水の魔女
第83話
「エアハルトに向かう時には通らなかったですけど、何か殺伐とした感じの所ですね。露天もあんまりないですし」
さすがは噂のバルトムンクと、従騎士服を着た女が一人で納得したようにうなずいた。
「マキアス隊長、私たちはどうしてこんな町に来たんですか?」
「俺はお前を連れて来たつもりはないぞ、カタリナ。勝手に付いて来たんだろうが」
「え、そうでしたっけ?」
「まったくお前は……、ステラを帝都に連れて帰れって言ったのによ……」
そうぼやいたのは神殿騎士のマキアスだ。彼は副官のカタリナと共に、今朝この城塞都市に到着した。その目的は、もちろん決まっている。
「大丈夫ですよ。妹さんなら兵の皆が張り切って護衛してくれます。隊長の妹さんは可愛いし、有名人ですから。あ、逆に皆が妹さんに言い寄るのを心配してるんですか?」
「そんな事は気にしてねぇよ」
「またまた、気にしてるくせに」
じろりとマキアスがにらみつけると、カタリナは素早く目を逸らす。マキアスは大げさにため息をついた。
「まあ、ステラが大人しく帰っただけ、まだマシなのか……?」
「そうそう」
「調子に乗るな。付いて来ちまったものは仕方ないが、俺の任務の邪魔をするなよ?」
「了解です!」
やれやれと首を振り、マキアスは町の様子を見渡した。
色々と諸方を巡ってきたマキアスだが、このバルトムンクを訪れたのは初めてだ。カタリナの感想通り、かなり殺伐とした雰囲気の町である。歩いている人々の表情もどこかピリピリとしていて、ベルダンあたりの穏やかな空気とは大違いだ。
まあ、ここは結界の外にある一番の大都市で、冒険者の聖地などとも呼ばれている。そんな町だから仕方ないのかもしれないが。
「どっかで着替えた方がいいかもしれないな……」
「え、どうしてですか?」
「この服だと目立つだろ?」
マキアスたちが着ている神殿騎士団の騎士服は、ただでさえ目立つ。しかも、ここは結界の外ということもあって、神聖教会の影響力が弱い土地だ。これ見よがしにこの服を着て歩いていても、反感を買うだけで捜し物には不利かもしれない。
二人は比較的まともそうな宿屋を探して、そこに馬を預け、騎士服も脱いだ。
「じゃあ、まずは冒険者組合からだ。この町には建物が四つもあるらしいから、ちょっと骨が折れるけどな」
「了解です! また、“女の子の冒険者”について聞いて廻ればいいんですね?」
「……そうだ」
溌剌と答えた副官に対して、マキアスはさすがに後ろめたい気持ちになった。さっきもカタリナが首を傾げていたが、マキアスは今、任務を口実にとんでもない寄り道をしている。
――あいつは、この町にいるのか?
それでも彼が行動を改めようとしないのは、ひとえにその思いからだ。
アルフェ、あの少女が“彼ら”の前から姿を消したのは、もう一年以上前の話になるだろうか。
あの少女の身に何があったのか、マキアスたちは真相を知らない。ただ、折り悪くマキアスたちが都市ベルダンを離れていた時、アルフェと彼女の“師匠”の身に、何かが起こった。あの二人の姿は消え、残されていたのは半壊した彼らの道場と、アルフェが遺した品々だけだ。
アルフェとあの師匠の消息は不明だが、アルフェが自らの意志でベルダンを出たことは、彼女が遺した置き手紙で分かった。置き手紙と言っても、それは二言三言だけが書かれた走り書きのメモだ。曰く、リアナとリオンを頼むと、冒険者ギルドのタルボットや大家のローラに向けて、アルフェがあの町で稼いだ金の全部が添えられて。
――何が、何が“頼みます”だ! ふざけるなよ!
あの手紙を手にした時の憤りが、マキアスの中に生々しく蘇る。
――……リオンも、リアナも泣いていた。俺は約束した。あいつらと約束したんだ!
