僕らの居場所(1)
それから一週間が経った。お盆ということもあって世間はお休みである。まあ、僕ら学生はそもそも夏休みだけど。
僕とスズミさんは相変わらずの毎日。コミュ障で何を話そうか四苦八苦する僕にスズミさんは冷やかしながらも、話題を振ってくれていた。
だが、変わったところもあった。
スズミさんが部活に復帰したのだ。というのも、星まつりのときに浜田さんや式川さんと仲直りしたのだという。バレー部内部での事件で海堂が停部となったらしく、それがきっかけでまるで憑き物が取れたように謝罪してきたらしい。
転校するまでの短い間だけど、よりを戻せたことを嬉しそうに話していた。
そしてもう一つ。あの夜からチカさんが姿を見せなかった。周りで彼女を見かけたという人もおらず、卯花神社はひっそりしていた。
僕はチカさんの過去を知ってしまった。彼女は途方もなく長い人生で、自分を比丘尼(びくに)に見立てていた。伝承によれば比丘尼はあの洞窟で亡くなったというが、まさか……。
しかし、状況が変わったのが今朝方のことだった。
僕は歯を磨きながらスマホを眺めていた。
――卯花山にスズミちゃんと来てください。見せたいものがあります。
突如チカさんから連絡が来たから、すぐに返事をした。
卯花(うのはな)清弥(せいや)[チカさん!? 今まで何してたんですか??]
しかし、一向に[既読]マークがつかない。いつもならすぐに返してくれるのに……。
「セイヤくん、おはよ」
洗面所にスズミさんが入ってきた。
「あ、おはよう」
「何見てるの?」
スズミさんが僕のスマホに顔をのぞかせる。
「チカさんからSENNが来たんだけど……。スズミさんも来てない?」
「来たよ? セイヤくんと卯花山に来てくれって」
「え?」
チカさんはそれぞれにメッセージを送っていたようだ。スズミさんも了解の返事をしたが、[既読]はつかなかったという。
だけど、なんで僕らに同じメールを送ったんだろう。
それにチカさんと別れる時に浮かべていた意味深な表情ーー
確かめてみるしかない。
「とりあえず行ってみようよ」
「うん」
スズミさんは首を縦に振ったが、僕は見てしまった。
彼女のどこか悲しげで、複雑な思いを抱えた表情を。
***
朝九時。僕とスズミさんはさっそく卯花山(うのはなやま)に向かった。夏の日差しもお盆を過ぎると多少は穏やかになってくる。
セミの声が響く登山道を上っている最中、
「あの、セイヤくん」
「ん?」
振り向くとスズミさんがなぜかもじもじしていた。
「どうしたの?」
「そ、その、チカさん……大丈夫かな」
「え?」
「もう大分会ってないから……」
「……そうだね」
スズミさんは冠島での事件直後、チカさんと会っていなかった。
卯花山でのやり取りはスズミさんに話していて、事情を知ったときスズミさんも深く同情していた。
僕も不安だった。
譲れない思いがあったとはいえ、彼女の切実な願いを断ったのだ……元気にしてるといいけど。
だけどスズミさんが想っていたのはチカさんだけではなかった。その兆候はすでに何回もあったはずなのに……。
でも今の僕がそれを理解することはできなかった。
***
卯花山中腹。
比丘尼(びくに)が入滅したとされる洞窟前。僕とスズミさんは足を止めていた。
「セイヤくん、この花……」
スズミさんが指さした先、洞窟の両隣に設置された花瓶に白い椿(つばき)が供えられていた。
そして同時に僕とスズミさんのスマホが音を立てて振動した。スマホの画面を確認すると、SENNにメッセージが来ていた。
チカ[よく来たわね。白椿が意味すること、あなたたちならわかるはずです。しばらく、“大事なもの” を探す旅に出ます。いつ八百に戻ってくるかはわかりません。この椿が枯れた時、あたしが死んだと思ってください。またいつか会える日を願って。さようなら]
僕もスズミさんも、メッセージに釘付けになっていた。チカさんが……姿を消したのだ。
「チカさん……、自分が比丘尼(びくに)だって思ってたんだね……」
スズミさんから漏れたひと言。同時に僕の脳裏にチカさんと別れる直前の彼女の表情が蘇った。
どこか悲しそうな表情。
僕があの時流した涙は、このことを予期していたのだろうか。根拠のない僕の勘に過ぎないけど――
どうしてチカさんは消えたのか。疑問も湧いてくるけど、それより僕の頭にチカさんとの夏がまるで映画のように再生された。
卯花神社での出会い、スズミさん一緒に友人になったこと、冠島での救出劇、そしてここで明かされたチカさんの過去。
彼女と僕らの夏は一生忘れないであろう大冒険の連続だった。
そして、居場所を失っていた僕らに新しく居場所を作ってくれたチカさん。僕はあなたを一生忘れない。
もう一度僕は卯花山の洞窟を眺めた。すると、どこかで大人の女の人の気配を感じた。振り返るが、誰もいなかった。
その代わり、僕の目に夏の日差しに輝く卯花湾を眺める女の子が映った。彼女の黒髪は優しい風に軽くなびいていた。
「セイヤくん……」
「ん?」
「チカさん……本当にいい人だったよね」
「うん……」
「私、命の恩人なのに変なこと考えてた。もう一度チカさんに謝りたい」
声が涙交じりになる。
「もう終わったことだし、チカさんも気にしてないよ」
「そうかな……」
「大丈夫だって」
スズミさんは最近チカさんの行動を不審がって警戒していた。確かに、彼女の目的を考えると僕も不気味だと思ってしまう。でも、チカさん自身も僕らにしてしまったことを悔いていた。
「なら、いいんだけど……」
そういうと、スズミさんは目を閉じた。彼女もチカさんとの夏に思いを馳せているのだろうか。
そして、
「私たちも思いっきり生きようよ。チカさんに負けないように」
いきなりスズミさんから出た言葉に、僕はきょとんとした。
「どういうこと?」
「チカさん、私たちよりずっと強かった。力も、心も、そして悲しみも。まだ中学生の私たちじゃ想像できないくらいにね」
「うん」
「だけど、これから私たち何十年生きるかわからないけど……全力で生きようよ」
「……?」
意味が分からなくなった。全力で生きるって言われてもピンと来ない。確かに、チカさんは力強かったけど……。
「それ、チカさんが望んでることなの?」
「さあね。でも、チカさんがビクニさまなら、望んでるんじゃない?」
「ビクニさま?」
「比丘尼とビクニさまは同じなんでしょ?」
スズミさんの一言に僕ははっとする。チカさんは比丘尼だった。ビクニさまは卯花神社から僕らを見守っているとされていた。
ついでに、スズミさんの一言にツッコミも浮かんだ。
「そう……だね。椿は枯れてないけど」
「ちょっとー、そのツッコミないよねー」
「はははは」
僕とスズミさんは思わず笑ってしまった。
「とりあえずさ、今は夏休みを最後まで過ごし切ろうよ」
「そうだね。あと二週間かー」
「あっという間かもね。じゃあ、バレーあるから帰ろうよ」
「うん」
「セイヤくんはなんもしてないでしょ? 帰宅部くん?」
「……」
むっとしてしまった。
だが、すでにスズミさんは登山道を降りようとしていた。僕は急いで彼女を追いかけようとしたその瞬間、また誰かの視線を感じた。
振り返っても、誰もいない。
まあ、今はいいか。
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