第26話「ギルドの守り神」

 翌日、すっかり回復したアリスと二人で食事を済ませると気が向いたので歩いてギルドへと向かうキマイラの戦利品は結局城に置いてきた。アリスに聞いた限りでは彼女が倒したという自覚はなくすっかり魔王が倒したと思い込んでいるようだった。


 いつものように扉を開いた時だった。魔王がいつもとは異なり受付嬢の営業スマイルがないな、なんて考えていると受付に一人の剣を構えた男二人が身を乗り出して会話をしているのが目に入った。


「何でしょう? 」


「興味はないが、キマイラ討伐の報酬を貰うためには並ばねばなるまい」


 そう言って男の後ろに並ぼうと近づくと会話が耳に入る。


「だから、キマイラは俺、ユサイが倒したんだって! 奴の頭二つと尻尾を俺が華麗に切り裂いてなあ! シール」


 シールと呼ばれた男は力強く頷く。


「ああ、あの時信じられないことにユサイの剣が暗闇で輝いたのを俺はみたぜ! そもそも俺達が引き受けた依頼だ。俺達が報酬金を貰って当然だろ? 」


「ですからギルドとしては報酬はキマイラを討伐した方に……」


「だから俺達が倒したんだってば、誰なんだよ倒したやつってのは! 」


 ユサイという男が受付嬢を怒鳴りつける。冒険者が多く集まる時間帯のためその声で多くの冒険者の視線が集まる。


 どうやらこの二人は自分たちがキマイラを倒したと言い張っているようだ。魔王はくだらぬ、と鼻を鳴らす。


「魔王さん」


 アリスがお願いをするように魔王を見上げる。このまま受付嬢が怒鳴られるのを黙ってみているのも忍びないのだろう。観念したように首を縦に振ると口を開いた。


「キマイラを倒したのは我だが」


 その瞬間、三人の視線が魔王に釘付けになる。男二人がジロジロと魔王を睨む。


「あんた、冒険者のランクは? 」


「見習いだが」


 それを聞いて二人は腹を抱えて笑う。


「見習い冒険者がキマイラなんて倒せるわけがないだろう」


「ならば試してみるか? 」


 魔王は剣の柄に手をかけるとユサイは笑いながら手をブンブンと振る。


「いややめとくよ、弱い者いじめしちゃ可哀想だし」


「それに皆分かるだろ熟練の俺達と見習いの子守り中のこいつら、どっちがキマイラを倒す実力があると思う? 」


 シールが呼びかけるようにギルド中に響き渡る声で叫んだ。


「そりゃあの二人だよな」


「女の子連れて行ったのか? それで討伐なんて無理だろ」


「あの見習いは手柄を横取りにしようとしているのかよ」


 呼びかけに答えるようにザワザワと周りが騒がしくなった。聞こえてくる声からして皆二人組の証言を信じている者達だった。


「どうよ、これでどっちが正しいか分かっただろう? 」


 二人が額に汗を浮かべながら勝ち誇ったように宣言するのをみて魔王は確信した。この二人は光る剣の証言からも分かる通りそれを発現させたのが魔王と勘違いしているとはいえ、我々が倒したと知っていて尚このように嘘をついているのだ、と恐らくどこか遠くで眺めていたのだろう。

 少なくともあの剣を繰り出したのをアリスではなく魔王と誤認している辺りその可能性が高いと見えた。


 人には面と向かって襲ってくるのもいればこうやって隠れて手柄を横取りしてくるものもいるのか。魔王は呆れてため息を吐いた。


「そんな、キマイラを倒したのは私たちなのに……」


 その横でアリスが悲しそうに言ったその時だった。


「今後の冒険者生活に誓って貴方たちが、キマイラを本当に倒したのですね」


 受付嬢が静かにそう尋ねた。


「あ、ああ勿論」


「さっきからそう言っているだろう」


 カウンターを力強く叩くも彼女は動じない。


「それではキマイラの特徴を教えていただけますでしょうか」


 受付嬢が尋ねると二人は気まずそうに頭を掻いた。


「特徴っていってもなあ、首は二つでうるさくて突進してきて」


「あと馬鹿に器用な尻尾を持っていたよなあ」


「そうでしたか」


 それを聞いた受付嬢はニヤリと笑って続ける。


「でしたら今回の報酬はオウマさん達にお支払いします」


 そう彼女はきっぱりと宣言した。


「「な、なんだってえええええ」」


 二人が仰天して尋ねる。その様子を見てアリスがアーっ、と声を上げた。


「お二方ともキマイラが蛇含めた三頭だということをご存じなかったのですね」


「なるほどな、言われてみれば昨夜我は形が不揃いとはいえ三頭分の頭を持って来た。二頭はまだしもキマイラはギリギリまで蛇の頭を尻尾と見せかけていたばかりか我が頭を丸々切り倒し持って行ったことにより気付かなかったのか」


 説明しながらなかなか強かな女だ、と魔王は受付嬢に感心した。


「もう一つ気になる点がございます」


 受付嬢が補足するように言ってすっかり青ざめている二人に尋ねる。


「どうしてアリスちゃんが一緒にいたなんておっしゃったのですか? 普通クエストに小さな娘は連れて行かないと思うのですが」


「「ぐっ……」」


 二人は言葉に詰まったように見えたが次の瞬間、


「「すみませんでした~」」


 と大声で叫びながら扉を開いて外へと出て行ってしまった。


「待てよ、てことはあの見習いが本当に倒したのか? 」


「マジかよ信じられねえ! 」


「こいつはとんでもない大物ルーキーが現れたなあ」


「あいつ、魔王と名前が似ているだけあって強いなあ」


「そういうわけで、こちらはオウマさん達の報酬です」


 再び辺りが騒がしくなってきたのを気にも留めずに受付嬢はそう言うとずっしりと重い巾着袋を手渡した。


「そういえば、我が昨夜訪れたときはアリスは連れていなかったな」


 魔王が感心したように言いながら袋を受け取ろうと手を伸ばしたとき彼女は一瞬怖い顔をする


「私もあの二人がアリスちゃんもいたなんて言い出したのでびっくりしましたよ、幼いのですからあまり危険なところに連れて行かないであげてくださいね」


 釘を刺すように言うと魔王に袋を手渡した。


「気をつけよう」


 そう言いながら魔王は袋を収める。するとアリスが身を乗り出して言う。


「格好良かったですお姉さん! 私もうダメかと諦めかけていました」


 アリスの言葉を聞いた受付嬢は微笑む。


「そう言ってもらえるとお姉さん頑張ってよかったかな」


 それは何度も彼女の笑顔を見てきた魔王にとっても初めてみる笑顔だった。


 またまた図らずもアリスを醜く染める出来事が起こったわけだが、歪むのを未然に防がれてしまった。今後もこの受付嬢がいる限りこのギルドで彼女を歪ませることは不可能だろう、と推測した魔王はお手上げとばかりに僅かに手を上下させた。


「それで、本日はどうされますか? 」


 受付嬢が魔王に尋ねる。今日の依頼のことだろう。


「今は騒がしいからやめておこう。またあとで来る」


 そう言ってアリスと共に外へと歩いて行った。

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