あの家に、彼女を連れて帰る。それは幼い姉弟との約束であり、騎士としての誓いであり、マキアス自身の願いでもあった。
「本当に冒険者だらけだな……。これ、全部か」
情報収集を開始したマキアスとカタリナは、はじめに冒険者組合の建物の一つに来た。その都市にどんな冒険者がいるのか。それを知りたいと思ったら、ここに来るのが一番だ。
「お、お酒と汗の匂いが……、うぷ」
「無理すんな、お前は表で待ってろ」
「い、いえ、大丈夫です」
そもそも、マキアスがこの町にあたりを付けてきたのは、アルフェという少女が冒険者を生業としていたからである。ベルダンを去り、次にエアハルトを去って、その後に彼女がどこに向かったのか、確固とした手がかりは一つもなかった。しかし、彼女は冒険者なのだ。ならば、全土で最も多くの冒険者が集まるというこの都市を、一度は調査する必要があった。
「女の子の冒険者を探してるんだが」
エアハルトで彼女の消息を耳にする前にも、マキアスは新しく訪れた町で、必ずこの質問を投げかけた。
「女の冒険者なら、それなりにいる。勝手に探せ」
「“女の子”なんだ。16か17歳くらいで、銀髪で、細身の。アルフェっていうんだ」
「知らんね」
組合職員の反応は、にべもない。町によって冒険者組合の対応は異なるが、この町は特に、よそ者に対して厳しい態度をとるようだった。
「教えてくれ」
マキアスはカウンターに銀貨を並べた。こういう時は、この方法が最も手早い。カタリナが見ていたら、資金がもう無いと言って彼を制止しただろう。しかし副官は、離れた場所で飲んだくれている冒険者相手に聞き込みをしている。
「……その歳の女冒険者の話は聞いてない。ここ以外の三つも同じだろう。出入りする冒険者の情報は共有しているから、間違い無い」
効果はてきめんで、職員の口は途端に滑らかになった。
「ちッ……、そうか……。じゃあ、もう少し離れた歳なら? 変装してるかもしれないし、名前も変えてるかも」
「ここにいる女冒険者は、例えば――」
無表情な男が並べた名前は、どれもアルフェのことではなさそうだった。第一、あんな変わった、妙な娘がいれば、一発で町中の噂になりそうなものだ。
――ここも外れか……?
受付の男に対する聞き込みを終えたマキアスは、浮かない顔をしながら、副官と合流するために冒険者の人混みをかき分けた。
「だからさ、カタリナちゃん。俺たちはこの町で有名になるために――」
「へえええ、そうなんですね!」
「ロディ、飲み過ぎだぞ……?」
「うるさいタイラー! こんな可愛い子が居る時くらい、はしゃいだっていいじゃねぇか!」
「お前はいつもはしゃいでるじゃないか」
「へっへっへ、可愛いってそんなぁ」
その副官は、わずかの間に随分と打ち解けた様子で、二人の若い冒険者とテーブルを囲んでいる。さっきまで酒の匂いに辟易した表情をしていたくせに、大した順応力だ。
「何してんだよ、お前……」
「え? いや、聞き込みです!」
「そういう台詞は、もっと小声で言ってくれ……」
「何だよ、カタリナちゃんは俺に何を聞きたいんだ? どんどん聞き込んでくれていいぜ! まず、俺の趣味はな――」
「そんなもんが知りたいわけないだろ」
「黙ってろタイラー!」
「喧嘩しないで下さいロディさん、タイラーさん! 仲良くしましょう!」
マキアスは親指で眉間を押さえた。
「あー、カタリナ?」
「何ですか隊長!」
「終わったら出てこい。俺は先に戻ってるから」
「あ、隊長! 待って下さい隊長!」
「カタリナちゃん、もっと飲もうぜ!」
若い冒険者に絡まれているカタリナを置いて、マキアスは通りに出た。そして一つ息をつく。組合の中は、やはり空気がよどんでいた。外に出ると、新鮮な空気が心地よい。
「ふー。……まったくあいつは」
カタリナはあの性格である。静かに行うべき、秘密の捜し物には向いていない。しかしマキアスにとって、初めての部下であるあの副官が、帝都に戻れという命令を無視して自分に付いて来たことは、面倒だと思ったが、少し嬉しくもあった。そんな感想は、おくびにも出せないが。
