11

 数日後にハルは思い切って売春街に立ってみる事にした。知り合いもいないし、どのようにして良いか勝手も分からないが、始めてみない事には何も言えない。

それにやっぱり無理だと感じたら、謝罪して断ればいい。

裾はボロボロになってしまってはいるが、少しは見栄えする方が良いだろうと髪を下して、グンターから奪い取ったボルドーのドレスを着ていく事にした。

日が暮れて辺りが薄暗くなってから家を出て、足早に歩く。売春街に着く頃には宵のうちになっていた。

 様子を見に来た時はもっと早い時間帯だった事もあってか、ハルが想像していた以上の人がいる。暗い中に淡い照明と、アロマだろうか通り中に漂う甘い香りで以前よりも一層妖しい雰囲気を漂わせていた。

とりあえず通りを歩いて抜けて様子を見てみる事にする。ハルは家を出た時の勇ましい気持ちとは裏腹に、ここまで来て怖気づいていた。

 ところがボルドーの高級ドレスを着て歩く銀の髪の美少女は逆に目立ってしまった。ハルは黒のローブを着て来なかった事を後悔する。

季節は大分暖かくなり、夜分でもそれほど冷えなくなっていたので、ローブは必要無いと考えてしまった。

すれ違う男はもちろん、客待ちしている女の視線も突き刺さる。ハルは段々と表情が硬くなり足早になってゆく。

 視線に耐え難くなったハルは、少し広めの路地裏に入って身を隠す事にした。

通りから見えづらい場所に入ったハルはほっと胸をなでおろす。

しかし、そこには身なりの良い、金の髪で青い瞳の中年の太った男が立っていた。

男は突然現れたハルに驚きながらも、興味津々といった目でハルを舐めるように見ると、


「いくらだね」


男は気味の悪い笑顔を見せてそう言ってきた。ハルは突然の事態に動揺し、何も答えられない。

 すると男は自分の胸から一目では金額が分からないが札束を取り出し、無理矢理ハルの手の中に入れた。


「気に入った。前金でこれだけやる。欲しければもっとやるぞ」


札束を持ったままハルが硬直していると、男は札束を持ったハルの手を掴み、もう片方の手でドレスの上から胸を触り出した。

 元々男性であったハルにとって胸を触られるのは初めての事だ。動揺を通り越して軽くパニック状態になってしまう。

更に男は、次は下半身を触ろうと手を下にやってドレスの裾を捲りあげる。男の手がハルの太ももに触れた。

 その瞬間にハルは男の股間に膝蹴りをした。頭はパニック状態になり反射的に出た行動だった。

その場に苦しそうなうめき声を出し、股間を押さえて蹲る男。ハルはその様子を見て、とにかくこの場から逃げなければ、と頭がいっぱいになった。

 ハルは男を置いて全力で走り出した。大勢の人目がある通りを抜けて、王都外地域に抜ける。

すれ違う多くの人がドレス姿で半泣きの顔をしながら走るハルを何事かと思い見ていた。

まっしぐらに走り、家に戻ってくると全身の力が抜けて扉の前に座り込んでしまう。

ハルに売春婦は無理だった。触られただけで強烈な拒絶反応をしてしまうようではキャバクラ嬢も無理だろう。

がっくりと項垂れて座るハルの手には札束が握られたままだった。


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