第46話 姉と弟(2)

「考えがあるって、何か強くなる秘策でもあるってこと?」


ヒオリは神妙な面持ちでミツキの言葉を受け止める。

ミツキは普段から意見を言おうとはしない。そもそもノラが全てをカバーしてくれていたおかげで言う機会がなかったというのもあるが、ミツキ自身が口にすることが少ないのだ。ヒオリにその理由はわからないけれど、きっと彼なりのポリシーがあるのだろうと思っていた。

そんなミツキがはっきりと言ったのだ。意見がある、と。そんな予想外の事態にヒオリの胸は期待に膨らんでいた。


「さすがにそんな夢みたいなことはできない。そもそも明日戦うわけだから、やれることも限られてくる。それに、今から強くなるなんて出来もしないことを考えてもしょうがないでしょ」


そんなヒオリの期待とは裏腹に、ミツキはいつも通り冷静に答えていく。少し呆れたように首を振る動作まで普段のままだ。ヒオリはムッとしながらも、質問を続ける。


「強くならないなら、どうやって役に立つのさ?」

「僕らがやるべきことは協力し合うことだ。この前の戦いのように自由気ままに敵を撃退しているままだと、すぐに足元をすくわれる。互いの長所を生かして戦わないと、また役に立たないまま後悔することになる。僕はそんなのは嫌だ」


ヒオリの間の抜けた質問に、ミツキは強い言葉で返す。

確かにミツキの言う通りだ、とヒオリはすぐに気付いた。思い返してみれば、この前の戦いでもコミュニケーションは取っていたものの、戦い方はそれぞれ好きなようにしていた。もちろん互いが互いをカバーする動きはあったが、それも気まぐれだったと言わざるを得ないだろう。そして、それが通用したのは、数が多かったとはいえ全部下位種が相手だったからだ。ノラやユズルが相手にしていた強敵には通用するはずがない。

ミツキの言いたいことはわかった。しかし、ヒオリの中ではまだモヤモヤした疑問が残ったままだった。


「あたしだって、ユズル様の役に立ちたい。そのためなら何だってやる。でも、長所を生かすって具体的にどうするのよ?別に今までだって協力してないわけじゃないと思うけど…」


ヒオリは思ったことをそのまま口にしてみる。ミツキの考えはわかるのだけれど、肝心の“どうするのか”という部分が抜け落ちていた。これでは結局のところ何をしたいのかわからないままだ。


「そんなのは僕にもわからないよ。だから二人で話すしかないんじゃないか」


ミツキはあっけらかんと言う。その“元から考えるつもりがなかった”とでも言いたげな様子に、ヒオリは思い切り肩透かしをされた気分になる。


「つまり、ほとんど無計画ってわけ…?それでよく『考えがある』なんて言えたわね…」


ヒオリは呆れながらも、再び衝撃を受けた。普段口にしない意見を言ったのならまだしも、あの“小言や文句をひっきりなしに言ううえに細かいことまで指摘してくる”ミツキが考えなしに話していたというのだ。

けれど、ミツキはそんなことを全く気にせず、すっきりとした涼しげな顔で答える。


「ひとまずはこの前の戦いの反省でもしてみようかと思ってさ。それに僕も変わっていかないといけないから、この先のためにも」


『変わっていかないといけない』

その言葉にミツキの真意が隠れているように感じた。きっとミツキも相当悩んだのだろう。これから自分たちの主の役に立つために何かできることがないか、と。


「そういう姉さんこそ、文句を言うなら他に良い案でもあるわけ?」

「それは…特にないけど…。あたしはもっとすごいのが来るかと思って期待してたんだよ…」


ミツキに聞かれて言葉に詰まるが、どうにも不完全燃焼なヒオリは口を尖らせる。そして、心の中で「だって、何も決めてませんって酷くない?」と密かに思ったものの、自分も言えたことじゃないと口に出すことはしなかった。


「それは期待外れで悪かったね。でも、僕が考える限りでは最も実現性が高くて、最も効果が期待できると思うんだ。それに、何も思いつかなくて一人でいじけてたどこかの誰かさんよりはよっぽどマシだよ」


ミツキは冷静に答えながらも、言葉の節々に皮肉を込めて言った。

その嫌味ったらしい言い草にムッとしながらも、ヒオリはミツキの反応を見て少し反省する。気にしていないように見えて本当は傷ついてるんだな、と不器用な弟のことがまた少しわかった気がした。