「ひぃ、ひぃ、待って下さい!」
三十分ほど待っていると、髪を乱したカタリナが組合から這い出てきた。
「楽しかったか?」
「まあ、そこそこ……。じゃなくって、聞き込み終わりました! 隊長!」
「そうか」
マキアスは歩き出した。手で髪を整えながら、カタリナがそれに付いてくる。
まだ夕刻前だというのに、冒険者組合ではあの数の人間が飲んだくれている。果たして彼らは本当に仕事をしているのだろうか。そんなことを考えながら、マキアスは次の聞き込み先への道をたどった。
「で? どうだった」
「え? だから、まあまあ楽しかったです」
「じゃなくってな、聞き込みの成果だよ」
「あ~、それはあんまり。隊長が言うくらいの歳の女の子で、冒険者をやってる子は見たことがないそうです」
「そうか。……そうだよな」
やはり空振りか。この町に居ないなら、次はどこに行くべきだろうか。マキアスがそこまで考えた所で、カタリナが思いついたように言った。
「あ、でも……」
「なんだ?」
「“女の子を連れた冒険者”ならいるそうですよ」
「何?」
マキアスは足を止めて振り向いた。その胸にぶつかりそうになり、慌ててカタリナも立ち止まる。
「さっきの酔っ払いから聞いたのか。そいつはどんな奴だ」
「女の子の方ですか? 冒険者の方ですか?」
「両方だ」
「えっとですねぇ」
カタリナによると、このバルトムンクには数ヶ月前から『銀狼』とあだ名される冒険者が滞在しているという。銀狼本人はその名の通り痩せた狼のような凄腕の剣士だが、その男はある変わった特徴を持っているというのだ。
「その冒険者はよく、若い女の子を連れてるんですって」
「それは……、ただの女たらしってことじゃなくてか?」
稼いだ金で、取っ替え引っ替え若い女を侍らせている冒険者も多い。
「いえ、そうじゃないみたいそうです。いつも決まった子らしいと」
「ふぅん。で? その女の子はどんな子なんだ」
「凄く可愛い子だそうです」
「なるほど、それから?」
「それだけです」
「え?」
「それだけです」
カタリナが抜けているのか、それとも情報源になったあの酔った冒険者たちが馬鹿なのか、その『銀狼』なる冒険者が連れている女の子について、得られた情報はそれだけだった。ちなみに銀狼本人は、今は何かの仕事で町を開けているという。
「あの人たち、その女の子は冒険者じゃないって言ってましたよ。凄く華奢で可憐な子だって」
「華奢……? 可憐……? ……人は見かけによらないさ」
至極漠然とした内容である。しかしマキアスには、カタリナの持ってきたこの情報が、かなり有力なものに聞こえた。
華奢で可憐な少女。アルフェを見た目だけで形容するなら、そういう単語が出てくるだろう。それに、『銀狼』という二つ名もひっかかるものがある。
「その子の髪の色なんかは分からないのか」
「え、それは聞いてないです。戻って聞いてきた方がいいですか?」
「……いや、今はいい。どうせ後からでも聞けるだろうしな。今日はそれより先に、次の場所に向かおう」
「次の場所ってどこですか?」
「この橋の向こうだ」
カタリナはマキアスがあごで指した方向を見た。
二人が立っているのは石橋のたもとだ。その向こう側に、大きな中州があるのが見える。
「川の真ん中にも町があるんですね……。あそこにも冒険者組合があるんですか?」
「いや、それとは違う。だが、俺の探している奴は、そういう場所が好きそうだからな」
「……? 冒険者組合じゃないなら、何が」
首を傾げながらついてくるカタリナに、マキアスは言った。
「あそこには、地下闘技場があるらしい」
「なるほど。…………はぁ?」
隊長が探している女の子って、一体どんな子なんですか。カタリナがそう聞くのは、無理もなかった。
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