第38話 死闘

「はぁ…はぁ…はぁ…」


心臓の音がバクバクと頭に響いて止まらない。俺はふらつく足に鞭を打ち、手に持った刀を握り直して走り続ける。

そして、ただ力任せに刀を振るう。


「はぁぁぁぁああ!!!」

「フフ…まだこんなものではないだろう?」


レーゲンスはあっさりとその一撃を受け止め、お返しとばかりに雨のような槍の突きを放つ。

俺はその目で捉え切れないほどの連撃を必死に刀で受け流すが、もはや力の差は歴然だった。

そして、防ぎ切れなかった攻撃が俺の身体にいくつもの裂傷を残していく。


「ぐっ……!」


切り裂かれた肌からは血が止め処なく流れるが、俺は足を止めずに戦い続けた。


転生して、色んな人に助けられて、その結果がこれか。

この世界を救いたいだなんて大それたことを言っておきながら、結局俺が振りかざしていたのは自分勝手な気持ちだけだった。

誰かの役に立ちたかった。誰かに頼られたかった。

でも、俺がやっていたことは皆に良い顔をしていただけだったのかもしれない。


「君の正義を私に見せてくれたまえ。君がもっとあがいてくれなければ、私も本気になれない。死力を尽くし、醜いエゴとエゴがぶつかり合った先に本当の戦いがあるのだよ」

「うるさい…!」


煽るようなレーゲンスの言葉にも、苦し紛れの悪態しか言えることが思いつかなかった。

俺の目の前にいる奴はクズだ。それだけは間違いない。

けれど、俺が守ろうとした少女と何が違うのだろうか?

命が平等なものだとして、クズだったら殺していいのか?誰かの命を奪った者は殺されてしかるべきなのか?神だったら罰していいのか?


「君はまだ不完全だ。こんな体たらくでは、このホムラを背負うには力が足りない。そうは思わないかね?」

「ぐぁあ…っ!」


薙ぎ払われた槍が脇腹に直撃し、思い切り吹っ飛ばされる。

無防備だった部分がメキメキと嫌な音を立てて、全身に電撃が走るような痛みが襲った。

だが、その痛みに顔をしかめる間もなく、俺はまるでボロ雑巾のように猛烈な勢いで部屋の端まで飛ばされ、はるか遠くに見えていた岩の壁が一瞬で目の前に迫りくる。

思わず本能的に身体を守ろうとするが、気合いだけでその恐怖を蹴り飛ばし、無理やり足で着地した。

ドォォ…ンと地響きのような音を立て、足首まで岩にめり込んでいく。

余裕があれば「漫画のようだ」とはしゃげたのだろうが、勿論そんな余裕は微塵も残ってはいなかった。

そして、既にガタガタの身体に再び強烈な痛みがやってくる。


「ぐっ…はぁっ…はぁっ……!」


治癒に神威を回している暇など、どこを探しても見当たらなかった。

防ぐにしても、躱すにしても、全身全霊で挑まなければ今頃はもう死んでいただろう。

そして、全力で攻撃して打ち崩さなければ、レーゲンスが隙を作ってくれるなどあるわけがないのだ。


俺は刀を壁に突き立てて、埋まった足を引き抜く。

鈍い痛みはまだ残っているが、もはやそんなことを気にしている場合ではなかった。


そして、敵を見据えようとした瞬間、俺はすぐに横へと飛びずさった。

ほとんど反射的にだったが、俺の判断は間違っていなかった。

なぜなら、その直後に、レーゲンスによって投擲された漆黒の槍がさっきまで俺のいた場所に突き刺さったのだから。


強固な岩の壁にビキィッと幾多の亀裂が走り、周囲に凄まじい衝撃波をもたらす。

その暴風の如き大気の波は、土煙や岩石をまき散らしながらうねるように広がっていった。

だが、俺はその衝撃波に煽られながらも、すぐに体勢を立て直した。

槍を投げたということは、レーゲンスは武器を持っていないはずだ。ここで挑まなければいつまでたっても勝てはしない!

そう思い、俺はあたりに立ち込める土煙を掻き分けながら、真っ直ぐに爆心地へと飛び込んでいく。


だが、視界の端にその漆黒の槍を捉えた時には、レーゲンスがその槍を引き抜こうとしていた。

ただ走っていっても間に合わない。それなら―――!


