原罪領域-代償なきインぺリウム-

宇多川 流

第1話 異世界からの遊星

  プロローグ



 有翼の女神が左肩の上に装着した砲門からまばゆい光を放つと、轟音に空気は激しく震え、土煙が空高くまで立ち昇った。巨大な石柱の並ぶ台座の中央は大きくえぐられ、そこにあったはずの姿は黄土色の向こうに消されている。

 視界が晴れると、残るのは五つの姿。

 その中のふたつはすでに地に伏していた。不気味な目を模した模様の黒い帽子に黒衣をまとった姿、そして顔を赤に染めた少女。どちらも身動きひとつしない。

 しかし、倒れた者を気遣う余裕は誰にもない。

「うわあぁっ!」

 白い法衣姿の少年が悲鳴を上げる。右目を押さえた両手の指の間から、鮮血をしたたらせながら。

「こうなったらもう……時間を巻き戻して」

 金髪の騎士が惨状に焦り、鎧の懐に手を入れようとする。それを長い黒髪に黒い長衣の女剣士が止めた。

「よせ、それは使うな。連中の思うつぼだ」

「まったくね」

 同意するのは、気楽そうな女神の声。

 長い金髪をふたつに束ねて武装した、一見少女にも見える外観の女神がそこに立ちはだかっていた。

「わかってない。それとも……もっと最悪の結末が欲しいの? ま、どうにしろあなたたちは消えるけどね」

 女神が肩に担いだ砲門は、再び光を収束し始めている。

 剣士は舌打ちして刀の切っ先を女神に向ける。だが、その刃は空中に広がる白い翼にはあまりに遠かった。




  * * *




   一、異世界からの遊星




 山並みの向こうで、幾筋もの煙が立ち昇っていた。

「また帝国兵か……」

「昨日も報せが来た。いつここも狙われるかわからん。しっかり警備しないとな」

 自警団は見晴らしの良い丘に集まり、巡回の合間の訓練を行っていた。昼はその中核を担う少年兵たちが黒い煙を見つけ、不安げにささやき合う。

 北の大国ジャリス帝国が勢力を拡大し始めてから五年近くが経つ。近隣の小国は一年もかからず吸収され、その後も次々と自由都市連合の都市国家や町が攻め落とされていた。最近は、このハッシュカルの近隣まで迫りつつある。

「あっ」

 不意に、道具箱を確かめていた、銀髪で頬に傷のある少年が声を上げる。

「薬草がなくなってる」

 木箱の中身は彼のことば通り、空になっていた。訓練で怪我人が出た際も、いつも同じ薬草の世話になっていた。葉をすり潰して貼ると切り傷、擦り傷火傷にも効くという植物の葉で、この辺りでは昔から重宝されている。

「ヒュー、お前が盗ったんじゃねえの?」

「そうそう、お前の家、貧乏だしな」

 少年兵たちの中から、からかうような声があがった。いつも何かあるとヒューと呼ばれた少年をからかってくる、商人の息子たち。

 その背後に、腰を当てて立ち塞がるような人影が近づく。

「ふざけないで!」

 鼓膜を震わせる大音声に、からかっていた少年たちはビクリと肩を揺らした後、恐る恐る振り返る。

「やっぱりレジーナか」

「ヒューはあんたたちと違って卑怯なマネはしないわ。あんたたちが盗って他人のせいにしているんじゃないの、ロン、レオ?」

「なっ……」

 少女のことばに二人の少年たちも目を吊り上げて反論しかけたところに、青年が慌てて割って入る。自警団の団長、リブロだ。

「まあまあ、いがみ合っても町は守れないよ。しかし困ったね。取り寄せようとすると十日はかかる」

 薬草など町の周囲で手に入らないものは、月に一度、西の大きな町からやって来る商隊から購入している。往復で十日はかかる道のりだ。

「僕が採りに行ってきます。少しなら生えている場所を知っているから」

 困り顔の団長にヒューが申し出る。

「それは助かるけど、危険じゃないかい?」

「大丈夫です」

 少年は平静に答えるが、その手は強く握りしめられている。

 ――僕だって自警団の一員だ。薬草くらい一人で手に入れて見せる。

 彼はそう胸の中で誓う。

 からかいのことばにあったように、彼の家が貧乏なのは事実だ。両親は早くに事故死し、妹と二人で祖父母に引き取られた。祖母も二年前に亡くなり、今は酒場を開いている祖父に養われている。

