1428.構文篇:キャラクターは書き手よりも賢くなれない

 今回は「書き手より賢いキャラクターは生み出せない」についてです。

 どんなに天才的なキャラクターも、肝心の書き手が凡才では描きようがありません。

 マンガの大場つぐみ氏&小畑健氏『DEATH NOTE』の夜神月とLの高度な心理戦も、大場つぐみ氏の頭脳に収まる範囲です。

 マンガの甲斐谷忍氏『LIAR GAME』も頭脳を駆使した生き残りゲームの発想は甲斐谷忍氏の頭脳を出ません。

 書き手よりも賢い頭脳は到底操れないのです。だからシャーロック・ホームズがいかに天才的な洞察力や推理力を持っていても、それは著者であるサー・アーサー・コナン・ドイル氏の頭脳で構築しうる存在なのです。




キャラクターは書き手よりも賢くなれない


 登場人物にきわめて頭のまわるキャラクターがいるとします。

 どれほど頭のよいキャラクターにできるか。ちょっと考えてみてください。

 すると気づくはずです。

「キャラクターは書き手のあなたよりも賢くなれない」のです。




組織戦は兵法を知らないと嘘くさくなる

 私は小説で組織戦つまり「軍隊対軍隊の戦い」を描きたかったので、中学二年生のときに中国古典の孫武氏『孫子』を読みました。するとどんな戦い方をすれば勝てるのか。どんな軍隊だと負けるのかがわかったのです。

 もし『孫子』を読まずに組織戦を書いていたら、とても嘘くさい展開しか書けなかったでしょう。

 書き手が『孫子』を始めとする兵法に詳しくないのに、兵法巧者は描けません。

 アニメの黒田洋介氏『コードギアス 反逆のルルーシュ』は用兵の天才ルルーシュを主人公にしています。それだけ用兵に詳しい書き手でなければ、ルルーシュは策略家として二流もよいところです。

 黒田洋介氏は少年たちによる百家争鳴の群像劇である『無限のリヴァイアス』や、戦略なんてクソ喰らえな『スクライド』などを手がけています。まさに当代きっての兵法巧者です。実にさまざまな思想や用兵に精通し、疎い人から見れば黒田洋介氏の描く主人公はとても賢く映えるのです。

 スポーツマンガでも知識がある書き手とない書き手では説得力が違います。

 高橋陽一氏『キャプテン翼』はキャラクターがなにがしかの必殺技を持っているのですが、これがとことん胡散くさい。大空翼のドライブシュートは実在するキックですが、日向小次郎のタイガーショットや立花兄弟のスカイラブハリケーンなどはありえません。得体のしれない技だからこそ小学生が夢中になったのでしょう。しかしサッカー部に入ったら「キャプテン翼」技は厳禁です。スカイラブハリケーンなんてスパイクでやったら負傷者続出ですからね。マンガのように綺麗に相手の足裏に乗れるわけがありません。

 その点、トレース疑惑がありながらも井上雄彦氏『SLAM DUNK』はNBAの熱狂的な信者が描いただけあってバスケットボールの戦術にも精通した不朽の名作です。このたび新作アニメ映画化が決定して話題になっています。これも他の追随を許さないリアルさの賜物です。

 スボーツマンガは作者にどれだけ造詣が深いかを見透かせるジャンルといえます。

 ロサンゼルス・オリンピックで体操・種目別鉄棒の金メダリストである森末慎二氏が原作を務めた菊田洋之氏作画『ガンバ! Fly high』は、とくに鉄棒の技においてひじょうに傑出した離れ業をいくつも開発しています。森末慎二氏に種目別金メダルが獲れるだけの実力と知識があったからです。しかもいくつかはすでに実戦で成功されている技もあります。

 その森末慎二氏が一枚噛んだアニメ・MAPPA『体操ザムライ』も鉄棒での三回宙返り懸垂「アラガキ」が登場する説得力のある演技シーンが観られました。MAPPAは『ユーリ!!! on ICE』の制作会社でもあるため、選手の芸術的な動きを再現させる特異な才能が結集しているのでしょう。




AIを超える藤井聡太二冠

 将棋を知らなくても今や誰もが知っている存在が藤井聡太八段・二冠です。

 彼は終盤の寄せがひじょうに強いことで知られています。それもそのはず。プロ入り前から詰将棋の世界では名の知れた人物だったのです。つまり終盤の寄せの手筋を正確に間違わず指せるだけの頭脳を持っていました。

