● 閑 話 肉と、デートと、御神体。

 作戦会議が終わり、次の食事までフリータイムとなった……のだが、当然の様に会議室を出ようとするオレと炎纏狼牙えんてんろうがの所に、皆が集まって来た。

 「物理作用系最強と言われる『箱』のギフトを持ちながら、一方で心の中にこの様な美しき狼をまわせていようとはの……。

 ユウよ、お主はやはりコノ世界を救う光なのじゃな」


 カイザールさんが、優しく炎纏狼牙の身体を撫でながら厳かに言った。

 「でも、オレもちょっと前までコンナ風に心の中から出て実体化出来るなんて知らなかったんだよね。サシャの一言がヒントになって、結果的にこうなったんだけど」

 「そうなのサ。ボクは、ユウなら絶対に実現出来ると思っていたのサ……」


 「しかし、ユウ殿の育った世界には心の中に狼を宿す事の出来る武術が存在するのですか……。このローマー・ハンハルト、百五十年以上生きて来て初めて目にしましたぞ」

 「いや、オレも実際に実体化したコイツを見るのは初めてダカラ……」

 「何を戸惑う事があろうか! 我は、我が技を継ぐ者と言わば一心同体なのだ。裕のめいとあらば、喜んで現れいでるのが自然のことわりというものよ……」


 あぁ……補足説明ありがとさん、炎狼クン。

 それよりお前さんには、ダイジな用があるだろ? ソッチ、頑張って来いヨ!

 「皆さん、色々と聞きたい事とかあると思うけど、コイツ今からチョット野暮用があるんで、何かありましたらオレに言うか次の食事の時にでもお願いします。


 ホラ、あそこで緋色狼一族のエテルナが待ってるゾ。

 行ってこい! いつものお前で、大丈夫だ」

 「……あぁ。すまんな、裕よ。

 心遣い、感謝する! 」


 そう言うと『炎纏狼牙』は、一歩一歩踏みしめる様にエテルナに近付いて行き、二頭の巨大な狼と数名の緋色狼一族の美女達は、会議室を出て何処へともなく去っていった。


 よく考えたら、アイツの初デートだ! 狼同士のデートってどんな風なんだろう? チョット覗いてみたい気もしたが、悪趣味だしアイツにも悪いと思ったからやめておいた。


 コレは、後から『炎纏狼牙』自身から聴いたハナシだが、初デートは大成功だった。緋色狼一族の全員と挨拶し皆に歓迎された後、アイツはエテルナと二人で御神体のある洞窟に行ったんだそうだ。ソコでの出来事はオレ目線じゃなくて、ちょっと形を変えて話す事にするね。その方が解りやすいと思うから。



 ――今、二頭の巨大な狼は肩を並べて『不帰の森かえらずのもり』を抜け、全速力で駆けていた。赤黒い木々や、苔むした岩等の景色が一瞬で背後へ流れていく……。

 銀色の狼は、こうして実際の森の中を駆け抜ける事自体が初めての経験だったが、自然の中を駆ける事で自然から力を与えられたかの如く、体中に力が漲るのを感じていた。


 『こうして、外の世界で自然の中を走り抜ける事は、こんなにも素晴らしい事だったのか!』

 銀色の、炎を纏う狼は心からそう思った。

 それに今は、心の中の聖域で過ごす時の様に独りきりではなく、隣に種は違えど同族の狼が居るのだ。彼は、今は少しでも長く、こうやって並んで走っていたい……、そう願った。


 希望通り、暫くの間その幸福な時間は続き彼の心は満たされていった。

 あぁ、われは今この上なく幸せだ……。

 我が技を継ぐ者が、アノ者で本当に良かった。

 アノ者を認めた事は、間違いではなかった。


 そんな考えが彼の頭をよぎった時、褐色の狼がその走りの速度を緩めた。

 いつの間にか『不帰の森』を抜け、岩山を回り込んだ場所に二頭は居た。

 連れに合わせ、銀色の狼も速度を落とし、やがて二頭はアル場所の前でソノ足を停めた。目の前には、随分昔からそこに存在していたであろう事が容易に想像できる洞窟があった。


