● 第29話 旅立ちの時……でも、何やら不穏な動きアリらしい。

 翌朝、オレはこの隠れ家の誰よりも早く目を覚ました。隣で安心しきった表情をして静かな寝息を立てていたサシャを優しく起こし、身支度を整えて二人でダイニングへ向かった。無人のダイニングは静寂に満ちていて、いつもより広く感じられた。キッチンに行き、カフィールの準備に取り掛かった。


 しかし、コイツが酒だったとは……。しかも年齢制限も無く、子供の頃から飲んでいた事を改めて思い出すと自然と笑みが浮かんでしまった。とりあえず、もうすぐ起きて来るであろう皆の分も含めて人数分を作り、先にサシャと二人でカフィールを飲んでいると、


 「二人とも、おはよう。早いのぉ……」

 「ゼット爺さん、おはよー! なんか、目が覚めちゃってさ」

 オレが返事を返すのと同時にサシャが、おはようを言いながらカフィールを注ぎ手渡した。


 「おぉ、すまんのサシャよ。コレはちょうど良い。実は、他の者が起きて来ないうちに話しておきたい事があっての……。今回の旅路、決して気を抜くでないぞ。もちろん『Gの書』回収も重要な事じゃが、その道中も気を付けねばならん」

 いつになく慎重な口調と、最低限にまでトーンを落とした声で囁いた。


 「正体がバレちゃうかもしれないって事? それなら、サシャの変装術を使えば問題無いよね?」

 オレもつられて、ヒソヒソ声になっていた。

 「モチロンその通りじゃ。サシャには、その力を借りねばならぬ。じゃがの、本当に注意せねばならん相手は、どうやらコノ旅の一行の中に居る様なのじゃ……。お主ら二人は全面的に信用できる故話すが、ワシは昨夜夢で精霊達の声を聴いたのじゃ。彼らは『』と何度も言っておった」


 「て事は、イリアさんかギトリッシュさんがソノ『悪意』って奴を持ってるって事?」

 「そうなるの……。とにかくコノ事は、この場三人だけの秘密じゃ。決して我々があの二人を警戒しておる事を気取られてはならぬ! よいな?」

 「わかったよ。精霊達の声が何を意味してるか分かんないけど注意するよ」

 返事はしたものの、この話をどう判断すればいいのかよくわからなかったのが本心だった。でも、ゼット爺さんは軽々しくコンナ話をする様な人じゃない。

 それに俺達を守ってくれているこの山の精霊達が言う事だ。疑う理由が見つからなかった。さて、護衛役であるイリアさんかギトリッシュさんのどっちか……いや、ひょっとしたら二人とも何らかの『悪意』とやらを持ってるとなると、ゼット爺さんとサシャ二人をオレ独りで守らなきゃいけないって事か……。まぁ、ソレは二人を別行動させなければ何とかなるとは思うけど、『悪意』の正体は気になるな。


 そもそも、あの二人――イリアさんと、ギトリッシュさん――は、一体何者なんだろう? 考えてみたら、二人の経歴や素性に関しては全く知らないんだよな……。ヴァレリア婆ちゃんの私設親衛隊とか言ってたっけ。もっと詳しく聞いとけばよかったなー……。でも、オレは『ギフト』の制御訓練でソレどころじゃなかったからなぁ。まぁ、今更しゃーないか!


 平静を装いつつ注意しながら、後は出たトコ勝負しかないかな。

 オレの『ギフト』の力も体術もまだまだ全てを見せた訳じゃないし、サシャの『占術』も使えれば二人を守りながら旅をするのもそんなに困難な事じゃないだろう、きっと……。それに、闘わなきゃ出ない答えってヤツもあるだろうしね。


 そんな事を考えながらカフィールを飲んでいたら、残りの面々が一斉にダイニングに集まって来た。イリアさんとギトリッシュさん二人は、既にこの隠れ家に来た時同様ロング丈のマント姿で旅の準備は万端という感じだった。

 「準備に手間取り、遅くなりました。いつでも出立出来ます!」

 ギトリッシュさんは朝から元気な様だ。コノ人と『悪意』という言葉が、オレにはどうにもシックリ来なかった。


 隣のイリアさんに目を移すと……やっぱり『悪意』みたいな物はオレには感じ取れなかったが、緊張のせいだろうかどこか思いつめた様な表情が僅かに見て取れた。まぁ、とりあえずは油断せずに二人をマークしながら行くとしますか。

オレが色々と考えている間にサシャの変装術がゼット爺さんとサシャ本人に施され、二人の見た目は完璧に別人になっていた。優しさと威厳に満ちたカイザールさん――あ、今はゼット爺さんか――は、全くオーラの無いドコにでも居そうな初老の紳士に。そしてサシャは、……何とオレの双子の様に瓜二つで瞳の色が違うだけだった。初めてコスプレの素材にされたわー。オレって傍から見るとコンナ感じなのな……。


 こうしてゼット爺さんは爺ちゃんのマントを、オレは婆ちゃんのマントを羽織り全員の旅の準備が整った。

 「皆よ、行くとしようかの。確認じゃが、ワシの事はゼットと呼ぶ事! サシャの事は簡単ではあるが、『サーシャ』と名を変えて呼ぶ事! 極力、目立つ行動は避ける事! 以上じゃ。では、エルネストにヴァレリア留守を任せる。この山を頼むぞ!」

 「かしこまりました! くれぐれも、お気をつけて。お帰りをお待ちしております!」

 挨拶が交わされ、一部の人間に得たいの知れない不穏な思惑の隠された旅が始まる事になった……。

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