第6話 儀式
「無事逃げ切れたようじゃのう」
「……そうみたいだな」
ノラは影の化け物たちが消えたのを確認すると、神那へと飛ぶ方向を変えた。
気が付けば陽が落ちていき、あたりにも暗い夜の足音が迫ってきていた。
ゆったりと飛んでいるため、風が心地よく体を撫でてくれている。
「痛…っ!」
逃げ切るまで興奮で実感がなかったが、先ほどの戦闘で受けた傷が再び痛み出した。
至る所に切り傷や軽い刺し傷があるものの、この体が頑丈なせいか、思っていたよりも浅く済んでいた。
とはいえ、ノラが助けに来てくれなければこんな傷では済まなかっただろう。
―――――!?
そういえばノラはかなりの深手を負ったはずじゃ…?
「なあ!傷は大丈夫な―――!?」
「ん?そんなものはとうに治っておる」
言われた通り後ろから見てもノラの脇腹の傷は綺麗に治っており、白い柔肌が見えている。
しかし、服にはぽっかりと穴が開いたままのため、見てはいけないものを覗いているようで少し気恥ずかしくなる。
「な、なあ、これって服も直せたりしないのか?」
「直せなくはないが、お主にとっては神威の無駄遣いになってしまうぞ?」
「いや、そうじゃなくて…」
うまくバレずに誘導しようとしたが、ノラは全く気付いていない様子だ。
俺が口をもごもごさせて答えに渋っていると、ノラは合点がいったように声を上げる。
「なるほど…!すっかり忘れておった!」
「…………!!」
ノラはうんうんと頷きながら、1人で納得している。
まずい、変な目で見てるのがバレたか…?
「お主は怪我の治し方を知りたかったんじゃな?」
「って、違うんかい!いや、違わないけども!」
ドヤ顔で見当違いのことを言うノラに対して、思わずツッコミを入れてしまう。
実際傷が痛いのは本当のことだし、そこまで気を遣ってくれることにも感謝しなければならない。
「…………?」
「いや、いいんだ。続けてくれ…」
「…まあ、よい。やり方は簡単じゃ!神威を傷跡に集中させれば、あとは体が反応して治してくれる」
言われた通りに神威を体に張り巡らせてみる。
俺の場合はほぼ全身に傷があるため、体中に満遍なく流していく。
すると、見る見るうちに傷が治っていき、まるで元から傷がなかったかのように元通りになった。
「おぉ…!!これなら戦いながらでも傷が治せるってわけか」
「まあ先ほどのは例外として、本来ならば戦闘中に傷を治すべきではないのじゃ」
「………?なんでなんだ?」
「ん~…それは追々詳しく説明するとしよう。いまのお主に伝えても理解できぬと思うからの」
はぐらかされてしまったが、なにせ俺はあの影の化け物のことを何も知らなければ、神威の使い方もまともに分からないのだ。
恐らくノラは、そんな俺に細かい情報を断片的に伝えても理解するのは難しいと判断したのだろう。
「そんなことよりぃ~」
ノラがにんまりと笑いながらこちらを振り向く。
「お主、わしの素肌を見て興奮しておったな?」
「……え?あ、いや、違う!興奮はしてない!」
ノラからの不意打ちに反応できず、しどろもどろで否定をする。
そんな俺の様子を見て、ノラはクスクスと満足そうに笑う。
「よいのじゃぞ~、お主のために見せておるだけじゃからな~」
「う、うるさいな…!ちょっと…綺麗だなって思っただけだ」
とっさに口をついて出た言葉に、思わず自分の口を押さえる。
またいじられるネタを与えてしまった、と後悔する。
「そ、そうか…。お、お主が初心な反応ばかりするからこちらまで気恥ずかしくなってしまったわ…!」
しかし、ノラは照れながらぶっきらぼうに返事をして、ついと前を向いてしまった。
ノラの反応を見て、俺は俺で自分の言った言葉に照れてしまっており、何も言えなくなってしまった。
その後は2人とも言葉を交わすことなく、気まずい空気のまま神那へとたどり着くのだった。
☆☆☆
神那に着いた時にはすっかり夜になっており、虫のささやき声が暗く静かな森を彩っていた。
ちょうど1日ぶりに戻ってきた神那は、当たり前だが変わりなく、それが妙な安心感を与えてくれた。
「さて、戻ってきて早速じゃが、お主にはやってもらわねばならぬことがある。お主も色々と聞きたいことはあるじゃろうが、それは後ほど順を追って説明するとしよう」
服も綺麗に直したノラはいつもの調子で切り出す。
聞きたいこと、というのは“影の化け物”を指しているのだろう。
たしかにホムラにあんな化け物がいるのは想定外だった。
