特派捜

いのっち(特派捜製作委員会staff)

第1話 これが福岡係だ!

1-①

〜これが福岡係だ!〜


四月のある土曜日。

福岡県福岡市博多駅近くの牛丼屋で土日出勤のサラリーマン男性が朝食を摂る中、牛丼の大盛りを食す1人の女がいた。最後の一口を口に運ぼうとした時、彼女のスマホが鳴った。

「はい、大黒です」

「大黒巡査部長かい?」

「はい、そうですが。あの・・・あなたは?」

「あぁ、失礼。福岡県警察本部捜査一課殺人犯2係の大賀だ。君の異動先だよ」

「おはようございます。あ、もしかして事件ですか?」

「あぁ。今どこにいる?」

そう。この女、大黒睦(26)はこの春所轄の刑事課から県警本部捜査一課殺人犯二係に栄転した女刑事だ。

いきなりの事件だった。すぐに会計を済ませ、現場へ。博多駅近くにあるフィットネス施設だった。近いので徒歩で向かうことにした。


5分ほど歩くと、建物の入り口付近に野次馬が見えた。その奥には"KEEP OUT"と書かれた黄色い規制線があった。

入り口の地域課員に警察手帳を見せながら

「捜査一課、大黒です」というと、

「お疲れ様です。現場は2階のプールです」

と教えてくれた。


カバンから手袋と腕章を出し、装着した。足につけるカバーを地域課員からもらい、装着。更衣室を通過し、プールへ。そこには、すでに鑑識課員や捜査員、第一発見者であろう女性などでいっぱいだった。大黒は、被害者の様子を見ることにした。

遺体にはすでにカバーが掛けられていた。手を合わせてから、カバーをめくる。被害者はかなり若かった。15、6歳くらいだろう。可哀想にと思っていると、後ろから声がした。

「あ、大黒巡査部長ですよね。同じ大賀班の日野巡査部長です。」

「あ、初めまして。大黒巡査部長です。よろしくお願いします。あの、大賀主任はどちらですか」

「主任は係長と一緒にお偉いさんに呼ばれたみたいで、遅れるみたいだよ。にしても、可哀想だよな、若いしカワイイのに・・・」

「コロシ・・・。ですよね」

「着衣も乱れているし、下半身が裸。それに現着した警察官が遺体のそばに体液を発見している。今鑑識に回しているけど、男の物。状況からして、今のところは強姦殺人が濃厚かな。悔しいけど」

「所持品は?」と聞くと、彼はプールの方を指差した。

「カバンから携帯、下着、身分証、財布までぜーんぶあそこ。身元は、もうすぐ学生手帳からわかると思う」

すると日野を呼ぶ声がして、男女二人がやってきた。彼らも腕章をしていた。が、機動捜査隊のものだった。機動捜査隊とは、重要事件の初動捜査の効率化及び犯行予測による邀撃(ようげき)捜査によって、犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目標としている。そして、機動捜査隊は、初動捜査を終えると、捜査一課に引き継ぎ、巡回に戻る。


「河野!お前今、機捜にいるんだ。あ、こいつ俺の同期の河野啓太巡査長とその相方の中村葵巡査部長。で、この娘、新しくウチに配属になった大黒巡査部長。んで、発見者の証言は?」

「あ、大黒さん。捜一に異動したんだ。おめでとう。で、第一発見者は、ここの女性清掃員。朝一番の掃除をしていたら遺体を発見、110番通報した。気が動転してあまり覚えていないみたい。ただ、通報するのが精いっぱいだったみたいだよ。ほいっ、これ書類」

