449.発想篇:名探偵の発想法
今回は「探偵の発想法」についてです。
名探偵が挑むのはたいていが密室殺人です。
「手がかり」を見つけても名探偵はその機能を考えません。
自分が犯人だったら、どうやって密室を作り出すか。
そう考えます。
名探偵の発想法
小説の世界では数々の名探偵が時々刻々と謎を解いています。
中には「よくこんな謎を解き明かしたな」と思うような奇抜な「トリック」を見抜いてしまう名探偵がいるのです。
名探偵は数少ない手がかりから、どのようにして「トリック」を暴いているのでしょうか。
機能を考えてもトリックは暴けない
推理ものを読んだり観たりしていると、都度読み手や視聴者に対して事件の謎を解く「手がかり」が提示されます。
しかし読み手や視聴者はその「手がかり」を見ても、なにも思い浮かびません。
なぜかといえば、「手がかり」を見てその機能についていくら考えても、「トリック」は暴けないからです。
たとえば容疑者の自宅に「太い麻縄」が隠されていたとします。
これを使って被害者の首を絞めたのだとすれば、探偵や刑事が働かなくても事件はすんなりと解決するのです。
ですが被害者には首を絞められた痕跡は無く、鋭利な刃物で心臓を一突きされて亡くなっていたとすれば、その「太い麻縄」は凶器とは言えません。
このようなミスリードは推理ものには付き物です。
数々出てくる「証拠品」は事件と関係しているのかいないのか。
それを決めるのは書き手だけです。
では読み手が書き手を出し抜いて、主人公より先に真犯人を見つける術はないのでしょうか。
実はあります。
それは「証拠品」の機能に目を向けるのではありません。
自分が犯人だったらどうするか
名探偵の多くが用いている推理思考は「自分が犯人だったらどうするか」を考えることから始まります。
推理ものといえば「密室殺人」が付き物ですよね。
このとき「密室にいる被害者をどうやって殺したのか」を考えてはなりません。
「どうやって密室を作り出したのか」を考えるのです。
たとえば室内にテープ録音機能付き電話があり、入り口のドアの下には五ミリの隙間があったとします。
これで密室を作ろうと思えば、まずテープ録音付き電話のテープを引き抜いて、入り口のドアの下から部屋の外まで出します。そして部屋に鍵をかけてテープにセロハンテープで鍵をくっつけて、携帯電話から密室にある電話にコールして留守電を作動させるのです。するとテープが巻き取られながら鍵が室内へと入り込み、電話のカセットテープの上に鍵を乗せることができます。
でもこれだとテープ録音機能付き電話の上に乗ってしまうのでトリックがすぐバレてしまうのです。
そこで鍵に糸を通しておき、テープ録音機能付き電話の上に鍵が乗ったのを確認してから糸を両方引っ張って適度に電話から離して糸の片方だけを引いて任意の地点に鍵を置きます。
これを「証拠品の機能から考える」と膨大な試行錯誤を繰り返さなければなりません。
犯人の気持ちになって、どうしたら「密室を作り出すことができるのか」という発想に切り替えただけで、さほど頭を悩ませることなく「密室を作り出した」手口が見えてきます。
その場にあるものを活かして、それでも足りないものがないかを考えるのです。
この発想から新たな「証拠品」が見つかることがあります。
小説の文章に登場する「証拠品」の機能がわかってもそれだけでは密室の謎は解けません。
「自分が犯人なら、ここにあるものを使ってどうすれば密室が作れるか」に焦点を合わせましょう。
これが凡人と名探偵の発想力の差なのです。
この発想法は推理ものにはてきめんの効果をもたらします。
それだけでなく、恋愛ものでもアクションものでも、「どうすればこの状況を作り出せるのか」を緊密に練り上げていく工程で活かさせる発想法です。
もちろんファンタジーものでも有用な発想法なので、すべてのジャンルの書き手にオススメします。
アリバイはミスリードのためにある
推理ものといえば容疑者の「裏をとる」つまり「アリバイ」を探すことが第一になります。
