454.発想篇:憧れを身近に

 本日は「憧れを身近に」することについてです。

 多くの作品において、主人公が憧れる人物と近づくことで物語が進展していきます。





憧れを身近に


 幼い頃から剣道に打ち込んでいる人は宮本武蔵氏に憧れているかもしれませんし、柳生一族に憧れているかもしれません。

 とくに伝承の存在である柳生十兵衛はたびたびテレビドラマ化されています。

 すぐれた剣士ほど、とにかく強い誰かに憧れているはずです。

 なぜ剣道の話をしたかといえば、武道としての歴史が長いから。

 柔道は嘉納治五郎氏が講道館柔道をまとめ上げてから137年ほどしか経っていません。

 剣道は直心影流の長沼国郷氏が面・小手を製作して「竹刀打ち込み稽古法」を作り出してから307年ほど経過しています。

 憧れは目指すべき目標となります。

 読み手にとって、憧れの存在に近づけるのなら是が非でも読みたくなるものです。




ソードアート・オンライン

 川原礫氏『ソードアート・オンライン』(『SAO』)の主人公であるキリト(桐ヶ谷和人)はVRMMORPG「ソードアート・オンライン」においてユニークスキル「二刀流」を持っています。

 剣術の世界で「二刀流」といえば二天一流の開祖である宮本武蔵氏です。

 佐々木小次郎(岩流)との「巌流島の決闘」で有名ですが、13歳で著名な兵術家に勝利し、16歳で「関ヶ原の戦い」へ黒田如水のもと東軍に参加して九州で戦っています。

 その後、名のある兵術家六十余人と戦ってすべてに勝利したのです。

 「大坂の陣」「島原の乱」にも参加し、晩年『五輪書』を記して黒田藩細川家に渡っています。

 異説が多いのでどこまでが真実かはわかりかねますが、「六十余戦無敗」であることは、病没したことから正しいのではないかと推察されます。

 そんな剣術家憧れの存在である宮本武蔵氏の代名詞が「二刀流」です。

 VRMMORPGにおいて主人公キリトが「二刀流」のユニークスキルを持っていることは、そんな憧れの宮本武蔵氏を身近に感じる設定だと思います。

 川原礫氏が最初から主人公を「二刀流」にする予定だったとすれば、剣術家の憧れの存在を自身の小説に出したかったのかもしれません。

 また『SAO』はとくに西洋の「剣と魔法のファンタジー」世界ですから、そこに宮本武蔵氏を登場させたらどうなるのだろうという好奇心も湧きますよね。

「憧れを身近に」するにはうってつけの設定でした。




やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

 渡航氏『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』は主人公の比企谷八幡が入学式当日に車に轢かれそうになった犬を助けて負傷し、入学式に参加できなかったのです。

 そのことから友達を作りにくくなり、自暴自棄になって「ぼっち宣言」をして友達を作らず、「ぼっち」を謳歌するようになります。

 見かねた生活指導担当教師の国語教師・平塚静が、八幡を「奉仕部」へと強制入部させるのです。

 そこには学校一の才女である雪ノ下雪乃が所属していました。

 しかし八幡は部活動にやる気を見せないため、平塚静が八幡と雪乃に「どちらが依頼を多く解決できるか」勝負を持ちかけます。

 雪乃は正攻法で解決させようとしますが、すべての問題が正攻法で解決できるものでもありません。

 そんなとき八幡が彼の考えた独自の解決法によって、すべてを解決していくことになります。

 そして依頼人の一人であり、八幡への特別な感情が見え隠れする由比ヶ浜結衣も「奉仕部」へと加わることになるのです。

 こうしてぎこちない三角関係が始まります。

 学校一の才女である雪乃と美少女の結衣は、ひねくれ者の八幡から見ればある種「憧れの存在」とも言えます。

 とくに読み手として八幡に感情移入している読み手からは二人は「憧れの存在」なのです。

「奉仕部」を通じて出会った三人ですが、八幡はあることを知ります。

 入学式当日に助けた犬の飼い主が結衣であり、八幡を轢いた自動車に乗っていたのが雪乃だったのです。

 この真実を知ったことにより、八幡は二人と相次いで距離を置くようになります。


 本来なら「美少女二人に囲まれている」いわば「両手に花」の状況、読み手からすれば「憧れを身近に」できたはずです。

 なのに八幡は二人から寄せられる好意に「自分への贖罪」を感じてしまい、また「ぼっち」の殻に閉じ籠もろうとします。

「憧れを身近に」したのに、身近になった動機に思いを巡らせて、「憐れみ」を感じてしまったのです。




はじめの一歩

 マンガの森川ジョージ氏『はじめの一歩』では、高校生の主人公・幕之内一歩が同級生からイジメを受けていました。

 その場に居合わせたプロボクサーの鷹村守がイジメっ子を追い払ったことから、一歩は鷹村のことを調べ始めます。

 そして書店でボクシング雑誌を見て、鷹村が全日本新人王だったことがわかったのです。

 後日鷹村と再び出会って「ボクシングをしたい」と語りますが、鷹村は一歩にある試練を課します。

 時間ギリギリまで粘ってなんとか試練をクリアし、鷹村から鴨川ジムへの入会を認められるのです。

「憧れ」だった鷹村を「身近」にできた一歩は、鷹村の超人的なまでの強さを目の当たりにして「強いってなんだろう」という「謎」が浮かんできます。

「憧れを身近に」したことで浮かんだ「謎」を「解き明かす」ために、一歩は会長の鴨川源二によるハードワークに耐え、東日本新人王を獲得するのです。

 ですがこの段階でもまだ「強いってなんだろう」という「謎」を「解き明かす」ことができませんでした。

 現在は引退状態ですが、これから先一歩はどうにかして「強いってなんだろう」の答えを探すことになるはずです。




ウイングマン

「憧れを身近に」といえばマンガの桂正和氏『ウイングマン』が挙げられます。

 主人公の広野健太は「無敵のヒーローであるウイングマンになりたい」と、自らコスチュームを作って中額中学校に通っているのです。

 そしてある日の帰り道に気を失っている謎の少女を見つけて自宅へ連れ帰ります。

 すると彼女が持っていたまっさらなノートを見つけるのです。

 健太はまっさらなノートを見ると「ウイングマン」を描かずにはいられません。

「ウイングマン」を描いて合言葉も書いたのち、ついいつものように変身の合言葉を叫びます。

 すると全身を激しい痛みが襲い、痛みが引いたとき「憧れ」だった「ウイングマン」に変身していました。

 これは端的に「憧れを身近に」した出来事でした。

 まぁ技もないし体も出来ていないので「無敵のヒーロー」には程遠かったのです。

 そこで「憧れ」により近づくために、技の開発と体力の強化に励むことになります。

 そして最終的に、健太は「無敵のヒーローであるウイングマンになる」という「憧れ」を現実のものとするのです。


「憧れ」は手に届かないから「憧れ」なのです。

 それが「身近」になったり「憧れ」そのものになったりすれば、ひじょうに魅力的な物語となります。





最後に

 今回は「憧れを身近に」することについて述べてみました。

 人にはすべからく「憧れ」が存在します。

「憧れ」に少しでも近づこうと努力するのです。

 結果として「憧れ」ていた状況や状態になるのが、主人公の目標になります。



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