「う~ん。分かった、ありがとう。あとは、こっちでやるよ。お疲れさま!」

「お疲れ様です。んじゃ、あとよろしく!」

といって、河野らは巡回に戻っていった。河野とは所轄刑事時代によく会っていた。


 さて、まずは、遺体に不審点がないか調べるため、日野と共に遺体に戻る。

ん?遺体のそばに被害者と同い年くらいの女の子が2人いる。

1人は、髪の長い可愛らしい女の子で、もう1人は、中学生くらいの女の子だ。


被害者の友人だろうか。話を聞いてみる。

「あのー、福岡県警捜査一課の大黒と申します。被害者の同級生の方ですか?」

と、話しかけてみる。少し、言い方が悪かったかもしれない。

「・・・・」

え、そんな。無視か。

もう一度、彼女らを見てみる。

よく見ると制服は被害者と違う。そして、表情は・・・・。真剣な表情になっている。


もしや、警察オタクの少女か?と、疑っていると、後ろの方から声が。

「大黒ちゃん!その子は良いんだよ」

え?声の方を振り向くと、1人の捜査員がこちらに向かってきた。

「お、主任!どういうことですか?」

「ん、あ、日野か。お疲れさん」

軽っ!けど、直属の上司になるのか。

「あ、大黒だね。改めまして、福岡県警察本部捜査一課殺人犯二係主任の警部補の大賀だ!」

「明日付けで大賀班に異動を命ぜられた大黒睦巡査部長です。で、なんで、こんな子たちがここにいていいんですか?」

と聞くと、彼はその子たちのところへ駆け寄った。

「あ、警察庁特殊派遣捜査管理局捜査課福岡係第一の筒井警部補と二階堂巡査ですよね。この事件を担当する大賀班主任の大賀です。木村県警本部長から話は聞きました。捜査協力よろしくお願いします」

え?どういうことだ?"特派捜"ってなんだ?警部補と巡査?なぜ、こんな娘たちが刑事なの?疑問だらけだった…。


この日の昼頃、博多警察署に捜査本部が立つことになった。博多署の刑事課の面々はもちろん、県警本部捜査一課殺人犯二係に配属になった大黒も、だ。通路側から順番に大賀、日野、大黒と並んで座っている。

「事件の認知は本日午前六時三十分。現場は博多駅近くのフィットネス施設。被害者に関する情報は?」

「被害者は根本悠夏、十六歳。住所は福岡市南区向野。所持していた学生手帳から判明しました」

博多署刑事課の男がそういうと、前方の席にいる管理官の室島が「殺害状況と死亡推定時刻は?」と聞いた。

「はい。死亡推定時刻は午前0時半から午前1時半。死因は溺死ですが、遺体に絞殺痕があり、首を絞められた後にプールに沈められたものと思われます」

その後、一番前に座っている男性監察医が立ち上がった。

「その被害者の体内から、被疑者の男の体液と思われるものが検出されました。おそらく被害者は、被疑者と性行為を行った後に殺害されたものと思われます。休憩室から毛髪と指紋、プールサイドからは被疑者の指紋が検出されています」

「被害者の足取りは?」

「現場に午後十一時の閉館時間ギリギリに現れ、従業員しか入れない部屋に向かっていました。そして男と落ち合った後、プールのほうへ向かっていきました。その後殺害されたと考えられます」

