第11話「初めての戦い」

 数日後、陽の照らす野原でアリスとゴブリンが向かいあう。アリスの手には短剣が、ゴブリンの手には棍棒こんぼうが握られている。


 村を出て数日、荒野を抜け野原を歩いていた時にゴブリンと遭遇そうぐうした魔王は、ここに来るまでの様に自分一人でやるのではなく実戦経験を積ませようとアリス一人に戦闘を任せることにしたのだ。


「少なくともゴブリンなら倒せるだろう、そいつは動きが鈍い。動きに注意しつつ剣を振れ」


『パラライズ』という動きを封じる魔法でゴブリンの動きを封じた魔王はそれだけ言うと彼女とゴブリンから距離を取り『パラライズ』を解除した。乱入ナシの真剣勝負だ。


「ギギギギギィ! 」


 動けるようになったゴブリンは一直線に襲い掛かる。棍棒を真上に構えながら走ってくる姿は正に隙だらけだ。しかし、アリスはまばたき1つすらせずにゴブリンがこちらに向かってくるのをみつめている。


「ギぃ! 」


 間合いに入ったゴブリンは持ち上げた棍棒を振り下ろした。草のクッションなど関係ないとでも言うように地面がえぐれた。しかし、そこに少女の姿はない。


「ごめんなさい! 」


 ゴブリンが振り下ろす瞬間、素早く右に避けたアリスはゴブリン目掛けて剣を突き出す。ザシュッ! という音とともに剣がゴブリンの身体を貫通する。


「ギ、ギ……」


 ゴブリンはそう残すと力なく崩れ落ちて動かなくなった。こうしてアリスはゴブリン相手に初勝利を収めたのであった。


「よくやった、貴様はこうして一つの命をうばっ……ん? 」


 拍手をしながら彼女を染め上げる第一歩にしようと意図的にマイナス面の言葉を口にしながら歩み寄ろうとしたときに異変に気が付いた。彼女は小さく震えていてその瞳には涙を浮かべていた。


「魔王さん、私……私…………ゴブリンさんを殺しちゃいました」


 涙を流しながら彼女は言う。


 それをみて魔王は確かに我がモンスターを仕留めるときも何かをこらえているようにみえたが、モンスターにすら同情するのは純粋すぎると頭を抱える。考えた末に魔王は方針を変えることにした。


「勇者の娘よ、顔をあげてよく見よ」


 そう言って抉れた地面を指差す。言われるがまま地面を見るアリスだったが意味が分からないとばかりに首を傾げた。


「分からぬか、ならば聞こう。我が指差した場所に何が見える? 」


「壊された地面が見えます」


「そうだ、ゴブリンというのは単体でも動きはとろいがパワーは侮れない。ではあの攻撃を貴様がまともに受けていたらどうなっていた? 」


「恐らく、死んでいました」


 小さい声でアリスは答える。


「そうだ、あのゴブリンは貴様を殺すつもりで武器を振るった。殺すか殺されるかの真剣勝負だったのだ、ならば気に病むことはなかろう」


「そんな簡単には割り切れません」


 そう答えるとアリスは身を縮めた。しばらくの沈黙の後彼女が口を開く。


「魔王さんは殺してもなんとも思わないのですか? 」


「ああ」


「それはどうしてですか? 」


「我が魔王だからだ」


 躊躇わずに即答する。しかし彼女はそこで引き下がらない。


「どうして魔王なのですか? 」


「それは魔王として生まれたからだ」


「魔王として生まれたから殺せと誰かに教えられたのですか? 」


「いや……」


 そこで魔王は初めて言葉に詰まった。彼にとって何かを殺すというのは当然のことだったからである。厄介な質問を。そう考えながらどうして殺すのが当然と思うようになったのか改めて思い出してみる。長い記憶の探求の末に彼は答えを見つけた。


「それは、我が命を狙われたからだ。冒険者を名乗る者どもが城に我を殺しに来たからだ」


 先代は従属に聞いた話によると侵略の途中、最後の力を振り絞り魔力の塊を城に飛ばし我を誕生させた。それからしばらくしないうちに魔王の子供がいるという噂を聞きつけた冒険者たちが城に戦いを挑みに来た。

 とはいっても全て従属の手で敗れたので死体しかみていないが、自らの手で殺しはしなかったもののその頃から命のやり取りは普通だと考えていた。


「そう、でしたか」


 彼女の答えからこの娘は我のことを憐れんでいるのだろうと確信した。お人よしにもほどがある、口に出さず内心呆れる。


「とはいえだ、勇者の娘よ。人間とは異なり我は、いや我らはそのような存在だ。貴様が殺したくないと武器を掃うだけに留めたら奴らは素手で貴様の首を絞めて殺そうとするだろう。甘さは捨てるのだな」


 納得したのか話を合わせたのかは定かではないが、魔王の言葉にアリスは小さく頷いた。










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