 ほかの少年兵らが新品の武器や防具を使う中、彼は父の使い古しの錆びかけた短剣とベルトを使っていた。

 それでも引けを取らないと証明したい。その気持ちを知ってか知らずか、団長は少年の申し出を受け入れた。

 日が沈むころには、多くの少年兵たちが帰宅する。夜の警備は大人が中心だ。

 ヒューは真っ直ぐ家である酒場に向かう。薬草の生えた洞窟は町をひとつ越えた先にあり、遅くなると一泊することになるかもしれない。団長に二日ほどかかる可能性は伝えているものの、短く済むならその方がいい。

「あんた、本当に一人で行くつもり?」

 家でもある店を前にして、聞きなれた声に少年は振り向く。

 傾きつつある陽の中、茶色の髪を高い位置でしばった、予想通りの少女の姿があった。上着の胸には翼の形をしたブローチが着けられ、腰には小型のボウガンと矢をいれた矢筒を吊るしている飾り気のない涼しげな服装。

「うん……そのつもりだよ」

 レジーナとは幼馴染みだ。彼女がいつも気にかけてくれることを、内心ヒューも感謝している。

「へえ、せっかくシチューパイひとつで手伝ってあげようと思ったのに。あんたのお祖父さんの、美味しいからね」

 酒場は酒類やつまみだけでなく、食事用のメニューも多少はある。その中でもレジーナはよく、熱々のシチューをパイで包んだシチューパイを注文していた。

「それはまあ……」

 来てくれるなら心強いのは当然のことだ。祖父に相談してみよう、と酒場のドアの取っ手に手をかける。

 ガチャリ、と回した直後、いつもとは違う空気が店内から洩れ出した。

 その正体を、ヒューもレジーナもすぐに知る。奥のカウンターとその近くのテーブルに、大剣を帯びた鎧姿があった。兜には見覚えのある紋章が刻まれている。

 ――帝国兵だ。

 ヒューは背筋に冷たいものを感じる。一気に筋肉が緊張して立ちすくむ。

「まったく、安い酒ばっかりだな」

「早く次の料理持って来いよ!」

 ほかの客は逃げ出したのか、兵士二人だけが店内に声を響かせている。どちらもまだ若く、一人は茶色の髪でもう一人は黒髪に黒い口髭を生やしていた。

 できるだけその姿から離れながら、小さな姿がヒューに駆け寄った。

「お兄ちゃん」

「ララ、無事か」

 長い金髪を二つに束ねた、十歳前後の少女が不安を隠せず、兄の袖にすがる。

 兄妹のもう一人の家族は、カウンターの奥でどうにか帝国兵をいなそうとしていた。

「三人とも、二階へ行っていなさい」

 合間に、祖父は動けずにいるヒューたちに声をかける。

 帝国兵たちをなんとかしようにも、子どもたちにそんな力はない。そして、なによりも帝国兵たちの背後にある帝国が彼らには恐ろしかった。

 三人は二階に登ると、ほっと一息つく。しかしすぐに背後でなにかが割れる音が響き、彼らをギクリとさせる。

「お兄ちゃん……このままじゃお祖父ちゃんが殺されちゃうよ」

 大きな目に涙を溜め、幼い妹は兄を見上げた。

「このまま大人しく帰ってくれるといいけど……そう都合良くはいかないか」

 何か助けになるものはないかと見回すが、もともとは書斎だったらしいこの二階の一室で目につくものと言えば本棚と本ばかりだ。ほとんどが両親の遺品で、金になりそうな道具などは売るか、ヒューの短剣のようにすでに兄妹の日用品として使っていた。

