10話 宿の夜①

 借りた宿に下ろした荷が、部屋の隅にへたり込む。


 街角の案内板でみかけた、冒険者用の宿の一室。何件か回って空き部屋探しを覚悟したが、1件目で丁度一部屋だけ空いてて助かった。

 長期滞在向けの部屋は、装飾も無く必要最低限の机やベッドがあるだけだが、それでも数日振りの平穏な拠点。

 ここ数日は気を張りっぱなしだったけど、やっと落ち着ける!


 …のはいいんだけど、ちょっとしたおまけが。

「なるほど、これが宿の中……。」

 ここまでついてきちゃった不意のお供。別に迷惑な訳ではないし、なんだかんだ。

「そろそろこれまでがどういう暮らしだったのか気になるな、逆に。

 繁華街じゃ迷わなかったのに、この辺りの道はからきしだったし。」

 今更追い払うのも気が引けるし、なによりしばらくぶりの話し相手でもあって、なんとなく突き放し辛い。

 ここまでの倒した魔物からの戦利品や買った物を広げての大整理。

 爪やツノといった戦利品は、纏めておいて明日にでも素材問屋に持っていこう。荷物がかさばらないようにと細々とした物だけ回収してたから、ちょっとした足し程度だろうけども。

 装備のメンテナンスは明日にするとして、買った砥石だとかはとりあえず机の上に。部分鎧のベルト予備とか、改めて見るとあまり要らない物も買ってしまってるなと、ちょっと後悔。


 そして「戦利品」を見つめる、無色透明な人影。

「これも、おかねになるもの、なのです?」

 逆にその状態に疑問を投げかけたかったが、一先ずこらえる。

「あぁ。こういう魔物の爪は硬さから機構のパーツに使われるし、ツノは魔力の伝導がいいから魔法道具に使われる、らしい。

 物によっては薬の材料に使われる事もあるらしいけど、今回のは無理かな。」

「くすりに、ですか。」

 そう言い机に手をかけ、覗くように眺めるラディ。

「あぁ。植物ほどじゃないが、こういう魔物素材を使う薬もあってな。それなら少量でもいい値になってくれる。

 ただ『何の魔物の素材か』が分からないこんな状態じゃ、無理だな。」

 とはいえはした金でも無いよりはマシ、と布でまとめて包む。


「それで、今のその中途半端な状態はどういう?」

 今度はこっちが訊く番。透明な水だし化けてるものとはいえ、見た目には華奢な裸体状態は、ちょっと目のやり所に困る。

 …そういえば服を脱いだ形跡がない。服も擬態の一部だったのか?

「だってここ、他にだれも見てないんでしょう? この方がらくなんです。」

「…見られると、やっぱりマズいのか?」

 少し考える間を置き、ラディが答える。

「おそらくは? あまりふかく考えたことはないです。」

「じゃあ普段の…って、寝床とかどうしてるんだ?」

「ねどこ…というのが正しいかわかりませんが、たてものの裏とかで。」

 流れのついでに、1つ確認。

「…ひとりで?」

「はい。」

 それを聞き、ひと安堵。

「ひとりだと、なにかダメだったのです?」

「いや、どっか帰る場所があるのかだけが気になってさ。心配する人とか、居たらどうしようかって。」

「なら大丈夫なのです。ラディはフリーなのです。」

「それだけ分かれば、今は十分。

 ラディ自身でも分からない事も多いみたいだし。…とはいえ、ここまで何も分からないのは、予想外というか……。」

「…自分では知ろうともしなかったことです。わからないという事がわかって、よかったのです。」

 ちょっと残念ではあったが、いいきっかけだったのはなにより。


「ぼくも、少しきいていいですか?

 セイルさんは、たびびと…なんですよね?」

 話の区切りで、今度はラディの方から。

「ん、あぁ。そうなる、かな。」

「なんで旅をしようと、おもったのです?

 しらないとこに行くの、たいへんだと思うのですが。」

「知らないからこそ、だよ。世界の事を聞いて知ってはいても、実際に見て回って知りたいと思った。のが半分。」

「じゃあ、のこりの半分は?」

「もう半分は憧れ、だな。」

「あこがれ、ですか。」

 いまいちピンと来てない様子に、言葉を続ける。

「その辺ひっくるめて、ちょっと長い話になるけど、いいかな?」

「はい、おねがいします。」

 どこから話すかを定め、一息ついて気持ちを切り替える。

「じゃあ、俺が暮らしてた村の事からだ。」

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