「はいはい…あたしが悪かったから…。ミツキって戦ってる時もこうやってウジウジ考えてそうだよね」


ヒオリはため息をつきながら、じと~っとした目でミツキを睨む。やっぱり、やられたらやり返さないと気が済まないのだ。


「そういう姉さんは考え無しに突っ込み過ぎ。まだ反応できてるからいいけど、毎回フォローしてる僕の身にもなってよ」

「うっ…それは、そうかもしれないけど…。そういうミツキは様子を見過ぎじゃない?押し切れる時に攻めないから時間がかかるのよ」


ミツキは腕を組みながら真面目に答える。毎回のように痛いところを突かれるヒオリは、売り言葉に買い言葉でミツキの欠点を指摘していく。


「たしかに警戒し過ぎてしまうところは僕の欠点かもしれない。でも、それは確実に仕留めるために必要なことだと思うんだ」

「普段はそれでいいかもしれないけど、今回はそうはいかないでしょ?それにきっちり相手を見ておけば、いきなり不意を突かれることなんてそうそう無いんだから」

「姉さんの反射速度ならそれでいいかもしれないけど、僕はそうもいかない。神威を集中させれば可能かもしれないけれど、無駄なところでの神威の消費は避けるべきだ。それに姉さんも集中し過ぎて視界が狭まっているだろう?」

「それは自覚してるけど、目の前の敵を倒すことが先決でしょ?もし視野が足りてないなら、それこそ協力すべきじゃない?」

「姉さんは――――――――――」

「そういうミツキこそ―――――――」


気が付けば夢中になっていた。ミツキが冷静に答えるのに対して、ヒオリは柔軟かつ大胆な発想でひっくり返す。他人からすれば言い争いをしているようにも見えるかもしれないが、これはれっきとした姉弟喧嘩だ。争うためじゃなく、分かり合うための。

主の役に立ちたい。その気持ちだけが双子の式の背中を押していた。

やがて夜も更け、明確な結論は出ないままだったが、互いに言いたいことはなくなっていた。お互いの気持ちが分かるようになった、とはとても言えない。けれど、楽しさとは少し違う、遊びの後の名残惜しい寂しさと消えていく高揚感を噛みしめていた。きっと、それは大きな糧になっていくことだろう。

そして少しの沈黙の後、誰が言い出したわけでもなく、おもむろにヒオリが立ち上がり、ミツキも身体を休めるように横になった。



「あ、そうだ…。えっと、一つ言い忘れてたことがあった」


ヒオリはミツキの寝室から出ようとした時、ふと思い出したように足を止めた。思わず口から言葉が出てしまった、といった表情だ。


「なに?主様かミヤさんから伝言でもあった?」


その様子を見て、再び眠りに就こうとしていたミツキが身体を起こす。物を忘れがちなヒオリのことだから、もしかしたら重要なことを言い忘れていたのかもしれない。そう思い、眠りかけていた頭を無理やり起こす。


「え〜っと、まあ、伝言といえば伝言かな…?いや、ちょっと違うかも…」


まるで言い訳をするようなヒオリの言葉は、ごにょごにょと次第に尻すぼみになっていく。そして、癖のように足の爪先でトントンと地面を叩く。

ミツキからすれば意味もわからなければ、ヒオリが何をしたいのかもわからない。


「………?どっちでもいいから、早く言ってくれない?こっちは病み上がりでキツいんだから…」


ミツキは呆れたように急かす。すると、ヒオリは顔を赤らめながら「あ~…」「う~…」と目線をあっちこっちに流してから、意を決したようにミツキの目を見る。


「………この前の戦いでもミツキのおかげで助かったから、その、ありがと…。…それだけっ!わかったら、さっさと寝る!」

「うわぁ…!」


ヒオリは小声で言った後、顔を見られないように布団をバッと広げてミツキに被せた。そして、足早に部屋を出ていくのだった。

まるで一瞬の嵐のような出来事にミツキの頭はしばらく追いつかないままだった。そして、ミツキがそのまま呆然としていると、ヒオリが外を駆けていく音と「うひゃあ…!?」と転ぶ声が聞こえる。

それを聞いた途端、ミツキは吹き出すように笑った。そして、被せられた布団から顔を出してからミツキは独り言で愚痴る。


「まったく…本当に世話がやける姉なんだから」


そうつぶやく横顔は、忙しない姉への優しい微笑みに包まれていた。

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