 藤井聡太八段はそのぶん序盤の展開にやや課題があり、高段者との対局でしばしば序盤の読み違いで敗北を喫しているのです。

 しかし対戦を重ねるほど中盤で繰り出す形勢逆転の一手は、局面判断を担当するAIの予測すら超えてしまいます。

「AI超え」は「2020ユーキャン新語・流行語大賞」にもノミネートされたほどです。

 これは2020年6月28日に行なわれた棋聖戦五番勝負第2局で指した58手目「3一銀」を示しています。実はこの一手、AIが6億手を読んでようやく最善手であると導き出されたものなのです。実際にこの一手が指されたときAIは「悪手」と判断しています。

 まぁ将棋は奪った駒を再利用できる「世界で最も複雑な手筋を持つボードゲーム」です。ただ駒を奪い合うだけのチェスはすでにAIが人間の世界チャンピオンを凌駕しています。しかし将棋はいまだAIがトップ棋士の域に達していないのです。

 ではあなたが藤井聡太八段・二冠を主人公とした小説を書こうとしたらどうなるか。

 盤面での勝負は書けません。私たちには藤井聡太八段・二冠には遠く及ばない棋力しかないからです。だから藤井聡太八段・二冠が手筋をひらめく心理を描写しようにも、わからないものを書かなければならないので、表現のしようがありません。

 つまり藤井聡太八段・二冠に勝てないかぎり、藤井聡太八段・二冠を主人公にはできないのです。対局の推移を書かず、対局に挑む心意気やルーチンなどを書くくらいならできるでしょう。歌ですがアリスの『チャンピオン』は、年若の挑戦者と戦うチャンピオンの心意気を書いた名曲です。このような心境を書く物語なら誰にでも書けます。

 どうしても藤井聡太八段・二冠の対局を書きたいのであれば、過去の棋譜を再現するしかありません。その方法で描かれたマンガがほったゆみ氏&小畑健氏『ヒカルの碁』です。囲碁ではありますが、対局をふんだんに盛り込んで一大「囲碁ブーム」を巻き起こした名作マンガ。本因坊秀策の棋譜の再現と、それを元にした新手筋の考案など囲碁の可能性を開いた点で傑出しています。

 藤井聡太八段・二冠は「AI超え」を続けられるのか。将棋の新たな地平を切り開く姿は、物語にすると映えそうですよね。

 藤井聡太世代の前は、羽生善治九段・永世七冠の世代がありました。この世代もけっこう物語になっています。(その間にも佐藤天彦氏・豊島将之氏らの世代がありますが)。

 マンガの羽海野チカ氏『3月のライオン』は羽生善治九段・永世七冠も愛読しているようなので、矢崎学九段監修もあって将棋ファン必見の作品です。

 つまり将棋界の最高位である九段が監修について初めて「将棋マンガ」は成立します。

「AI超え」した藤井聡太八段・二冠を主人公にした物語は、彼が監修しないかぎり成立しようはずもないのです。

 それとも、世の中には藤井聡太八段・二冠を超える才能がいるのでしょうか。いるとしたら九段のトップ棋士くらいですね。





最後に

 今回は「キャラクターは書き手よりも賢くなれない」について述べました。

『銀河英雄伝説』でラインハルト・フォン・ローエングラムやヤン・ウェンリーなどが見せる華麗な戦術は、書き手である田中芳樹氏に知識がなければ書けなかったでしょう。

 私も『銀河英雄伝説』から「ゲームで戦略・戦術を書くには兵法を知らなければならない」という確信を得て、まず中国古典・孫武氏『孫子』を読み解きました。

 兵法も知らずに戦争小説は書けない。少なくとも私の確信です。

 小説投稿サイトで流行りの「異世界転生」「異世界転移」などの「異世界ファンタジー」は「中世ヨーロッパのような」国と国が相争う兵法必需の世界となります。それなのに兵法の観点から掲載作や「小説賞・新人賞」応募作を読んでも、多くは「これは兵法ではありえないな」と思う戦い方をしているものです。

 兵法に詳しくないけれども「中世ヨーロッパのような剣と魔法のファンタジー」が書きたいのなら、軍隊同士の戦いを書かなければよいのです。国同士が争う場面を克明に描写しようとするからボロが出ます。

 ただし「剣と魔法のファンタジー」は宮本武蔵の言う「小の兵法」つまり「一対一」や「一対多」の戦いが必ずありますから、やはり兵法は知っておいたほうがよいですね。



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