「助けを呼ぶ、とか? でもどうやって……」

 室内に窓はあるが、脱出できるような道具もない。それに、警備隊や自警団に助けを求めたとして、帝国という巨大過ぎる相手を背後に持つ兵士たちに対し何ができるのか。

 助けると報復があるかもしれない――そう判断され、助けることはできないと放置される可能性すらあるかもしれない。

「そうだ!」

 突然、ララが声を上げた。

 そして兄と幼馴染みが目を丸くするなか、幼い少女は本の山を崩し始める。彼女にとっては少し大き過ぎるくらいの本の重なりから、やがて一冊の古そうな本を見つけ出す。

 表題は〈召喚魔法書イグマ〉。誰が挟んだのか、白い栞があるページが必然的に開きやすくなっていた。

「前にお祖父ちゃんが言ってたの、強力な召喚士の魔導書があるんだって。強い精霊を召喚すれば、どんなことだってできちゃうんだって」

 祖先には強力な召喚士がいた――そんな話を、ヒューも祖父から聞いた記憶があった。

 妹から受け取った本を開くヒューの目には、自然と栞が入る。白い栞の端には持ち主の名前らしきものが書かれている。

 ――リリア。どこかで聞いたような。

 この女性の名に聞き覚えがある気がしたが、少年はいくら思い出そうとしてもなにも浮かんでは来なかった。それに、興味はすぐにこの危機を救ってくれるかもしれない魔法に移る。

 栞が挟められていたページの片方には魔法陣が描かれており、もう一方には説明が書かれていた。

「本物かどうかわからないけど、本格的だね」

 少し驚くヒューの後ろから、レジーナが覗き込む。

「ん……自らの魔力を媒介に光と闇の力を導き、異界から力あるものを呼ぶ。本の中の魔法陣に手を置き、頭の中で海を吸い上げる光景を思い浮かべ、次に書かれた呪文を唱えよ」

 読み上げられたことばに従い、ヒューは描かれた魔法陣の上に右手を置く。

「大丈夫? なにか代償がいるんじゃ……」

「すべての魔力を失う、とあるけど」

 この魔法は強力ゆえ、術者は使用中、すべての魔力を費やす――本にはそう書かれていた。

「あるかどうかわからない魔力より、目の前の助けたい人の方が大事だ」

 発動しないかもしれない。しかし、彼は祖先に召喚士がいたという話を信じた。ほかに頼れるものも思いつかない。

 魔法陣に手を置いたまま、本に書かれた呪文を読み上げる。


 万物に表裏あり

 歪なる鏡 醜悪なる蛹

 時に真を映すものなり

 我捧ぐ 緋の血潮

 静寂の道を編み 真なる名を紡げ


 なにかが吸い取られるような感覚に内心驚くものの、むしろその事実に力づけられ、ヒューは最後の一文を口に出す。

「誘え――鏡の中の星々」

 魔法陣が輝き、次に灰色の煙が噴き出した。無臭のそれは室内を満たすほど広く漂うが、すぐに薄れていく。

 あきらかな異変。

 少年少女は期待と不安を顔によぎらせる。

「成功したの……?」

 ヒューが無事なのを確認して、レジーナは煙の中へ目を凝らす。ララは彼女の腰につかまるようにしながら見回していた。

「我らを召喚した者はお前か?」

 耳慣れない声。

 思わず緊張して腰を浮かしかける少年の目に、煙の合間から現われた二つの姿が映る。

 一人は、波打つ長い金髪の美女だ。額に菱形の青い石が輝き、変わったドレスのような服も神秘的な印象をまとう。ヒューはそのドレスはなにかの本で見た、東方の民族衣装に似ていると思い出す。

 もう一人は不気味な目の紋様のある黒い帽子に短いケープ付きの黒の外套、首もとに紫のスカーフに紫のローブ。ベルトには剣を吊るしている。整った顔立ちの赤毛の剣士だが、左の頬に文とも絵ともつかない奇妙な模様が描かれている。

