第10話「勇者の素質」
アリスの育った村から離れ数時間、森の中を歩くと辺りが薄暗く見えなくなってきた。夜の闇の恐ろしさを引き立てるようにざわざわと葉が揺れる。
「今日はここまでだな、帰るとしよう」
ふと足を止め魔王は提案する。魔王からすれば何でもないことなのだが人間は暗いと見渡せる範囲が狭くなり体力も限られているためそろそろ切り上げ時と悟ったのだ。
「そ、そうですね」
彼女が息を切らし足をさすりながら答える。彼女は口には出さないが幼いのもあるのか顔や歩き方に疲れているというのは出ており、魔王はそれを感じ取っていたのだ。彼はそんな彼女を人間とは哀れなものだな、と同情の眼差しを向けると指をパチンと鳴らして『ゲート』を出現させた。
「とりあえず好きなところで休憩しておけ」
そう言って彼女が床に腰を下ろすのを確認すると短剣を取るために部屋を出て歩いて行った。
「休憩は終わりだ、
しばらくすると短剣を持って帰ってきた魔王はそれを彼女に投げて寄越そうとする。
「は、はい」
彼女が立ち上がり剣を受け取ろうと手を伸ばす。
「む」
しかし、ふと短剣と彼女を見比べて顔を顰めると動きを止めた。長剣の魔王と短剣の彼女では剣の長さに加えて身長差もあり稽古にならないと考えたのだ。結局彼は短剣ではなく長剣を彼女へと手渡した。
「ほう」
彼が驚いたのは長剣を構えた彼女の姿だった。長いブロンドヘアの髪の毛があるとはいえ長剣を両手で構える姿は流石勇者の娘というべきか様になっていたのである。しかし、よくみるとほとんど右手で支えるように持っていた。
「左手で持ってみろ」
「あ、ああ! 」
そう言われて彼女が左手だけで長剣を持とうとすると重かったのだろうしばらくするとカラン、と床に落としてしまった。
「やはりそうか」
魔王が頭を掻きながら呟く。
「どういうことでしょうか」
「剣はいざという時は魔法を相手に使うためにも片手で持てるくらいではないとな、見たところ右では持てるようだが左だけで持たないとならないときも訪れるだろう。その時にそれでは不安が残る」
「すみません」
彼の説明を聞いて彼女がシュンと頭を下げる。
「とはいえだ、しばらくは道中のモンスターとの実戦は我が請け負おう。それに我との稽古で貴様が短剣を持つと稽古にならないので丁度いいものをみつけるまではその間だけは稽古では長剣を使ってもらう」
その言葉を聞いた彼女は頷いた。
「では、かかってくるがいい」
そういうと魔王は剣を構えた。しかし、彼女は動かない。
「どうした? 安心しろこちらからは攻撃はしない」
彼が声をかけると彼女が申し訳なさそうに彼を見上げて言う。
「すみません、明かりをつけてもよろしいでしょうか」
それを聞いて彼は気が付いた。この薄暗い部屋では視界が悪く稽古ができないのであろう。無論熟練したものならば視界が悪くても戦闘が可能だろうが彼女はただの素人だ。
「その必要はない、我がつけよう『フラッシュ』」
彼が光の魔法を唱えると小さな球体が浮かび上がり室内を明るく照らした。
「ありがとうございます」
すっかり明るくなった部屋で彼女が微笑む。その様子をみて人間とは不便なものだな、と彼は改めて考えながら短剣を構える。
「いつでもいいぞ、来い! 」
「やあああああああああああああああああ! 」
魔王の言葉を合図にアリスが剣で突こうと向かってくる。その速さをみて魔王は目を見開いた、彼の想像よりも何倍も速かったのだ。
キィン!
しかし、見事に魔王は一振りでその剣を捌き軌道を変えた。
「あ」
アリスが振り返った時、彼女の頭上には魔王の剣が当てられていた。
「うまくいけば世界の英雄となるところだったが、その行為は破られるとこのような危険もあるということを覚えておくのだな」
「は、はい」
彼女の返事を聞くと彼は再び剣を構えた。
「次だ、来い! 」
「はい! 」
再びアリスが勢いよく迫ってくる。今度は剣を上にあげ斬りかかろうとしていた。
キィン!
今度は魔王はそれを剣を横にして防ぐ。アリスは両手でそのまま押し切ろうとしたが剣はビクとも動かなかった。
「先ほどの説明とはこういうことだ」
魔王の声にアリスが剣から彼へと視線を移すとそこには彼の掌があった。
「ここで我が魔法を打てば……あとはわかるな? 」
その言葉に彼女は頷く。剣の腕はまだまだだがあのスピード、これは鍛え甲斐がありそうだ。素直にうなずく彼女を見ながら魔王はそんなことを考え冷笑を浮かべるのであった。
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