ノラが当然のごとく短刀で倒していたところを見ると、これまで幾度も戦ってきたのだろう。
つまり、今後俺が戦う必要性も出てくるのかもしれない。
それに、あの化け物がこちら側の存在なのも気になる。
どちらにしても、まず間違いなく
これ以上あれこれ考えても仕方ないだろうし、とにかくノラの"やってもらいたいこと"をこなしていこう。
「わかった。それで何をすればいいんだ?」
「まずは、お主に正式に神になってもらわねばならん」
「正式にって、俺はまだ神になっていなかったのか…!?」
「いくらわしらとて異世界の人間を勝手に神にしたりはせぬ。形式的ではあるが、同意の下で儀式を行わなければならないのじゃ」
ノラの言葉に少し疑問が残る。
建前的にはそうだろうけれど、本音は神にする前に適性のない輩を排除しておきたいというものだろう。
我ながらクリアできたとは思えないけれど、認められたことは確かなようだ。
それに、ここまできたら腹は括っている。
「ああ、いいぜ」
「では、神樹までゆくぞ。この儀式は神樹の前でしかできぬからな」
そう言ってノラはとことこと神樹まで歩いていく。
俺が最初に目覚めた場所である“神殿”の隣にある巨大な樹が“神樹”である。
高さだけでも20mはあるだろう。
根元から見上げると、天にまで届くのではないかと思うほどの立派な大樹である。
幾重にも重なる枝葉が悠々となびいている姿は、この樹が過ごしてきた年月の長さを物語っているように見えた。
「この樹、ただの置物じゃなかったんだな。てっきり人間にありがたがられる為にあるのかと思ってた」
「そんな無駄なものをわざわざ置いておくわけがなかろう」
ノラに呆れたような声で返される。
そりゃそうだよな、と思いつつ、なぜだか神樹に既視感が湧く。
「ああ、いや、そうなんだけどさ。俺のいた世界にはそういうものがあったから、少し懐かしくなったんだ」
「ふむ、それは神樹がお主の世界とつながっておるからかもしれんの。この世界とお主の世界、そして天界をつなぐ点となっておるのが、この神樹なのじゃ。………念のため釘をさしておくが、この神樹をいくらたどろうとも元の世界に戻ることはできぬ。一度生まれた命を戻すことができぬように、世界の流れに逆らうことはできんのじゃ」
ノラがバツの悪そうな表情で付け加える。
元の世界を懐かしんでいる姿が未練を持っているように見えたのかもしれないが、自分でも驚くほど元の世界のことが気にならなかった。
前世でどうだったよりも、これからのことを考えられるようになったからだろう。
「…もはやこの言葉は不要だったようじゃな。では、はじめるぞ!」
ノラは俺の様子を見て安心したようで、意気揚々と儀式の始まりを宣言した。
そして、祈るように神樹に手をあてる。
そうすること数秒、それまではただの大樹と変わらなかった神樹が光り輝きはじめた。
葉からは光の粒が雫のように滴り落ち、幹や枝の中を光の流れが鼓動するように巡っていく。
その姿は“神秘”という言葉を体現しているようで、ただひたすらに美しかった。
俺が輝く神樹に感動していると、ノラが短刀を携え、こちらへ歩いてきた。
「ふぅ~…、あとはあの恥ずかしい祝詞だけじゃな…」
「この儀式って、俺は何かすることあるのか?」
「お主は見ているだけでよい。あとは神樹が自ずとやってくれるからの」
ノラは俺の言葉にも面倒そうに尻尾をパタパタと振りながら答える。
そして、深呼吸をすると、バッと短刀を横に振りかざす。
「お主が我が神となることを決意するのであれば、わしはお主が道を切り開くための剣となり、お主を阻むものから守るための盾となろう。迷える時には灯を照らし、危うい時には手綱を引く者となろう」
言い終わるや否や、ノラが手に持った短刀で地面をカーンと叩く。
すると、神樹に満ちていたまばゆい光が外へと溢れだし、俺の体をそっと包み込む。
その眩さに思わず目を瞑ると、一瞬で意識が遠のいていくのだった。
夢を見ていた、そんな気がする。
何か大事なもののために戦っていたはず。
手に持っているのは武器か…?
敵は少女…?いや、少年のような気もするし、影の化け物だったかもしれない。
考える間もなく微睡みが押し寄せ、記憶が塗りつぶされていく。
ただ、そのとき体を包んでいた燃えるような興奮だけが、刻み込まれるように、たしかに残っていた。
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