 学者風にも見える格好の小柄な剣士が、少年に鋭い視線を向けた。

「小僧……わたしが魔界の最高位貴族と知ってて召喚したのだろうな?」

「え……いやその」

 にらまれてヒューは怯んだ。

 召喚されたものは召喚士に絶対服従である――などというのは、単なる思い込みなのではないか。そう、初めて気づかされる。

「そう睨むんじゃないわよ、魔族」

 美女があきれたように言い、切れ長の目をさらに細める。

「まあ、この世界の召喚の仕組みとはいえ、こんなのと一緒なのは不満だけどね。上級聖霊のあたしともあろう者が」

 想像通りではあるが、どうやら、光のものと闇のものは仲が悪いらしい。

 イラついた様子で剣士は指をさす。

「なんで光の聖霊に尾っぽがあるんだ!」

 そう、今までヒューたちには見えていなかったが、美女には白いフサフサの尾があった。慌てて後ずさるドレス姿の後ろに、犬か狐のようなそれがチラリと見える。

「こ、これはオシャレよオシャレ。とにかく!」

 と彼女は少年少女たちに向き直る。

「光の神さまに仕える聖霊オーロラよ。よろしくね」

 その様子に剣士もあきらめたように、溜め息を吐いた。

「仕方がないな。召喚されたからには力を貸すのが契約だ」

 ヒューは内心ほっとする。召喚したものに術者が攻撃される、という事態にはならないようだ。

「闇の世界の住人だ。わたしのことはソルさまと呼べ」

「ほほー、誰が魔族を敬称で呼ぶかっての」

 即座にことばを挟むオーロラに、再び睨みつけるソル。

「あのー……」

 この二人は水と油だ。ヒューは召喚士としてなんとかしようと、口を開きかける。

 そのことばを、一階からの破砕音が遮った。

「おい!」

 さらに下から聞こえてくる帝国兵のものらしい声と、荒々しい物音。

「下はずいぶん賑やかね」

 さすがに、召喚された者たちの注意も階段の下へ向く。

 そこへ、ララが近づいた。すがるようにオーロラの手を握る。可愛らしい少女に頬をほころばせる美女を大きな目が見上げた。

「オーロラさん、ソルさま、お祖父ちゃんを助けて。このままじゃあ、帝国兵に殺されちゃうよ!」

「帝国兵、か」

 なにかを感じ取った様子で、ソルは腰のベルトから吊るした剣を軽く叩く。

「お願いします。祖父を助けたいから、召喚魔法を使ったんです」

 ヒューが頼んでいる間にも、怒号のような声が下から聞こえてくる。

「召喚士に頼まれては仕方がないな」

 肩をすくめながらも、魔族の剣士は階段の下に薄茶色の目を向けた。


 棚から落ちた酒瓶が割れ、血溜まりのように床を濡らす。

 カウンター裏では料理道具もぶちまけられ皿やコップも割れていた。その中央で白髪の店主がうずくまっている。

「お祖父ちゃん!」

兄妹が駆け寄ると、祖父は意識はあるらしく顔を上げた。しかし頬にも手の甲にも瓶の破片かなにかで切ったらしい傷がいくつも赤く走っている。

「大丈夫だ……その人たちは?」

「異世界からの助っ人よ」

 オーロラが守るように三人の前に入った。

 レジーナはいつでも使えるよう、ボウガンと矢を手にしてカウンター裏から狙いをつけている。しかし彼女の武器は殺傷能力が高く、あくまで最後の手段だ。

 唯一カウンターの前に立ったソルは、腰のベルトに吊るす、緩い曲線を描く刀身の剣を抜き放つ。

「迷惑な客には出て行ってもらう」

 何事かと眺めていた茶色の髪の帝国兵が立ち上がる。手には抜身の大剣を、兜の下に見える顔には笑みが浮かんでいる。

「おもしろい」

 身がまえる兵士は短身痩躯のソルよりずっと体格がよく、その手にかまえた大剣もソルの刀の倍以上の幅がある。簡単にへし折られそうなほどの差だ。

 強固な鎧兜に身を包んだ兵士は少しも怯むことなく、大剣を振りかぶり相手へ叩きつけようとする。

 ソルは重い大剣の一撃を直接受けず、刃を軽く合わせ滑らせるようにして受け流す。

 そして、その衝撃を乗せて刀を回し柄の端を相手に向けた。

「がっ!」

 喉を突かれ、兵士は倒れ伏す。

 ズシン、と床を揺らして仰向けに崩れ落ちた巨体を一瞥すると、魔族は確かめるように刀を握りなおす。