「被疑者に関する情報は?」

聞かれて立ち上がったのは、日野だった。

「被疑者の名前は山田興毅、三十三歳。住所は西区姪浜。6年前に傷害のマエあり。職業はインストラクター。現在も逃走中で、緊急配備をかけています」

隣に座っている大賀も報告を始める。

「身長は百七十センチメートル、中肉中背の男と思われます」

「目撃者は?」

前方に座っている本部の女性捜査員が立ち上がった。

「当時現場は閉館時間のため、目撃者はいませんでした」

「防犯カメラに被害者と思しき女性と、被疑者と思しき男が映っていました。男が来たときには館内は暗くなっていたので、今鑑識に頼んで画像解析をしてもらっています」

「ほかに遺留品は?」

「被害者のものと思われる通学カバン、財布、スマートフォンがプールの中より発見されました。スマートフォンは現在、鑑識に復元してもらっています」

報告が終わると、室島が「ほかに何か情報は?」と聞いたが、報告を行う者はいなかった。

「では捜査の割り振りを始める。本庁の捜査員は、所轄と組んで聞き込みを行ってくれ。そのほかの所轄は敷鑑、地取り、証拠品の捜索にあたること。以上」

捜査員が三々五々出て行き、特派捜の面々だけとなった。

「さて、俺たちはいったん本部に戻って、事件をおさらいするぞ」

彼らはそれぞれ車に乗り込み、吉塚にある県警本部へと戻っていった。


特派捜の部屋へ向かう途中、大黒は、中学校の同級生である平永彩花にあった。

「あ、・・・・・・彩花?何でここにいるの?」

「むつ・・・・・・み?むつじゃん!」

どうしてここにいるのと聞かれると、彩花は答えることができない。というのも、彼女が勤務しているこの部署、正式名称を特殊派遣捜査管理局育成課という。この部署は、警察庁が極秘で設置した部署で、ここに所属している警察官は、警察庁所属の警察官となる。


同局捜査課の捜査員は警察庁から各都道府県警察に派遣される。しかし、彼らは警察官というものの、実際は中学生や高校生である。彼らが特派捜の警察官となるには、警察庁の担当職員が児童館などを回り、職員が転んで公務執行妨害で補導と見せかけスカウトする。ここでの承諾率は、ほとんど百パーセントに近い確率である。その後、北海道、宮城、新潟、東京、愛知、大阪、福岡にある警察庁の専用訓練施設での一年半の研修を経て、晴れて特派捜巡査拝命となる。彼らの学校の関係もあるので、基本的には出身県での勤務となる場合が多く、異動はほとんどない。ちなみに、特派捜福岡係は、県警捜査一課大賀班の部屋に隣接している。


「あ、わかった!なんか言えない危ない部署にいるんだ!でも、友達がまさか警察官になるなんて思わなかったなぁ……」

「そうよね。あっ!ごめん、時間ないから私行かなきゃ!ごめん、またゆっくり」

彩花はそう言い、大黒の前から去っていった。

捜査一課殺人犯捜査二係の部屋に着くと、彼らはすでに到着していた。

「新人が遅刻か?まぁいいや、今から簡易捜査会議を始める」

そういって大賀は捜査会議を始めた。

「まず、現場は博多駅近くのフィットネス施設。ガイシャは南区向野の根本悠夏、十六歳。福岡市内の私立高校に通う高校1年生だ。死亡推定時刻は今日午前0時半から午前1時半までの間。死因は首を絞められた後にプールに落とされたことによる溺死。プール内に捨てられた遺留品は通学カバン、スマホ、学生手帳、財布。なおスマホに関しては鑑識が復元中。被疑者は西区姪浜在住の山田興毅、三十三歳」

「大賀さん、ガイシャと被疑者の接点は?」

大黒が振り返ると、筒井千春が質問していた。千春は高校二年生で、普通に高校生活を送っている。

「ちはるん、男と女なんだから、何があるかわかんないよ」

「すみません」

係長と呼ばれたのは、このセクションのまとめ役である神代沙奈。彼女も高校二年生で、千春とは同級生であり、警察研修時代の同期でもある。そのとき、部屋の電話が鳴った。

「はい大賀。……うん、わかった」

電話を切ると、大賀は部屋を出て行った。その後一番に口を開いたのは、千春だった。

「ガイシャが南区住まいとはなぁ。係長、南署に応援頼んどきますか?」

「南署というより、少年課に連絡しときますかね。」

「でも、少年課に事件のヒントあげるの惜しい気がするのですが・・・・・・」

 そこに、小柄な茶髪の男の子が現れた。

 「ヒントやっちゃうと、彼らに手柄横取りされそうで、僕たちのこともバラされちゃうんじゃない?」

 彼の名前は、長谷川拓人。階級は巡査部長で、いつもネガティブ思考。早食に加え少食で、明所恐怖症という、かなり濃い人物。ちなみに、中学三年である。

 「事件解決のためだから、仕方ないでしょ。早く電話してね」

 沙奈は大黒のほうを見て、ここ関係者以外立ち入り禁止なのですけど、と冷たくあしらった。

 「あ、わたし、今日から殺人2係の配属になりました、大黒睦、巡査部長です。よろしくお願いします」

 女子高生相手に元気よく自己紹介を終えると、沙奈も大黒のほうに向き、「私は福岡係の係長の神代沙奈。ここのことはあまり言いふらさないほうがいいよ」とご丁寧に忠告をいただいた。しかし、大黒は相変わらずきょろきょろしている。

