第11話 もう一人の自分へ

 卯の花色の壁に囲まれた空間に飛ばされたのはいいのだけど、状況がつかめない。

 部屋の中央にいるのは女王で、彼女は青りんごを丸かじりにしている。

 来客は完全に無視されているわよね。


「貴様も面倒な奴よな。なぜわざわざ追い出したというのに、戻ってくるのか」


 助かったわ。

 相手から話しかけてくるのなら、それに越したことはないもの。

 ホッと一息つく。


「ええ。次こそは殺されると分かっていたわ」

「それほど野蛮に見えるか、私が?」


 野蛮やばんいなかはさておき、女王は男性的よね。

 側には複数の剣や槍といった武器をたてかけてあるし、今にも襲いかかってきそうな雰囲気だわ。


「否定はせぬ。城に押さえつけられるのは窮屈でな。ときどき、悪事を働く輩を見かけては、てきとうに斬っていたのだ」


 女王はニヤリと笑む。小さめの唇からのぞく歯は、白く輝いている。

 真偽はともかく、通常の私では考えられない行動ね。

 やっぱり、私たちは別人だわ。

 ため息をつきながら心の中で断言して、いよいよ本題に入る。


「そちらの正体は知っているわ」

「ほう、あの小僧が好き勝手に話しよったか」

「彼としては裏切ったつもりはないみたいだし、怒らないであげて」

「ふん。怒るだと? この世界ではなにをしても自由だ。許そうではないか、細かいことは」


 器が大きいのね。さすがは一つの世界を統べる女王というだけはあるわ。

 格の違いを思い知らされて、内心では気圧されているものの、こちらも退く気はない。


 私は知っているの。どれほど国が繁栄しようと、それが永遠に続くことはないと。


 一瞬だけ、下を向く。

 深く息を吸ってから、顔を上げる。

 漆黒しっこくの瞳で、女王を見澄ます。


「実は、限界なんでしょう?」


 彼女の眉がピクっと動く。


「宝石の力によって神の力を得たのはよかったものの、その力はあまりにも強すぎた。人間の器では、使いこなせなかったのよ」


 おおかたは図星を突いているでしょう。

 ほら、女王の顔から笑みが消えたわ。


 少しばかり優越感に浸ったのもつかの間、一気に空気が冷える。


 するどい視線がこちらをとらえる。

 目をそらすことすら許されない緊張感の中、次に女王の口から飛び出したのは哄笑こうしょうだった。


「面白い発言だ。いままで誰も指摘してこなかったものだ。いや、あやつは内心ではそのように思っていただろうがな」


 実に愉快だというように笑い飛ばされた。

 いや、普通は怒るでしょう。思わずポカンとして、固まった。


 それはそうと、女王は話を終えたあとに遠くを見るような目をしていたわね。まるで、誰かを思い出しているかのような雰囲気だった。


 私がうわの空になっていたとき、前方からハッキリとした声が飛んでくる。


「確かに私は神にはなれぬ」


 ターコイズブルーの瞳が挑発的な光を放つ。


「だからなんだという。私は全てを手に入れる」


 そう、きっぱり言い切ってしまうのね。


 正直、『神にはなれない』には語弊ごへいがある。

 本物の神ではないのは事実だけど、能力のレベルは同じだもの。


 例えば、創造。空っぽだった空間を広げて大地や海を作ったということは、想像がつく。

 私では到底、敵わない。

 それでも後ろへ下がる気はなかった。


「女王は私の願いから生まれたもの。そして、その目的は私の目的でもある」

「なにが言いたいのだ?」


 女王はいぶかしむような目で私を見た。


「女王のオリジナルは私よ。もっというと、元の願いは私から発生したものなの」


 目と眉の間を近づけた真面目くさった顔で、自分の主張を繰り出す。


「私はもう一人の自分にいろいろなものを押しつけすぎた。だから、終わりにするの」

「心中でもする気か?」

「和解がしたいだけよ」


 真っすぐに、迷いのない目で訴えかける。

 真っ黒でしかなかった瞳も、今なら黒瑪瑙オニキスのように見えるだろうか。

 確固たる意思が胸の中心を貫いて、自分の考えを固定する。

 足は床に張りついたように動かない。


「和解だと? 元より私たちの関係はなにもなかった。オリジナルがいようが知ったことではない。私はミシェル・リベルタ。それだけだ」


 女王の態度が変わらなくて、逆に安心するわ。


「ええ、そうね。女王は私とは別人だわ」


 私は一人の人間として、彼女と接する。

 いがみ合うのはやめましょう。

 もう、遅いかもしれないけれど。なにもかもが手遅れなのかもしれないけれど。

 それでも、間に合うことだってあるでしょう。

 今ここで向き合わなければ、私はずっと変わらないままだと思うから。


「だけど、恨みを持っていたのは事実でしょう。女王が努力を重ねた一方で、私はなにもせずにいた。そんな人間を、女王は許すかしら」


 怯みはしない。その段階はとうの昔に過ぎていた。

 今からでは遅いだなんて、言わないで。

 こちらからも素直な気持ちを打ち明ける。

 だから、あちらのほうからも、ありのままの気持ちをぶつけてほしかった。


「貴様など、眼中になかった」

「いいえ。違うわ。女王は私を外の世界へ追い出したじゃない」


 記憶の片隅に残る、確かなもの。

 失われた記憶、その光景が頭の裏で再生される。まるできのうのように鮮明に。

 そうだ。私は女王と分離したあと、彼女によってゴミ捨て場という名の小さな世界に落とされた。そのままなにも知らずにダラダラと過ごしてきたのが自分。


「ああ。貴様のような存在はこちら側には必要のない存在だったのでな」

「よくあんな平和な世界をチョイスしたものだわ。弱者なんて存在自体を抹消すると思っていたのに」

「それをする価値が貴様にあると思うのか?」


 冷ややかに、だが口元には笑みを浮かべて、彼女は言う。


「忌々しい娘だ、本当に」


 その口元から、笑みが消える。

 女らしさのない、ドスの利いた声だった。


「私はこれより新たな世界を創造する。このような場所よりも、もっと素晴らしいところだ」

「そんな。無理よ。だって、もう……」

「死ぬと? このさい、どうだっていいことだ。全てを失ってでも、成し遂げたいことが、私にはあるのだ」

「それは、高みを目指すことでしょう?」


 こちらも真剣な顔をして、指摘する。


「ミシェル・リベルテは女王になった。世界を作った。ありとあらゆるものを手に入れたじゃない。それなのに、もっと上を目指すつもりなの?」


 彼女の反応は変わらない。


 ターコイズブルーの瞳は意思が強く、気性が荒そうだ。

 眉は大きく釣り上がって、目の角を尖らせている。


 怒り出す気配はなかった。

 だからこそ、私は問う。


「全てを賭ける価値が、その願いにはあるの?」

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