第40話「緊急クエスト」
剣がずらりと陳列されている武器屋のカウンターで三人の冒険者らしき男が店長に迫っていた。
「親父、剣一つ! 」
「オレには二つ! 」
「二つ? じゃあ俺は三つ……はいらないよな」
「待て待て待てお前らどんな剣が良いんだ? 」
店長が両手を前後に動かし落ち着くような動作をしながら尋ねる。
「いやいや、そんな時間はねえんだ」
「一分でも惜しいんだよ俺達は! 」
「メインで使う訳じゃねえ万が一の保険だからとりあえず剣をくれ! 」
店長の言葉は逆効果だったようで男たちは落ち着かない様子で更に慌ただしく彼を急かす。
「わかったよ、じゃあそこの安物の剣で良ければ持ってきな。一本二千ノードだ」
「ありがとよ」
そうお礼を言うと皆銀貨を投げ捨てるように置き踵を返して店の外へと出て行ってしまった。
「何でえせっかちな奴らだなあ」
三人が出て行ったのを呆れたように見ながら店長が呟く。
「何かあったのでしょうか」
「ただ事ではなさそうですが」
三人の迫力に少し怯えていたアリスとメイが互いに顔を見合わせる。魔王は顎に手を当てて何かを考えているようだった。
「何かすまねえな、また来てくれよ」
店長が魔王たちを見ながら微笑みかける。
「ああ、また利用させてもらう」
そう答えると魔王たちは素早く外へと出た。
店の外へ魔王たちが出ると異変に気が付いた。いつもは歩いている人が多いのだがどういうことか多くのものが何かに追われるように走っていたのだ。
「ただ事ではなさそうですね」
アリスはいつもと違う街の様子を不安気に眺める。
「ボク、ちょっと聞いてきましょうか」
そう言ってメイは走る槍使いを呼び止めようとしたところで魔王が彼女の肩を叩き制止を促す。
「待て、確かにこの風変わりな状況で原因を把握することは必要だ、だが走っている者では先ほどの剣士たちのようになるのが関の山だろう。ここはこの状況の中でも落ち着いている者に話を聞いてみるとしよう」
そう言うと魔王は走る人たちにぶつからないように避けながらこの状況の中歩いている貴婦人を見つけ彼女目掛けて歩いて行った。
「ボクたちも行きましょう! 」
メイがアリスの手を引いて魔王の後を追う。彼女の判断は正しく彼女たちが先ほどまで立っていた武器屋は直後に訪れた冒険者たちにより行列ができていた。
「失礼だが、これはいったい何の騒ぎだ」
魔王が貴婦人に声をかける。
「まあ、それが人にモノを聞く態度ですの? 」
貴婦人が憤慨したように言うとさっさと歩いて行ってしまった。それを聞いて魔王は顔を歪め掌を彼女の後姿目掛けて翳す。
「待ってください」
それを人ごみをかき分けギリギリ間に合ったアリスが制止した。
「一体何が起こったのですかオウマさん」
遅れて現れたメイが尋ねると魔王は片手で顔を覆ったまま答えた。
「我にこのようにモノを尋ねるというのは向かなかったということだ」
そう言うとゆっくり歩いている老人を指差した「頼む」と彼は呟く。二人は頷きながら足早に杖をついて歩いている老人の元へ向かい声をかける。
「失礼します、この騒ぎは一体どうしたというのでしょうか」
アリスの問いに老人が二人を見つめて答える。
「何か緊急クエストが出たらしくてな、この近くの塔のある村みたいじゃがお嬢ちゃん達は危ないから家に入っているんじゃぞ」
「『緊急クエスト』……」
メイは息を呑む。
「ありがとうございました、おじいさんも気を付けて」
そう言うと老人は一度二人に手を挙げてゆっくりと歩いて行った。
「大変です、オウマさん。近くの塔のある村が襲われているみたいで緊急クエストが……」
アリスが急ぎ足で歩きながら魔王の元へ向かう。
「今すぐ行きましょう! 」
メイが焦りながら魔王の手を掴む。
「薬屋が近いうちに何かが起こるという予言を聞いたとのことだったがこのことだったか……その近くの村というのはアリーの故郷か? 」
彼女たちとは冷静に魔王は尋ねるとメイは首を横に振った。
「恐らく違うと思います。彼女の故郷に塔があるという話は聞いたことがありませんから」
「なるほど、ならば別に行く必要は無いな」
「「え」」
つまらなそうに言った魔王の返答に二人は目を丸くする。
「ど、どうしてですか魔王さん、『緊急クエスト』は滅多に出ないと聞きました。それが起こるということは今その村は大変な状況なのかもしれません、どうして助けにいかないのですか! 」
アリスが興奮したのか人前にもお構いなしに魔王と呼びながら訴える。しかし、魔王は冷静に彼女に尋ねる。
「どうして我が何の関係もない人間を助けなければいけない」
そう言うとアリスは
「でも、魔王さんはボク達を救ってくださいました。それは一体どうして」
代わりにメイが声を張り上げ訴えるように言う。
「それは、一時の気の迷いだ。我はここしばらく思えば甘い行動ばかりしていたからな、これはそういう面でも我がどういう存在かを知らしめる良い機会だ」
そう答えるとメイは黙ってしまった。
「それでは帰るぞ、この慌てようでは街を出るよりも街の奥へ向かった方が人はいないだろう」
そう言って走り行く人たちとは逆方向に歩こうとする魔王、メイは寂しげな表情を浮かべながらも彼について行こうとしたがアリスは動かなかった。代わりに拳を握りしめ彼女は口を開く。
「わかりました、魔王さんが行かないのでしたら、私一人でも行きます! 」
そう言うと踵を返し門の方へと走って行った。魔王はついていこうとするメイの肩を掴む。
「良いのですか! ? このままではアリスさんが! 」
「気にするな、あの娘は我が鍛えたから死ぬことはないだろう。好きにさせてやるが良い。しかし、奇妙なこともあるものだ」
魔王はそこまで言って言葉を切る。彼は別れ際に一瞬アリスの表情を見たのだが、その顔はこれまで数多くの絶望を味わったはずの彼女が一度も見せたことのないほど悲しみを込めた表情だったのだ。誰が死んだわけでもないのにそんな表情をするところを魔王は奇妙と感じていたのだった。
「どういうことですか」
首を傾げるメイだったがそれを彼女には伝えず魔王は顔を背けた。
「いや、何でもない。行くぞ」
そう言うと魔王はメイを連れて城の方向へと歩いて行った。
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