 おもむろに、褐色の狼が言った。

 「ココに、ウチら緋色狼一族の御神体『神狼様しんろうさま』がられるンヤ。

 炎纏狼牙ハンやったら、ひょっとしたら神狼様と通じ合えるんやないか思うて、お連れしましたんや。ウチの都合で勝手してしもうて、ゴメンやす」


 「緋色狼のおさよ、……いや、エテルナという名であったな。

 今『神狼様』と申したか! まさか、ココにあの神狼族の現身うつしみが……?」

 「炎纏狼牙ハン! 『神狼様』の事ご存知なんですか?」

 「勿論だ……。ゆえな」


 銀色の、炎を纏った狼は何の迷いも見せず洞窟に入って行った。

 褐色の狼が、慌てて後を追う。

 洞窟は、一本道だった。

 しばらく進むと、大きな部屋がありその中心に円柱形のほこらの様な物があった。


 造られてから相当の時が流れている事が、その姿形から理解出来た。

 「コレは……、まさしく『神狼族』の現身。

 我が存在して以来、永きときの中で、ホンノ数度のみ声を交わした事はあれど、本物の現身を目にするのは初めての事……。

 参らせてもらっても良いだろうか?」


 「モチロンです。

 炎纏狼牙様やったら、ナンボでも参って下さい。

 さぁ、もっと側へお寄り下さい。

 ウチは、こちらでお待ちしておりますよって……」


 銀色の狼は、炎を纏った姿のまま祠の正面に回り、御神体に心で呼びかけた。

 ≪数多存在する、我ら狼を見守り統べる神狼族よ……。

 どうか、……どうか我が言葉にお応え下さい。

 我は、天狼……『炎纏狼牙』なる者≫

 その厳かな空間には、静寂だけが満ちていた……。


 天狼の心の呼びかけから、どのぐらいの時が経ったのかは不明だったが、果たして御神体である『神狼様』が祠の中から鈍い光を放ち始めた。

 ……そして、銀色の狼に応えた。


 ≪どこからか我を呼ぶ声がすると思えば、天狼ではないか……久しいの。

 主は、技を継ぐ者と対話し心の外へ出られる様になったという事か。

 主が認めし技を継ぐ者は、類稀なる力を持って居る様じゃな。

 うむ……。こうして再び話せた事、嬉しく思うぞ。

 さて、今日は我に何用か……?≫


 ≪それは、あちらに控えし緋色狼一族の件にございます。

耳にした所では、神狼様が彼女たちに御子をお授けになられていたとの事……≫


 ≪その通りじゃ。あの種族には雄狼がおらぬでな。

 定期的にこの祠の周りに集まり、その中の者に子を授けておった。

 しかし、ある時邪教の徒が穢れた刃であの一族の者を斬り、その穢れた刃によって流された血が我にかかってしまってな……。

 それ以降は、いくらあの一族の者が我の現身を磨き清めようと、その穢れが払われる事は無く、我は子を授ける事が出来ぬ様になってしまったのじゃ……≫


 ≪その穢れ、いかがすれば払えましょうや?

 我が天狼の力でも払う事は叶いませぬか?≫

 ≪実はの……、主がこの刻この場に来たのは正に天啓やもしれぬ……。

 主の身に纏いし、その炎ならば……この穢れを払えると、我は考えておる。

 天狼よ。主の炎で我が現身を焼き、忌まわしきこの穢れを払うがよい!≫


 その直後、銀色の狼は我が身に纏う炎で御神体のみを包み込んだ。

 当然褐色の狼は、その行為を止めようとしたが、

 「これは、この『神狼様』の現身である御神体の穢れを払うための事!

 落ち着いて、見ておるのだ。我を信じるがよい!」


 力強く、それでいて包み込むような優しさを秘めたその声に褐色の狼は動くことが出来なかった。時が過ぎ、銀色の狼の炎は御神体に吸い込まれていき、身に纏っていた全ての炎が吸い込まれた時、ご神体はそれまでの永き時を経た旧き姿から艶やかな黒曜石の様な姿に変貌し、眩いばかりの光を放っていた……。


 ≪天狼よ……。主の技を継ぐ者と主自身の炎によって我の穢れは全て払われた。礼を言う……。この恩、忘れまいぞ。

 主が今後、何かの窮地にある時はいつでも我を呼ぶが良い。

 何なりと、その望み叶えようぞ。


 緋色狼一族には主から、穢れが払われた事そして、以前の様に子を授ける事が出来る様になった事を伝えてやって欲しい……。

 本当に、世話になったの。

 では、さらばじゃ。また逢おうぞ≫



 ――こうして『神狼様』は去り、銀色の狼は褐色の狼に穢れが無事に払われた事を伝えた……。



 こんな事があったんだそうだ。

 余りの感激から、エテルナはもう完全に『炎纏狼牙』に惚れこみ、狼の姿のまま今もずっと側を離れない状態だ。そして、一族の美女達が続々とお礼を言いながら、コイツが待ちに待っていたモノを運んで来ていた。


 今はもう食事の時間である。

 目の前のテーブルには、他の料理が置けない程の『肉』の皿が、全て山盛りで置かれていた。

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