「あまり力も使えないし、ずいぶん中途半端な状態で召喚されたようだが……術者の力量によるものらしい」

 右手に刀を握ったまま、左手を軽く持ち上げる。

「しかし一応、術は使えるんだな」

 左の手のひらの上に火の球が浮かぶなり、ふっと消え失せる。

「貴様……魔術師か!?」

 残る兵士が驚き、少しだけ声に焦りをにじませた。彼のことばに、確かに剣士よりは魔術師に近い格好のソルは少し意外そうな顔をする。

「ほう。魔術師、というのもいるんだな」

 ヒューの目は、そのことばの間に兵士の手がテーブルの上のグラスを取るのを捉える。

「危ない!」

 飲み物が入ったままのグラスが飛ぶ。

 しかしその一瞬のうちに刀が閃いていた。

「小賢しい!」

 追撃の大剣ごと、グラスは真っ二つにされる。剣の滑らかな断面を目にした兵士はさすがに唖然とした様子だ。

「なっ……!」

 驚きの声も最後まで告げられず、兵士は前のめりに倒れ伏す。いつの間にか、その背後に黒衣の姿が移動していた。

 カウンターの奥でかざした手から、半透明な菱形の盾を発生させていたオーロラが少し不満そうに口を開く。

「ふうん……腕は悪くなさそうね」

 帝国兵二人は気を失い、倒れたまま動かない。目覚めたとしてもすでに戦意を失っているだろう。

「あとは、警備隊に行きずりの魔術師がやったとでも言って引き渡すことだね」

「あ、ありがとうございます……」

 歩み寄って来る魔族にヒューは礼を言うが、まだ終わってないという様子で相手は少年を素通りし、兄妹の祖父の前で膝をつく。

「これはサービスだからな!」

 彼が老店主の傷に手をかざすと、その手から柔らかな光が包み込むように降り注ぐ。

 光が消えた後には、傷は痕すら残っていなかった。


 簡単に店内の片づけを終わらせると、すでに陽も山並に沈み切る時間になっていた。

 帝国兵たちはすでに警備隊に連行されている。しかし普段の店内の様子にはまだほど遠く、営業再開にはもう数日はかかるだろう。

「召喚魔法か……話には聞いていたが、ヒューにも使えたとはな」

 全員分の茶を入れた後、店主は孫たちから話を聞いた。

 召喚魔法は強大な魔力が必要となる場合が多く、赤の他人から語られたなら信じがたい話だろう。しかし状況的にも、彼が孫たちを疑う理由はない。

「でも、このままだとほかの魔法は使えないわよ。用も済んだし、還してくれるんでしょ?」

 狐目の美女が口を開く。早く帰りたいと言わんばかりの口調。

 しかし、ヒューはそれに答える術を持たない。

「還す方法……って?」

 召喚したものを還す手段を持たない召喚士など存在するものか――そう思い込んでいたのだろう。それぞれ光と闇の世界の存在は目を丸くする。

 レジーナが二階から持って来た魔導書を開く。

「還す方法、ってのは載ってないみたいね」

「ふむ……」

 となりから店主が覗き込む。

「普通は術者の魔力が尽きても魔法は解除されるが、もともと魔力が代償であるこの魔法は違うらしい」

 そのことばに、美女の目の端がさらに吊り上がる。

「じゃあ、このままこの世界にいろってこと? どうするのよ。こっちにも都合ってものがあるのよ!」

 詰め寄られて、召喚士の少年はたじろいだ。

 初めて召喚魔法を使ったのだ。それも、ほかに手段はないという状況に思えていた。後先など考えているはずもない。

「まあ……呼べたなら還せるはずで、ほかの召喚士に聞けばわかるんじゃないかしら」

 レジーナが助け舟を出す。

 いくら詰め寄ったところで、無力な少年からはなにも出そうにない。それは一目で光の聖霊にもわかることだ。

 彼女は肩をすくめる。

「仕方ないわね」

「それしかなさそうだな」

 彼らの様子とは逆に、幼い少女だけは嬉しそうな笑顔を向ける。

「それじゃあ、しばらくよろしくね。オーロラさん、ソルさま」

 単純に人が増えたのが嬉しかったのだろう。その無邪気な様子に、渋い顔をしていたオーロラも頬をほころばせた。

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