 「ここって電気ないの?」

 「あるけど、日光で十分じゃないですか。あ、主任、お帰りなさい」

 そこに、先ほど鑑識に呼ばれていた大賀が戻ってきた。

 「さっき連絡があった。会社の携帯の復元が終わった。彼女はどうやら、出会い系サイトを使っていたことがアクセスログから分かった」

 一同が配られた写真を見ていると、「お疲れ」と入ってきた女性がいた。

 「あ、むつ!あんたここ配属なったの?ならそう言ってくれたらよかったのに。で、ほかの連中は?」

 トレーニングでいませんと千春が言うと、「なんだ。差し入れ持ってきたのに。また今度でいいか」と言って、それを机に置いた。

 大黒はそれを見たが、再び写真に視線を戻し、大賀の報告を聞いていた。

 「ガイシャと山田の接点は、どうやら、この出会い系サイトを使って連絡を取り合っていることが分かった。じゃ、俺たちは山田の身辺調査するぞ。一応山田の情報はお前らのほうには送っているから、それをもとに聞き込みを進めてくれ」

 それぞれこの部屋を出ていき、残ったのは、大賀と大黒だけになった。

 「おい、どうした新人。お前も行って来い。とも思ったけど、ま、いいや。日野についていけ。その前に、お前に話がある」

 大賀は、この課の概要をまとめた紙の束を渡した。

 「あそこの課は、サッチョウ(警察庁)の管轄で、極秘に設置されている。あそこの課のことはあまり口外するなよ。したらクビが飛ぶからな」

 大黒は、クビ、という言葉に敏感に反応した。公務員って、クビはなかったんじゃないの……?そんなささやかな疑問を突き飛ばすように、大賀はさらに続ける。

「ここにいる子供たちは、ほとんどが親を亡くしているから、あまりそのことには触れないように。彼らは、大人の刑事と同様の捜査権を持つ。あと何人かいるが、今日はトレーニングか、寮で寝てる。まぁ、気にせず頑張ってくれ」

 そこに、コーヒーが入った紙のカップを持った日野が帰ってきた。

 「日野、大黒と一緒に山田の身辺を聞き込みしてこい」

 ハーイ、と間延びした返事をして、「じゃ、行きましょっか」と先に行ってしまった。大黒はそのあとを慌てて追いかけていた。


 山田の職場、自宅近くのコンビニ、スーパー、山田が行きそうなあらゆるところを聞き込みしていった結果、彼は、ここ数日無断欠勤していたことが分かった。さらに、職場で彼女ができたことをほのめかしていことも判明した。そしてその日の夜、大賀は日野を引き連れて、中洲の屋台へと向かった。

 「お前、今日ペア組んだ大黒、どうだった?」

 日野はラーメンをすすりながら答える。

 「若いのに結構芯あると思います。うちの課のいい刺激になるのではないでしょうか」

 そうかといい、大賀はグラスのビールを飲みほした。

 「大将、バラ十本」

 あいよ、の声を聞くと、携帯を取り出した。

 「前に比べりゃ、今の若いのはどうなんだろうなぁ。あ、いけねぇ、お前のことを言っているわけじゃないからな。誤解しないでくれ」

 大賀は目の前の豚バラを、半分日野に分けた。そして考えた。なぜ女子高生なんだ?なぜ閉館時間ギリギリに呼び出した?殺されるとも知らずに女子高生はなぜ男と体を重ねた?彼にはそんなことがうず潮のように、頭の中に渦巻いていた。


 翌日、大黒は実家のリビングで、ニュースを見ていた。

 『昨日朝、福岡市博多区のフィットネス施設で、女子高生が溺死体となっているのが発見されました。警察は、殺人事件として捜査を進めています』

 そこに、携帯のメールが着信を告げる。相手は、高校時代の元カレである、四宮慎二だった。

 『元気してるか?連絡取れなくてごめんな。なんかメールしたくなった。暇なとき返信ください 慎二』

 久しぶりのメールに心が躍りそうになったが、一度落ち着かせた。慎二とは、高校二年の時に、彼女から告白した。彼とは同級生ではあったが、教室がある棟が違うので、毎日といっていいほどメールをした。一度だけのデートも、昨日のことのように思えてくる。

