思いのあとさき (BL) ーその後

婭麟

第1話

ずっと夢見て来た……

あれから……。

17才の冬二人で過ごしたアパートの、黄昏時のあの窓から見た景色の夢……。



「パパ今度いつ帰って来るの?」


可愛いくりくりした目を、輝かせて水鈴は聞いた。


「そうだなぁ。暖かくなったら帰って来るよ」


藤木克樹はファミレスの珈琲を飲みながら、左手で煙草の煙を払う格好を作って答えた。


「それまで帰って来ないの?」


「そうだなぁ。その代わり帰って来たら、好きな所に連れて行ってやるよ」


「ほんとう?」


水鈴はパッと明るい表情をつくって笑った。


「今回は何処?」


「ああ……お前ん所の新神戸高層マンション」


「まったく、兄達の強欲さもどうかと思うわ。次から次と……」


「お兄さんはなかなか目先が利く。特に潤司さんは時代の流れを、読み取るのが神業だ。あの人は変わり者だけど、皆が一目置くだけの事はある」


克樹がそう言うと、香里はホッと溜め息を吐いて時計を見た。


「宗方さんが待ってるだろう?」


「ああ……大丈夫。もう少しだけ一緒に居たい」


「馬鹿言うなよ」


香里とは、嫌いで別れた訳ではない。

高校時代にちょっとした事で荒れて、親に暴力を振るう様になった。

それだけでは飽き足らず、悪い仲間と連む様になって薬物に手を出した。

その頃、有名人が次々と検挙され、芋づる式に捕まっていたのだが、その内の一人から、克樹が連んでいたヤツの名が上がり、克樹の事も割れてしまった。

克樹は兄弟の様に育った、従兄弟の水樹に付き添われ警察に出頭した。

その後、水樹の義父となっていた高城が弁護士だったので、いろいろと更生の為に世話になり、その高城の力で私立の名門校に入学ができた。

その学校で、知り合ったのが香里だ。

香里はかなりの財閥の令嬢で、その香里が一年生からやり直す事となった克樹に、好意を寄せた。

名門私立校が、訳あり克樹を受け入れる筈は無いのに、高城の力で入学したが、最初の頃は父兄からもいろいろと問題視されたようだが、奥田潤司が凄い変わり者で、脛に傷を持つ克樹に興味を抱いて近寄ってきて、当然の様に、平林興雅が懐こく親しくなった。

後で知った事だが、この二人はこの私立学校では、一目も二目も置かれる程の大財閥の跡取りだった。

その大財閥と懇意にしていたのが、大企業を顧客とする弁護士事務所の、後継者の高城であったから、克樹に対する風当たりが一瞬にして無くなった。

それだけではなく、妹の香里が同級生となった克樹に好意を寄せても、恩田は意に介さず克樹を気に入っていた。

その為克樹は、身分不相応にも関わらず、大財閥の一人娘の香里と、高校生の頃から付き合う事を許され、身の程知らずにも、大学生のくせに水鈴ができて学生結婚をした。

結婚して有頂天になったのか張り切ったのか、建築士の資格を取るのに夢中になった。

卒業してからは仕事に夢中になって、香里と家庭を顧みなかった為に、香里が浮気をして三年で離婚した。


「寂しくて魔が差した」


と香里は言い、ならば一度は目を瞑る事も、やぶさかではなかったが、相手の宗方が本気になってしまい、その為に両親に知れる事となって、それはゴタゴタと揉めに揉め、結局克樹が身を引く形で離婚し事を収めた。

その為か、長兄が跡を継いだ香里の実家の仕事が、克樹の所に回って来る事となり、日本中を飛び歩く事となってしまった。

ところが此処数ヶ月何を血迷ったのか、香里が復縁を望んでいるという。

その事は本人からも聞いていたが、克樹は全くその気がない事も香里には伝えてある。


「また会えばいいだろう?」


克樹は立ち上がりかけて、再び腰を下ろした。


「宗方はあなたと違って、何処にも行かない」


香里が克樹の腰を引いて、腰掛けさせたのだ。


「宗方さんは水鈴を、我が子の様に可愛がってくれてる。水鈴の為にも、父親は一人の方がいい」


「だったら、実父の方が尚更いいでしょ?」


「馬鹿はよせ!」


克樹はまた、一本煙草を取り出して火を付けた。


「本数増えたわね?」


「当たり前だろう?お前がくだらない事を言うからだ」


「宗方とは、水鈴があなたと何不自由無く会えるのを、条件に結婚したんだもの、気兼ねなんか要らない」


「そんなんじゃない。ただ……」


「ただ?」


「宗方さんに悪いだろう?水鈴を我が子の様に可愛がって育ててくれて、お前は大事にされてる。一体他に何を望むんだ?」


「あの人は本当にいい人だけど、あなたみたいに純真じゃない」


「男だったら多少の大望は、持っても仕方ないだろう?」


「だったらあなたは?」


「俺には無かったがな。それこそ純真な学生の頃だ……。もう少しお前と水鈴を顧みれたら、こんな事にはなってない」


「宗方はそつなく仕事をこなしてるわ。だけど、あなたみたいにがむしゃらじゃない」


克樹は唖然として、香里を見つめた。


「お前はおれががむしゃら過ぎて、宗方さんに走ったんだろ?」


「年を取れば、変わるものなのよ」


「馬鹿馬鹿しい。悪いが俺はその気無いから」


今度は立ち上がって、支払いに行く。


香里親子は克樹と一緒でなければ、ファミレスなど訪れる事は無い。

だが、仕事上早く沢山食べられるファミレスを、克樹は好んで利用している。


「水鈴また会おうな」


駐車場で水鈴の髪を撫でる。

黒くしなやかで、触ると子供の頃の水樹の髪質を思い出す。

つぶらで黒目がちな目元は、水樹似だ。

従兄弟の子なのに、何故か似ているところがあって不思議だ。

可愛げがあるところも、似ていると思う。


「パパ」


水鈴はずっと手を振っていた。

後ろの窓から見えなくなるまで、手を振っているから、克樹も車が見えなくなるまで手を振り返した。

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