フリーターの読書日記。
雅
第1話
読書日記、と銘打ったからには読んだ何かについて書かなければならないのでしょう。
でも、その前にまずは「私」について少し話したいと思います。
タイトル通り、「私」はしがないフリーターです。
アラサーと言われる年齢にもなっています。
やりたいことがあって、でもそれも立ち消えになって、先が見えないままずるずるとフリーターをしています。
昔から本を読むことはとても好きだったのですが、ジャンルは偏っていました。
主にホラーとミステリ、それも日本のものばかりという狭さです。
そんな私が、今まで読んだことのないジャンルを読もう、そして、こうして読んで生まれた感情を形として残そうと思ったのには二人の人が関係しています。
一人は、今お付き合いしている彼氏です。
年は私よりも三つほど下になりますが、彼の教養と知識、頭の回転の速さは私と比べるべくもない方です。
正直に言えば、会話についていくのも一苦労です。
彼は「純文学」が好きです。
彼の見識の深さに触発されたのもありますが、彼に純文学を勧められたのは大きなきっかけだったように思います。
元々興味はあったものの、読む機会のなかった純文学。
難しそう、と倦厭していた純文学。
これはいい機会かと思い、読むことにしました。
そして起こした行動の先、私は二人目と出会います。
私の近所に、見た目からして古びた古本屋がありました。
本は店の外まで乱雑に積まれ、作者も名称順に並べられているわけでもない。
時々思い出したように、作者の名前が書かれた板が本の隙間に差し込まれています。
純文学ならそれこそ古本屋の方が沢山揃っているのではないかという思いが半分。
そのなんとも言えない敷居の高さに足がすくんで長らく入れずにいたのですが、純文学を求めるのであれば、店に入っても許されるのではないかという邪心が半分ありました。
初めて入ったお店の中は、少し非日常の香りがしました。
八畳ほどの広さですが、人一人分の通路が三本程しかなく、その通路にも本がいくつも積まれて小さな棚を形作っています。
棚を崩さないようそろりそろりと動き、私は目当ての棚をみつけました。
触れただけで本の帯すら破れるのではないかとハラハラしつつ、棚から太宰治、泉鏡花、梶井基次郎を抜き取りました。
他に何を読もうか悩んでいると、
「何かお探しなの?」
店の奥から小さなお婆さんが出てきました。
お婆さんは私の手元を見て
「あら、お若いのに偉い本を読まれるのねぇ」
感心そうに言いました。
「いえ、私も純文学と言われるものは読んだことがなくて。知り合いに勧められたので、こうして有名な本ばかり選んでるんですよ」
知り合い、と咄嗟に言ってしまったのは、目の前のお婆さんに「男の影響で文学を読む女」というレッテルを貼られるのが嫌だったのか。
単純に恋人がいることを知られることが気恥ずかしかったのか。
どちらにせよ私自身の無恥と小さなプライドが邪魔をした答えを言ったものだと思います。
お婆さんはそんなことは全く気にした様子もなく
「私もね、なんとなくタイトルとあらすじだけ知って、濁してきたのよ。」
と朗らかに笑っていました。
「あの、何かオススメってありますか?」
知らない方と雑談をするタチではないのですが、気がつけば口をついて話しかけていました。
「そうねぇ……、純文学なんか読むときは、周りの環境も合わせて知った上で読むと一層面白いわよ。太宰治を読まれるのでしたら、太宰の人柄がわかる本や、太宰の娘さんの太田治子さんの本なんか面白いわ。」
そうしていくつかの本を教えてくれました。
「私はね、所謂満ち足りた裕福な生活、というものを経験したことはないの。
戦後の貧しい時代を生きてきたから。
若い時分、部活なんかでも、お金のかかるものはダメ。
そうなると文化系のものしかなくて。
音楽は好きだったけど、コーラスとか、身一つで出来るものしかさせてもらえなかったわ。
でもね、そんな子も当時は沢山いたのよ。
そんな時代だったからこそ、本はとても大切なの。
本を読んで、こんな苦難をを乗り越えた人達がいるんだから、今がどんなに辛く感じてもなんとかなるわ、と思えたし。
お嬢さん、若い時は本を沢山読んだ方がいいわ。
変わってる、偏屈者って思われるくらい読んだ方が良いわ。
楽しい本も、恋愛本も、文学も。
何か心に残るものを沢山読みなさい。
お金が沢山あって心が貧しいよりも、お金がなくても心が豊かな方がよっぽど素晴らしいのよ。
私は6番目の子供で、適当にほっぽって育てられたような子だったわ。
今では息子も結婚して遠くに行って、連絡ひとつ寄越さないし、何してるのやらだけど、幸せに生きてきたと思えるわ。」
そう言って笑うお婆さんは、なんて素敵な人なんだろうと思いました。
内容だけで言えば、偽善的な事を言っているとは思います。
けれど、目の前のお婆さんが言うと、とても素直に頷くことが出来たのです。
大切なことは心に留め置きたい、そう感じたからこそこの日記を書こうと思いました。
文学などの知識もない私ではありますが、これからお付き合いいただければ幸いです。
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