 「睦、朝御飯出来たわよ」

 彼女はその声につられ、ダイニングへと向かった。

 

 午後、千春と中宮冬華、そして荷物持ちの木下直樹は、博多駅にある商業施設、博多シティで買い物をしていた。

 「こっちとこっち、どっちがいいかな?」

 わたし右、と冬華が言うと、俺左かなぁ、と直樹が言った。

 「どうしよっかなぁ……。決められないなぁ」

 「あのぉ、早く決めてもらっていいですか!腕痛いんですけど!」

 そんな直樹をよそに、冬華も服を決められずにいた。

 「直樹さん、わたしどっちが似合っていますか?」

 「え?じゃぁ、右!」

 適当に言わないでくださいよぉ、と言うが、肝心の直樹には聞こえていないようだった。

 買い物をしていると、あっという間に午後八時を過ぎていた。遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 「千春さん、サイレン聴こえない?」

 「え?……全然聞こえない。冬華、聞こえる?」

 冬華は聞こえますよ、と言っている。しばらくして、博多口の前を、一台のパトカーが過ぎていった。パトカーが向かった方向に行くと、コンビニに、パジャマ姿の女の子がいた。地域課員が知り合いだったため、警察手帳を見せ、三人は店内へ入った。最初に来ていた機動捜査隊の中村と河野に、千春は事情を聴いた。

 「何かあったんですか?」

 直樹が地域課員に聞いていると、女の子は何もしゃべらないという。十分後、育成課の高村が現場に到着した。

 「お。お疲れ。で、何があったんだ?」

 「ちはるんさんがさっき、粘ったおかげで、名前が判明しました。結衣ちゃんと言って、小学校一年ですって」

 へぇ、と言って「とりあえず家に連絡しろ。誰か保護者に来てもらえ」と指示した。地域課員が結衣の自宅に連絡を入れ、保護者の到着を待った。数分後、現れたのは、保護者とみなすにはまだ幼すぎるくらいの少女だった。