しかしこの「アリバイ」は書き手が意図的に作り出した「偽りあり」のものを含むのです。
どの推理ものにも「アリバイトリック」が存在します。
真犯人は必ず「アリバイ工作」を仕掛けていて、犯行時間の「アリバイ」をでっちあげてくる。
つまり「アリバイトリック」が生まれてきます。
逆に言えば、推理ものでは当初「アリバイ」が立証されなかった人物が真犯人になることはひじょうに稀です。
小説にするくらいの頭をひねった作品の場合、たいていの真犯人は当初「鉄壁のアリバイ」を有していた人物であることが多い。
とくに「小説賞・新人賞」を狙っている作品なら、「意外な真犯人」は欠くことのできない存在になります。
推理ものにおける当初の「アリバイ」は、読み手をミスリードして真犯人を隠すために存在するのです。
そのことが頭に入っていれば、真犯人は「アリバイ工作」をしていた人物であると見てよいでしょう。
そもそも「アリバイ工作」をしなければならない人物は、なにか良からぬことを抱えています。
たとえば深夜残業していると「アリバイ工作」をして、居酒屋で仲間と酒を泥酔しない程度に飲んでいる。
これも良からぬことですよね。
こんな「犯罪」とも言えないようなことですら、人は「アリバイ工作」をします。
本物の犯罪の場合も、衝動犯以外は必ず「アリバイ工作」をしていると見てよいでしょう。
では「アリバイ工作」をした「アリバイトリック」を見破れないものでしょうか。
簡単に見破れます。
こちらも探偵の発想法です。
「もし自分が犯人なら、どんなアリバイ工作をして犯行時刻にアリバイを成立させる、つまりアリバイトリックを生めばよいのか」を考えます。
小説への応用法
小説において「名探偵の発想法」を取り入れるには、「対になる存在」が「なぜこんなことをするのか」を「あらすじ」段階から規定しておきましょう。
それを明確にしてあれば、小説の文章でミスリードを仕掛けても、描写の端々から「対になる存在」の本心が垣間見えるようになります。
「それだと『対になる存在の胸中』が読み手にバレるからダメなんじゃないの」と思われますよね。
たしかにその面もあるのですが、読み手はある程度予測した物事が目の前に現れないとかえって不安になるものなのです。
だから「もしかして『対になる存在』はこんなことを考えているんじゃないのかな」と読み手に予想させておくことで、『対になる存在』の胸中が明らかになった際に呆れられなくなります。
もちろん読み手の想像から少し離れた結果が出れば、より読み手を驚かせられるのです。
ですが読み手の想像とは真逆な展開を迎えてしまうと一気に白けてしまいます。
「対になる存在の胸中」は「
そのうえで読み手の想像のギリギリ範囲内に入っていれば、読み手も納得の展開になります。
もし読み手の想像を超えた展開になってしまうと、それまで前のめりで読んでくれていたのに一気に白けて「駄作」扱いされるのです。
この違いが理解できないと、適度な「情報の開示」はできません。
「胸中を知られてはならない」「でもそうなりそうな前フリ(伏線)がなければならない」「前フリ(伏線)もなくとてつもない出来事を起こしてはならない」ということです。
また名作となった作品を見て、どんなふうに「『対になる存在の胸中』を明かしているのか」「伏線をどう張り巡らせて回収していっているのか」「伏線もなしに出来事が起こるようなことはあるのか」について分析してみてください。
それが「名探偵の発想法」につながります。
最後に
今回は「名探偵の発想法」について述べました。
犯行現場で遺留物つまり「証拠品」を手に入れて、そこから推理を始めるのでは、可能性が膨大になってしまいます。
そうではなく、先に犯人の気持ちになって行動してみましょう。
そのときなにが必要となるのか、その場にないなにが必要となるのかを発想していくほうが、逸早く犯人と犯行の謎を解くことができます。
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