼ばれる者たちだ。


ある者は薬物のもたらす快楽を忘れられずに何度も覚醒剤かくせいざいなどに手を出し、ある者は暴力団とのつながりから傷害事件を起こし、またある者は身寄りがなく働き口もない故に生活に困り刑務所に入るために盗みを繰り返す。


そんな彼らを、いかに更生させていくか。

そんな彼らから、いかに被害を受ける人々を減らしていくのか。

そんな彼らに、いかに仕事を与え安定した生活を送らせるのか。


日々、それが俺たちに期待される仕事だ。

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