 「姉の山田真奈です」

話を聞くと、彼女は中学三年だという。

 「とりあえず、パトカーへどうぞ」

 「私、結衣ちゃんがトイレ行きたいと言っているのでそこに付き添ってきます」

 千春が結衣のところに行くと、直樹は話を聞き始めた。

 「結衣ちゃん、どうして家出したんですか?」

 「……」

 真奈は黙秘した。そのころ、千春は結衣のトイレに付き添っていると、腹部、肩、ひざにあざを、腕にはやけどの跡を見つけた。

 「ねぇ結衣ちゃん、このやけどはどうしたの?」

 結衣は何も話さなかった。千春はこれを怪しく思い、直樹にメールを送った。

 『結衣ちゃんの腹部、膝、肩にあざ、腕に火傷あと。虐待の恐れあり 千春』

 メールを受け取った直樹は、高村に画面を見せた。それを見た彼らは、一度外に出た。

 「誰からだ、そんな情報」

 「ちはるんです。結衣ちゃんのトイレに付き添っているから、そろそろ……あ、戻ってきた。ちはるんさん!」

 千春が結衣を連れて戻ると、直樹は事情を話した。

 「わかったわ。私が話を聞いておく。あなたたちも聞いておいて」

 そう言って彼らは車内へ入った。結衣のことは冬華に任せ、事情を真奈に聞いた。しかし、まだ黙秘を続けている。

 「直樹、高村さん、一度外に出てもらっていいですか」

 そう言われ、直樹と高村は車外へ出た。中には、千春と真奈の二人きりである。

 「先ほど、結衣ちゃんのトイレに同行しました。肩やひざ、おなかにあざがあったのですが、何か事情はご存じないですか?」

 「……」

 千春は、引き続き質問を続ける。

 「では、もう一つ質問します。彼女の腕に火傷の跡があったのですが、どうしてですか?」

 真奈は、おもむろに口を開いた。

 「……やんちゃで、いつもけがをしてくるんです。火傷は、私がお湯をこぼしてしまって……」

 千春は目線を下げた。その先、真奈の腕にも、結衣にあった傷と同様のものがあった。

 「真奈さん、本当のことをおっしゃってください。何かあったんですよね。……よかったら話してくれない?私たちでお役に立てることがあれば何でもするから」

 その言葉に、真奈は顔を上げた。

 「……実は、父の家庭内暴力が激しく、母も私も妹もボロボロで。妹は難音性の吃音が悪化していく一方で、それに苛立って、だんだん激しくなっていきました。今日も、ついさっきも振るわれました。たぶん、結衣は暴力が怖くて家から逃げたのだと思います」

 中村と河野は、高村と2台のパトカーに分かれ、真奈らの自宅へと向かった。



 鍵は開いており、河野、真奈、千春は中へ入っていった。そこに横たわっていたのは、真奈と結衣の母親、山田夏海だった。

 「千春、救急車要請!」

 高村の声に慌てて携帯を取り出し、一一九番を押した。そのショックで、真奈は倒れた。

 しばらくして、鑑識の相沢がやってきて、「家宅捜索令状とれたので、始めますね」と言い、鑑識課員とともに鑑識を始めた。

 「おい、直樹。これ、山田の名刺じゃないか?」

 名刺には、山田興毅と書かれてあった。

 「名刺押収してくれ」

 そして高村は、本部に山田を重要参考人として手配するように要請した。

 河野は、姉妹を母親が搬送された病院へと送り届けた。真奈、結衣、河野は病院で一晩を過ごした。


 翌朝、冬華が登校中、怪しい男を見つけた。遠くから尾行し、機動捜査隊に連絡を入れた。

しばらく行ったところで人気がなくなり、冬華は男を呼び止めた。

 「すみません、警察です。山田興毅さんですか?」

 冬華は職務質問を始めた。山田は、女子高生殺害、そして真奈、結衣への暴力を認め、殺人、傷害容疑で緊急逮捕された。


 捜査一課取調室では、山田への取り調べが始まっていた。

 「どうして根本さんを殺したんですか?」

 山田は、根本悠夏を殺したいきさつを語り始めた。

 「ネットで知り合い、何日間か話しているうちに会いたくなった。そして、実際に会ってみると予想以上にかわいくて、殺して、その子の体で遊んでやろうと思って、殺しました」

 大賀は、家庭内暴力のことを聞くと、「アルコール中毒で、まさかそんなことをしているなんて……。子供たちに申し訳ないです……」と深く反省の色を見せていた。そこに冬華が立ち上がり、山田の前に立った。

 「あんたは、自分の子供を傷つけた。肉親から受ける暴力は肉体的にも、精神的にも永遠に残るんだよ!……子供たちのためにも、あんたは罪を償って、あの子たちを幸せにしてやんな……」

 取調室の外で見ていた千春たちは、「アル中で子供に暴力か……。日本はいつからこんな国になったんでしょうね」と言っていた。

 「まさかふゆゆが取り調べするなんてね」

 そこに、大黒が入ってきた。山田が逮捕されたのを、彩花から連絡を受け、急いできたという。

 「ま、無事、事件解決したからいいじゃんか。これから忙しくなるんだからな」

 高村はそう言って、取調室を出て行った。


 それからしばらく空いた日の夕方、大賀は大黒を呼び出した。

 「山田が精神鑑定に回されることになった」

 そして、大賀はおもむろに口を開いた。

「大黒、君にお願いがあってきてもらった」

 「何でしょうか」

 西日が差し込む部屋には、この二人以外誰もいない。

 「君へのお願いというのは、あそこの課員のいい手本になってほしい。彼らは警官としては満足なのだが、人生については君が先輩だろ?だから、いい人生の手本になってほしい」

 大賀の意外な申し出に、大黒は少し戸惑った。

 「人生の先輩ですが、大賀さんには負けます。それでもいいのであれば、引き受けます」

 大賀は、「君に任せるよ」と言って、部屋を出て行った。部屋には大黒が一人残っていた。

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