マーベルシュタットにて……
● 第51話 街に着いたらスグ迷子、そしてお嬢様に招待されました。
翌朝早く、作戦参加メンバーは『不帰の森』を出て裏手から山に入り、マーベルシュタットを目指しひた走った。
まぁ、走ったのはオレ達じゃなくて緋色狼一族の面々なんだけどね。
疾風の如く……って言うのは、こういう事なんだろうな。
木立や岩場、果ては大地を走る亀裂の様な谷も物ともせず、緋色狼の脚は止まる事を知らなかった。リサの言った通り、いやそれ以上のペースで一行はその道程を駆け抜け、想定していたよりかなり早く街道に出る手前に到達した。
オレは本人(本狼?)の希望により『炎纏狼牙』に乗り、サシャはエテルナに乗り他のメンバーは各々、選抜された緋色狼の背に乗ってここまでやって来た。
道中、休憩を取る事もなく走り通しだったが狼達は少しの疲れも見せず、むしろイキイキとしていた。
ヤッパリ、自然の中を思いっきり駆けるってのは気持ちのイイ事なんだね。
その後、『箱』の結界で人通りの無いタイミングを見計らってオレ達は街道に出、少人数に分かれ少しだけ距離を置いてマーベルシュタットへと向かった。
程なくして、徐々に街道を往く者達の数が増えて行き、目的地が見えて来た。
街に入るには、正面の大門の手前で荷物検査と簡単な持ち物検査を受けなければならない様だった。
しかし、その検査場は流石にこの『マーベルシュタット』が商業都市である事を物語るかの如く、実に様々な人種が入り混じり、それぞれに地元の特産品を持つ者や荷馬車また、逆に商品の買い付けに来たと思しき商人風の人間達でごった返していた。
コノ世界に戻って来て初めて見る光景に、正直圧倒されている自分が居た。
実は、オレはこの一行がこの街に入るのを警戒した敵が、もっと厳しい警備や身元確認なんかをしてるんじゃないかと心配していた。だが、コノ状況を考えたら様々な特産品等の商品を持ってきた人間達から文句が出るだろうし、一人ずつ厳しい検査なんてしてるヒマも人手も無い様子が一目でわかったので安心した。
必要なのは、マーベルシュタット内の商店や役人が『街に入る事を許す』内容が記された訪問許可証――現世で言う所のパスポートみたいなもんか――だけだった。
オレ、そんなもん持ってないぞ……と、少し慌てた所で変装姿の超ダンディなゼット爺さんが冊子を手渡してくれた。
「お主の、訪問許可証じゃ。
もちろん、精巧に偽造された物じゃがコノ人数じゃ。
バレる事はあるまいて」
「ありがとー、ゼット……さん」
爺さんを付けて呼ぶには、余りにも失礼な外見だったので省いて返事をした。
他の皆はともかく、緋色狼一族のメンバーは……許可証持ってんのかな?
――彼女達は、普通に持っていた。
時々、森で必要な物を買いに来ているのだという。
そう、何事にも備えは大切。
そんなこんなで、オレ達は誰に怪しまれる事も無く無事にマーベルシュタットへ入る事が出来た。しかしまぁ、スゴイ数の人通りだ事……。
ココは、日曜日の竹下通りか? しかも、通っているのは人だけじゃなく、荷物を運ぶ荷馬車や荷車なんかも沢山居る訳で……。
人ごみに紛れて、街に入れてよかったって訳だ。
完全なお登りさん状態のオレは、見る物全てが新鮮で珍しくコノ街自体が発する活気と、苦手な人混みに早くも酔いそうだった。
他の皆は、ドコ行ったんだろう? はぐれちまったのか?
この歳で迷子とは……あぁ、情けない。
ちょっとフラ付いた所を、すれ違った人間とぶつかってしまった。
「あ、すみません。
ヨロけてしまって……。大丈夫でしたか?」
オレがぶつかった相手は、紙袋一杯に林檎らしき果物を入れた鮮やかな緑色の髪の美少女で、本人は何とも無い様だったが、袋の中身が転がり出ていた。
オレは気を取り直し、多くの人々が行き交う路上を転がる林檎に似た果物を素早く拾い集め、慌てて彼女に差出し、再び詫びた。
「あ、あの……オレの不注意で、スミマセンでした。
コレで落ちたの全部だと思います。
傷がついてたりしたら弁償しますので、確認して下さい」
「オメェ、お嬢様にナニしてやがる?
事と次第によっちゃあ、俺ッチが許さネェからよぉ~。
小僧、チョイとソコの路地まで顔貸しな……」
深く頭を下げ、果物を差し出したオレに返ってきたのは、柄の悪い口調の野太い声だった。
あぁ……、ドコの世界にもこういうヤカラは居るもんなんだな……。
「お待ちなさい、ドラゴ。その下品な言葉使いは何ですか!
その方は、わざとぶつかった訳ではないノデス。
乱暴は、このワタシが許しません」
お嬢様が、すかさず割って入った。『お嬢様』と言う呼び名がピッタリの上品な口調だった。
「すみません、お嬢様。しかしデスね……」
「口ごたえは許しません。
そもそも、ワタシの護衛ならばモットしっかりと、その責務を全うナサイ」
「は! 申し訳ございません。
小僧、運が良かったナ……。次に逢ったらコウはいかねぇゾ」
後半の悪意がこもったセリフは、オレだけに聞こえる様に囁かれた。
コイツが護衛……ねぇ。
その護衛を自称する男は、身長180センチを超すゴリゴリのマッチョ野郎だったが、ソノ身体に付いている筋肉は明らかに見せかけだけの物だった。
戦闘による修羅場をくぐり抜けてきた者が持つソレとは、質が全く違っていた。
コレで、よく護衛が務まるもんだ……。
ホントに襲われでもしたら、守れないんじゃないか?
オレが要らぬ心配をしていると、
「アナタは旅のお方かしら?
サッキの様子だと、コノ街は初めてとお見受けしました。
コノ者、ドラゴの非礼のお詫びに、我が家にご招待させて頂きます……」
これから、他の一行の行方を探すつもりでいたが、半ば強引な流れでオレは『お嬢様』の家に招かれる事になっていた。
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