俺は持っていた刀を思い切り、振りかぶった。

流し込まれていく神威によって、白い刀身がより眩く輝いていく。

そして、俺はその勢いのまま振り抜き、レーゲンスに向けて神威の刃を放った。


「いっけぇぇぇぇえええ――――!!!」


ありったけの神威を込めた鋭く白い刃は、地面を抉りながら神速で神々の敵へと向かっていく。

かつてノラに見せつけられた斬撃と比べても、勝るとも劣らない威力だ。


「フハハハハ…!そうこなくてはな!」


レーゲンスは高らかに笑いながら、全身から溢れ出る黒いオーラを身に纏った。

そして、神威の刃を受け止めるように前面へと展開する。あくまでもレーゲンスはこの攻撃を受け切るつもりのようだ。

その直後、白く輝く斬撃が切り裂くように漆黒の瘴気へと激突する。

神々に反抗する存在である虚霊の所以たる負の力と、人々の信仰によって生み出された神々の正の力がぶつかり合う。

白と黒の波動が混ざり合いながらも互いに反発し合い、周りに凄まじい余波をもたらした。


神威の刃は激突の時に一瞬減速したものの、レーゲンスの黒いオーラを物ともせず、抉り取るように突き進んでいく。

そんな神々の力を目の前に、虚霊の“主”はその顔から余裕の笑みを消した。

固く口を結び、それまで愉悦に浸っていた双眸は鋭く前を見据えている。

それは俺が初めて見たレーゲンスの本気の顔だった。

そして、斬撃が目の前まで近づいたその時、レーゲンスは引き抜いた漆黒の槍を手に取り、迎え撃つように身構えた。


「ハァァァァァアアア―――!!!」


レーゲンスが雄叫びを上げながら、神威の刃へと叩きつけるように槍を薙ぎ払う。

衝突。まるで雷が落ちたかのような炸裂音が響き、周囲の空気が軋む。

虚霊の“主”はその力を示すかのように深淵の暗闇を身に纏い、全力で立ち向かっていた。

決着はあっけないほど一瞬だった。

レーゲンスの漆黒の槍が神威の刃を打ち砕いたのだ。


「そん―――っ!?」


俺は呆然としてしまった。そして、それは戦場において最も致命的な行為だった。

レーゲンスは俺が放った全力の神威の斬撃を打ち破った直後、すぐに次の行動を起こしていたのだ。

いつの間にか目の前まで迫っていたレーゲンスの拳が、思い切り鳩尾へと突き刺さる。


「かはっ…!」


一気に神威を使った結果、まともに反応することも防ぐこともできずに地面へと叩き落される。

そして、受け身もとれずに地面を惨めに転がっていった。


「君の力はこんなものか…。少々興醒めだが、そろそろ終わりにしよう」


レーゲンスは少し寂しそうな、だが愉悦に歪んだ笑みを浮かべながら、俺を見つめていた。

俺はなんとか立ち上がったものの、足は覚束なく、視界もぼやけてきていた。そして何より、心が折れかかっていた。

形だけの構えを取り、ふらつきながらレーゲンスを見据える。

虚霊の王は容赦など微塵も感じさせず、ただその力を見せつけるように、高々と槍を頭上に掲げた。


『雷鳴を轟かせ、神々に鉄槌を』


そう唱えた直後、レーゲンスの槍から雷の塊が獣の姿を模して放たれる。

その青白い閃光はまるで生き物のようにうねりを上げながら瞬く間に迫りくる。

俺は圧倒的な力の差を目の当たりにして、ただ自分の身を守ることしかできなかった。

成す術など、持ち合わせているはずもなかった。


「ぐ…がはぁ…!!」


身体だけでなく、頭の中まで痺れるような電流が迸る。

痛みという感覚を通り越して、もはや自分が生きているのかさえわからなかった。

そんな神の姿を見て、レーゲンスは見下すように悲壮な表情になる。


「戦う気力さえ残っていないのか…。あまりにもあっけない」


言い返す言葉があるわけもなく、俺は刀を地面に突き立てて身体を支えることで手一杯だった。

だが、不思議と気力は湧いてきていた。

体力も残っていなければ、打開策も何もない。

それでも、俺の心の中はただ前に向かっていくことしか残っていなかった。


「……俺は弱いな。俺には正しさなんてものが何なのかもわからない。もしかしたら、お前が言っていることが正しいのかもしれない」


迷って、足掻いて、間違えてばかりだった。どうでもいいと放り出すこともあった。

けど、いま足を止めるわけにはいかなかった。

俺には自分が守りたい人たちがいて、自分を支えてくれている人たちがいる。

正義も悪も関係ない。今だけは、俺は俺の為だけにこの力を振るおう。


「でも、まだ折れるわけにはいかないんだよ!」


俺は叫びながら、刀を天高く真上に掲げる。

自分の中にある全てを吐き出すように、思いも魂も燃やし尽くす。


「おおおおぉぉぉぉぉおおおお―――!!」


神威が流れ込んでいくにつれ、刀身が爛々と輝く。それは命の灯だった。

さっきの一撃を遥かに超える光の力が収束していく。

それを見たレーゲンスも無言で、俺の攻撃を迎え撃つように槍を構える。

深淵の如き黒い力が再びその身体を覆い尽くしていく。


互いに限界近くまで力を練り上げ、この一撃に捧げていた。

そして、時を同じくして言葉を紡ぐ。


『我が根源たる黒の雷よ。神々にその威を示し、遥か果てまで鳴り響け』


「この力、この魂は、彼の者たちの為に!天を穿ち、全てを打ち砕く刃と成れ!」


『黒雷槍!』


「神威刃!」


藍と黒の電撃が重なり合うように漆黒の奔流となる。

その一撃は、ただ真っ直ぐに神の心臓を貫こうとしていた。


燃えるように輝く光は折り重なるようにして刃を模っていく。

その一撃は、ただ真っ直ぐに神の敵を打ち砕こうとしていた。


そして、ぶつかり合った。

遥か天にまで届きそうな光の柱と、地の底まで満たしてしまいそうな闇の柱が並び立つ。

その直後に、凄まじい衝撃がこの広い部屋を地響きのように揺らした。地面は粉々に砕け散り、その衝撃波で天井にも亀裂が走る。


結末はすぐにわかった。

なぜなら、俺の身体を漆黒の槍が貫いていたのだから。

痛みはなかった。ただ“自分が負けた”という事実だけが残っていた。


俺の刃は届かなかったのだ。

そして、俺は意識を暗闇へと手放した。

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