第39話「黒剣・絶無」

 花泥棒の一件で何とかリルを花屋で働かせてもらうことに成功した魔王は、一斉に移動すると目立つので彼女たちを一人ずつ『ゲート』で送っていきその後アリスとメイとセントブルク内を歩いていた。


「それで、魔王さんはお花屋さんに現れた泥棒を捕まえたわけですね」


 歩きながらアリスが満足そうに魔王の方を向いて何度も尋ねる。今日だけでもこの話をするのは五回目だった。そのたびに魔王は


「ああ、見逃しても良かったのだがこれはリルが花屋で働くチャンスだと思ったのでな」


 と弁解するも尚も彼女は満足そうに頷くだけだった。


「それにしてもかなり離れていたであろう走っている人に追いつくなんて魔王……オウマさんってやはりお強いのですね! ボクすっかり感激してしまいました」


 始めて魔王の活躍を知ったメイは感激したように目を輝かせて言う。


「オウマさんは他にも凄いのですよ」


 そう言ってこれまでの旅のことを話すアリスとそれを楽しそうに聞くメイを見て魔王は笑みを浮かべるのであった。見ての通りメイは年齢の近さからもアリスに一番懐いていた。しかし、メイがアリスが勇者の娘だと知った時のメイの反応を想像すると、いや今なおそれを明かさないアリスの胸中を考えると笑わずにはいられなかったのだろう。


「着いたぞ」


 目的地の看板に剣が描かれている以前訪れた武器屋に到着し足を止めた魔王は楽しそうに話をしていて気付かず通り過ぎようとしている二人に声をかけ呼び止める。三人の目的は武器屋で魔王とメイの剣を買うことだったのだ。


「「あ、うっかりしていました。すみません! 」」


 恥ずかしそうに振り返るアリスとメイを一瞥いちべつすると魔王は扉を開けた。


「いらっしゃい」


 相変わらず武装をした店員に迎えられる。


「おっとこの間の……」


「その節はどうも」


 アリスの短剣を見つめながら思い出したように言う店長に彼女は丁寧にお礼を述べた。


「本日はどういったようで? 」


「我と、この娘のための剣が欲しい」


 魔王はメイの頭に手を置いて答える。


「はいよ! 」


 と軽やかにメイに棚から一つの赤色の柄の短剣を取り出して手渡す。


「やはり彼女には短剣か」


 メイが試して振っているのを見ながら魔王が尋ねると照れたように頭を掻く。


「そうですねえ、ですが、ただの短剣ではありませんぜこれは、何とそちらの嬢ちゃんの持っている短剣の姉妹剣ですぜこれは」


 それを聞いたメイが目を輝かせる。


「本当ですか、使い心地も良いですし何よりアリスさんと同じなんて嬉しいです」


「う、うん私も嬉しいですメイちゃん」


「ほう、これは面白いことになったな」


 メイが喜ぶのを内心申し訳なさそうにみつめるアリスを見ながら魔王は必死で笑いをこらえた。


「だが、その分も値段も同じくらいで……」


 店長が薄目でチラリとこちらをみる。魔王は力強く頷いた。


「分かっている。それでは次は我の剣だが……」


 言いかけて店内を見回した魔王の視線が一点で止まる。そして彼は微笑んだ。以前彼が目をつけた柄から剣先まで真っ黒の黒剣が変わらずそこにはあったのである。


「おっ、良いものに目をつけたねえ」


 魔王の視線を追っていたのだろう、同じく黒剣を見つめながら店長が言う。


「これはなあ、値段もなかなかだが何より驚くのはその耐久性だ、試したことはないが絶対折れない剣と言われている。その名も【絶無】」


「【絶無】か……気に入った」


 満足げに魔王は言うと店長が踏み台を使い取った剣を手に取る。それを数回振り空を切ると満足そうに唸った。


「振り心地も悪くない……気に入ったぞ、幾らだ」


「ざっと200万」


「ほう」


 魔王は興味深そうに言うと即座に金貨の詰まった袋を取り出して二百十枚取り出した。


「まさかその場で現金とは驚いたよ……まいどありぃ! 」


 そう言って金貨を受け取ると魔王には黒剣用のホルダーを渡した。魔王はそれを受け取り背中に黒剣を背負うと満足そうに笑った。そして欲しいものは手に入れたので店を後にしようとしたその時だった。


「親父! 剣を売ってくれ! 」


 そう言いながら威勢よく店に来た人を筆頭に何人かの冒険者らしき人物が慌てながら店に入ってきた。

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