第48話「赤い髪」

「ようこそ、冒険者ギルドへ! 」


 いつものように『ゲート』をギルド入り口の扉に合わせさも外から入ってきたように装いながら入ると受付嬢に迎えられる。


「オウマさん! ご無事でよかったです」


 受付嬢がギルドに入ってきたのが魔王を気が付くと彼をみて笑顔でそう言った。幸いギルド内は雑談する冒険者で混んでいたものの受付に人はいなかった。それを確認した魔王がツカツカと歩いて受付へと向かう。アリスもそれに続いた。


「あれは化け物だよな」


「熟練冒険者の称号でも勝てないんだろ」


「姿を見て生きて帰って来れただけで十分だよ」


 魔王の耳に入ってくる冒険者同士の会話はランの話題ばかりだ。今このギルドは突如出現した緊急クエストの話題でもちきりだったのだ!


「オウマさん、命があっただけでも良かったですよ。本当にご無事でよかった」


 受付につくと受付嬢が胸に手を置きながらそう言う。どうやら彼女は魔王もランを見て逃げ帰ったものの一人と考えているようだった。魔王はアリスと目を見合わせる。すると彼女がニコリと微笑んだのを合図に魔王は口を開いた。


「緊急クエストを達成した、これが戦利品だ。報酬を受け取りたい」


 そう言って魔王はランから受け取った五本の赤髪を机に置いた。


「え」


 受付嬢は目を丸くする。


「えええええええええええええええええええええええええええええ」


 彼女は絶叫と共に後ろに跳び上がった。ガタン、と椅子が倒れる。


「失礼しました。ほ、本当にオウマさんが? いえ決して疑っているわけではなくあのその突然のことですみません」


 受付嬢が椅子を戻すと再び腰かけまだ信じられないとばかりに頭を抱える。すっかり仰天している。これは時間がかかるな、と魔王が思ったその時だった。


「認めないぞ、何で戦利品がただの髪の毛なんだ! 」


 声が響く。魔王がそちらを振り向くと騒ぎを聞きつけたのだろう一人の杖を構えた冒険者が指を突き付けていた。


「髪ではダメなのか? 」


 魔王が尋ねる。


「そりゃそうだろ、赤い髪なんて遠くでみれば分かる。そこから適当に同じ髪色の人をみつけて引っこ抜いてきたんじゃないのか? 」


「そんなことはありません、わ……オウマさんはちゃんと倒しました。私が証人です」


 アリスが擁護するも男は引き下がらない。


「でも本当に倒したのならもっと持ってくるべきものがあるんじゃないか? あの長い爪とかさあ」


 男がそう言うと周囲が納得したようにヒソヒソ声が聞こえる。


「だよなあ、もっと持ってくるものあるよな。何で髪なんだ」


「あの人キマイラの人だ、あながち嘘ではないのかもしれん」


「爪か」


 その声を聞きながら魔王はポツリと呟く。ランの爪は武器だが生まれつきのものだ、金のために爪を切り落とせというのもな、そう考えた魔王は踵を返し出口へと向かう。アリスはそれを慌てて追いかけた。


「おい、逃げるのか? やっぱり嘘だったんじゃないか? 」


 男の声に振り返らずに魔王は答える。


「爪と言われてもその髪以外は全て我が消し飛ばしてしまったからな、これ以上の戦利品といわれると何も提出の仕様がない。邪魔をしたな」


 そう言ってギルドから外へ出ようとした時だった。


「待ってください」


 女性の声がギルド内に響き渡る。何事かと振り返ると声を発したのは受付嬢のようだ。


「オウマさん、本当にそのまま帰ってしまわれるのですか? 」


 彼女がいつもよりも、いやキマイラのときと同じように凛々しい声で問いかける。


「ああ」


 魔王は二つ返事で答えた。彼女は目を閉じる。


「そうですか、では緊急クエストクリアの報酬はオウマさんにお渡しします」


「「は? 」」


 ギルド内の冒険者の頭に「?」が浮かんだかのような間の抜けた声がする。受付嬢はそれを気にしないとばかりに、それでも今ギルドにいる全ての冒険者に聞こえるように大きな声で先ほど魔王が提出した髪の毛を手に口を開いた。


「こちらのオウマさんが提出された髪の毛ですが、こちら髪の先端部分から数センチほど、赤黒くなっていて血液が付着しています。こちらに何か心当たりは? 」


「それは、対象の女性が全身に血液を塗っていた時に、恐らく背後に塗ろうとしたときについたものだと思われます」


 魔王の代わりにアリスが当時のことを思い出したのか身震いしながら答えると受付嬢は頷いた。


「はい、そのようにここに訪れた冒険者の方から伺いました。ですよね皆さん」


 受付嬢が冒険者たちに尋ねるように周りを見回すと何人かは首を縦に振っていた。


「とはいえ、これは皆さまがおっしゃったように冒険者の方なら知っているということも考えられました。具体的に言いますと髪に血がついているであろうことを予測して同じ髪色の人から抜いた髪に血液を付着させて偽装することです」


 受付嬢はそこで一旦言葉を切った。誰も口を挟まないのを確認すると続ける。


「では仮に、オウマさんがそのような行為を行ってまで報酬を受け取りに来たとします。そうなると不思議なのは皆さんに指摘されても何故そのことを言い出さないのか、です。それどころかオウマさんは報酬はいらないとご帰宅までしようとされました。わざわざ偽装したのだとするとおかしいとは思いませんか? 」


 彼女が再び尋ねるように周囲を見渡すも誰も言葉を発しない。


「それに、仮にオウマさんが倒していないのだとしたら今も村の人は大騒ぎのはずです。ですが……」


 彼女がギルドの入り口に視線を向ける。


「やれやれ、ようやく入ることが出来ますかな」


 そう言って一人の四十代程の武器を所持していない村人らしい服装をした人物が入ってきた。


「失礼、私はシャーと申します。私は今回ドラゴンが現れた村に住んでいるのですが、この度は倒していただいたお礼をどうしても申し上げたくてこちらを訪れました」


 シャーは魔王とアリスの手を握る。


「この度は、あのドラゴンから我々の村を救って頂きありがとうございました。それに、他の冒険者の方々も、村のために駆け付けていただきありがとうございました」


 シャーの大きな声がギルド内に響いた。


「それでは、オウマさんこちらを」


 そう言うといつの間にか魔王の隣にいた受付嬢が彼に一枚のカードを手渡す。


「また、助けられてしまったな」


 魔王が受付嬢に囁く。すると彼女は首を横に振り


「いえいえ、私は正しい者の味方ですから。だから、オウマさんみたいに誤解されやすい方は放っておけないんです」


 と囁き返した。頼もしいな、と魔王は思った。


「ところで、このカードは一体」


 彼は手渡されたカードをみて裏表をみるも金色なだけでなにもないカードだった。


「これはですね。緊急クエストですので報酬は王様が直々にお渡しになることになっているのですよ」


「なんと! 」


「王様に会えるのですか! ? 」


 予想もしない、突然の王との面会の機会が与えられたことに魔王とアリスは驚きを隠せなかった。











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