第7話 最後の告白
それは、封印をされるまさに直前のことだった。
「変なことを言うよ。君はダイヤモンドみたいだなって、ずっと前から思ってたんだ。ほら、特別な存在だろ。清らかで透明なところなんて、君そっくりじゃないか」
「この期に及んでなにを言うの? 私を褒めて、見逃してもらおうという算段かしら?」
冷ややかな目でにらみつける少女に対して、ルークは相変わらず軽やかな口調で言う。
「違うって。本当だよ。俺は君に純粋な好意を持ってるんだ」
口元をゆるめて、昔を思い出すように彼女から視線を外す。
「一目惚れだったよ。まさに奴隷商人に捕まりそうなところだったよね、君が」
「恥ずかしい話」
彼女も視線をそらす。
言葉には冷気がこもっていて、相手を受け入れる気は毛頭なかった。誰にもなびかない彼女だからこそ、青年は安心して全てを打ち明けたのかもしれない。
「私は真っ黒に染まった。あなたは昔の私に恋をしているのね」
「バレちまったか。事実だ。君のことはお気に入りだった」
恥ずかしがりもせず、あくまで明るくルークは告げる。
「でも、この気持ちはもう言わない。胸に秘めたまま、ずっと想い続ける。約束するよ。だから、君ともお別れだ」
勇者は一生に一度の告白をして、魔王に抱いた感情ごと彼女を封印した。
それは今も変わっていない。現在も草原の上で最期を迎えようとしているにも関わらず、二度目の告白は受け入れないとばかりに、青年は唇を一文字に結ぶ。
私は、尋ねたかった。彼の告白に対する返事をしてもよいか。今、青年に抱いている気持ちを打ち明けてもよいかと。
結果はノーだ。その機会はとうの昔に失われていた。
彼は恋心を封印している。彼が私からの好意を求めていないのなら、答えを返す意味はない。
「そうね、私も聞かなかったことにするわ」
一度茜色に染まる空を見上げてから、また下を向く。
「ごめん」
耳をかすめていったのは、勇者にしては人間らしいやや低めに抑えた声だった。
風によって髪がなびく。彼の髪も左右に揺れていた。だけどじきに風は止んで、このあたりはやけに凪いで、静まり返る。
もう人の気配は感じない。この世界には、私たち二人しかいないのではないかと錯覚させるほどだった。
「迷って、ばかりだった」
「ええ。森の中だったり、町の中だったり、精神的だったり」
「そのたびに助けられた。俺、お前を頼ってばかりだった」
本当に、彼は私の存在が助けになると思ってくれていたのかしら。その気持ちが本心であることを祈りながら、彼の言葉に耳をかたむける。
「今は、いいの?」
「分からない。でも、答えは出た、かもしれない」
「かもしれないじゃダメよ」
「なら、断言しようか」
答えのかわりに手のひらには一本の剣が出現する。
それは、先ほど捨てた聖剣とは違う。純白に光り輝く剣。柄も刀身と同じ白で、装飾はシンプルだ。まさに斬ることだけを考えて打たれた武器ともいえる。
「私がいなくても平気? と聞くのは少し、驕りがすぎるかしら」
「そうでもねぇよ。俺にとってお前は、それだけ大きな存在だった」
青年はゆっくりと歩み寄る。
私も彼の選択を受け入れる気でいた。
「いいのか、本当に? これで全てが終わるとしても、なにも得ることのできないまま、全てを失くしたまま消えるとしても」
「いいわ。もう、いいの。失うものなんて、なに一つない。本当にほしかったものは、大切だと思ったものは、もう手に入ってしまったのだから」
真に大切なものを救えるのなら、私はどんな運命だって受け入れられる。
「俺は情けない人間だった。だから、こんなにも時間がかかっちまったんだ」
日が沈んでいく。
時が急激に加速する。いままでとは考えられないほどの速度で寄るが迫りつつあった。
「でも、ちゃんと決められた。それはいいことよ」
「バカいえ。お前が誘導したんだろうが」
彼はそっと笑んだ。
「ヒーローってのは悪がいないと成り立たねぇらしい。その悪が本当は善で、救えないって分かっていても、討たなけりゃならねぇ。でも、俺が本当になりたかったのは、そういうのを拾い上げられる存在だったのかも、しれねぇな」
青年は独り言のようにこぼす。
「でも、今だけは……勇者だ。だからこそ、責務を全うする」
なら、よかった。
仮に悪にしかなれなかったとしても、彼によって討たれるのなら、それもいい。
彼の刃が私の胸を貫く。痛みはなかった。
「不思議……」
「当たり前だろ。斬るための道具じゃねぇんだから」
「なら、彼らは苦しまずに死んだのね」
「そうだよ。正確にいうと、消えたというべきか」
なら、私もじきにそうなる。
死神と呼ばれた一族が残した血の跡はきれいに漂白される。影も形も残らず浄化されて、世界は元の状態に戻る。そこからまた新たな歴史が作り出されるのでしょう。
この景色も見納めか。
視界の隅で、青々と茂った葉っぱが落ちていく。その様子はまるで、樹木が涙を流しているようでもあった。
次の瞬間、世界が崩壊する。
地上を照らしていた夕日も、空を覆い尽くしたいた夕焼けも、透明な光によって洗い流される。後方では大きく切り立った崖が音を立てて崩れていった。
世界から色が消えていく。淡く、ほのかに色づいただけの空間で、私たちはまだ、この地面に立っていた。
「言い残したことはあるか?」
「いいえ、なにも」
首を振る。
だって、あなたに伝えるべき言葉は、もうないもの。最も伝えたい気持ちは彼によって封印された。
だけど、なにかを残したくて。
せめて、想いだけでも感じ取ってもらいたくて。
足元から溶けていく。粒子に包まれながら、穏やかに、痛みすら感じずその存在は薄れていく。
私は彼の頬にキスをした。
彼は少しだけあっけにとられたように硬直していたけれど、その内気を取り直して、なにか口に出そうとした。そのときには私の存在は遠く消え去っていた。
霧のように、うたかたのように。
世界の崩壊と同時に、誰かが笑ったような気がした。それを私は確かに感じ取っていた。
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