第51話「魔王の怒り」

「な、何だこれは身体が……」


「身体が動かない、これほど強力な魔法とは……」


「王様、お逃げください」


 華やかな玉座の間に突如身体が思うように動かなくなり必死に立ち上がろうとする兵士、護衛達の絶叫がこだまする。それは王も例外ではなかった。


「あ、あああああああ。な、何が……何が起こった。だ、誰か助けてくれ」


 玉座の側で跪くようにしながら先ほどとは異なるか細い声で助けを求める。そんな王を魔王は睨みつける。


「まさかここまで不快な男だったとはな、貴様はもう喋るな」


 その言葉には怒りが込められていると共に有無を言わせぬ圧があった。彼はこれまでの王がアリスにかける言葉を彼女の復讐心を煽るには都合のいいことだと聞いていた。だが、それだけではない。それと同時に彼の心には王の話に対して得体の知れない憤りを覚えていた。

 それはまるで彼の彼女に復讐を果たさせるという既に傾いた天秤の反対側に王への怒りというおもりが乗っていくというような状態だったのだが、アリスが泣き崩れたその瞬間、遂にその天秤は釣り合うどころか王への苛立ちが勝ったのであった。


「貴様のような不快な存在は我が葬り去ってやろう」


 そう言うと魔王はわざと足音を立ててじっくりと王に迫る。


「ま、魔王だ! 」


 ようやく顔を上げた兵士の一人が彼の恐ろしい角や両翼を視界に捉えたようで叫ぶ。


「ま魔王! ? 」


 それを聞いたその場にいた全員が立ち上がろうとするよりもその声の真偽を確かめるべく懸命に首を動かし王の前に立つものの正体を確かめようとする。


「ほ、本物の魔王だ! 」


「王様、お逃げください! 」


 辺りに先ほどよりも悲痛な叫びが鳴り響く。彼がその声をBGMに王の元へとたどり着き頭に掌を翳したその時だった。


「ふふふふふふふ、うえはははあははははあはははははははは! 」


 王が顔を歪ませながら狂ったように笑い出す。その笑いはまるで悪魔の様に部屋に響き渡った。ひとしきり笑い終わった後に王が言う。


「やはりだ、やはりワシの考えは、判断は間違っていなかった! あの勇者は魔王と通じていたのだ! 勇者の娘と魔王が一緒にいること、それこそが動かぬ証拠だあああああああ! ! ! ! 何が何故父が殺されたのか教えて欲しいだ。純情ぶってもそれが貴様の本性。魔王の側にいるのが本当の姿なのだ勇者の娘よ! 」


「ち、違います……魔王さんは私を助けてくれて」


 アリスが懸命に言葉を絞り出す。


「それは助けるだろう。何故なら貴様の父、勇者は魔王の家臣なのだから! 貴様の親も、その血を継ぐ貴様もこの国の、人間の裏切り者だああああああああああ! ! 」


 例えこの場にいるものが全員殺されても、いや殺されるだろうからこそ、最後に魔王とアリスに一泡吹かせてやろうとばかりに彼女に罵声を浴びせた。


「やはりワシは間違っていなかったのだ」


 最後に自らの人生をまとめるように、王は誇らしげにそう言った。だが、王は突如眉を顰める。先ほどまで自らを覆うように差し出していた魔王の右掌が自分ではなく彼の顔の上半を覆うように被せてあったのだ。そのまま魔王は小さく小刻みに震えると


「フフフフフフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! ! 」


 先ほどの王に負けないような恐ろしい声で魔王は笑う。


「おかしなことを言う、我の部下は勇者ではなく貴様ではないか。いやはや貴様にしてはなかなか面白い冗談だったぞ」


「はあ? 」


 間の抜けた王の声がする。


「ど、どういうことですか王様」


「魔王とつながっていたのは勇者ではなく王様の方だったの? 」


「ち、違う! 」


 王が必死に否定する。だがそうはさせまいと魔王は口を開く。


「勇者を我ではなく貴様が国民の前で処刑をして魔王に挑む冒険者を減らす代わりに貴様は魔王に襲われることのない平穏なこの国を治める。我と貴様で決めたことではないか。お陰で我は勇者の娘をこのように新しく開発した魔法で傀儡とし平穏な日々を手に入れたのだ! だというのに貴様は! 」


 魔王が声を荒げる。


「何を血迷ったか我をこの娘と共に処刑させるだと? そこのたかが数人の優秀な魔法使いと兵士程度で我を葬ることが出来るとでも自惚れたか」


「お、王様……」


「嘘……だろ……」


 彼の言葉を聞いた周りの兵士達は動揺した。無論これは彼が先ほど王が罵声を浴びせているときに思いついた嘘なのだが、アリスを庇うためにしても魔王がこのような嘘をつく利点がないと判断したようだ。


「ま、待て……それは出鱈目でたらめだ! 」


「おっと、邪魔な者たちがいたな。大事な話を聞かれてしまった、生かしてはおけぬな」


 そういうと倒れている王以外の者の側に指をパチンと鳴らし『ゲート』を開いた。


「消えろ! 『ウィンド』! 」


 そう言って彼は風の魔法を衝撃波のように放ち次々と兵士を『ゲート』の先へと飛ばした。


「どういうつもりだ……」


 自らの人生に泥を塗られたせいか憎しみを込めた目で王は彼を睨みつける。


「こういうつもりだ」


 対してその顔を見て満足した様子で済ました様子で答えると再び『ゲート』を開きその先に右手を入れる。再び現れた右手には金色の短剣が握られていた。


────それは、アリスの短剣だった。


 彼はそれをアリスへと投げると剣は丁度彼女の足元で落ちた。


「さあ、親の仇を討つ時だ」


 彼は投げ渡された短剣と彼を交互にみているアリスにそう声をかけた。













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