404.深化篇:登場させたら使い倒せ

 今回は「人物」を登場させたら「有効活用すべき」だということについてです。

 重要な役割を持たない人に、取り立てて名前を付ける必要はありません。





登場させたら使い倒せ


 小説にムダを書いている余裕はありません。

 人物を登場させたら、その人物になにがしかの役割を与えなければ、登場させた意味がないのです。

 さして役割がないなら「村人たち」のように「モブ」にしてしまいましょう。

 役割を与えられた人物なら、重要な役割があれば名前も必要ですし、きちんと役割を果たしてもらわなければなりません。




名前を与えると真実味リアリティーが増す

 中国古典に『三略さんりゃく』という兵法書があります。

 この『三略』の逸話をご紹介しましょう。

 いん王朝末期から周王朝初期に活躍した軍師「太公望たいこうぼう呂尚りょしょう姜子牙きょうしがとも)が二つの兵法書を残したとされています。

 それが『六韜りくとう』と『三略』です。

 このうち『三略』は漢の高祖・劉邦りゅうほうの軍師を務めた張良ちょうりょうが手に入れたとされています。

 若き日の張良がある朝、橋の上で「黄石公こうせきこう」と名乗る謎の老人と出会います。

 困っている様子の老人を見て張良は声をかけるのですが、「翌朝もここに来なさい」と言われるのです。

 そして翌朝も橋の上に向かうと「翌朝もここに来なさい」と言われます。

 こういうことが幾度も続きますが、張良は必ず老人を訪ねに橋の上に行ったのです。

 きちんと言いつけを守った張良に、黄石公は太公望の兵法書である『三略』を授けて消えたといいます。

 この逸話はもちろん創作でしょうが、呂尚と張良は実在した人物であり、張良の智謀は呂尚に匹敵すると称されていたのです。

 そこで二人を繋ぐこの物語が作られました。

 しかし「ただの謎の老人」という存在だと『三略』の信憑性が著しく落ちますよね。

 そこで「謎の老人」に「黄石公」という名前が付けられたのです。

 これにより「太公望呂尚が著した兵法書が黄石公を通じて張良へ渡された」という一本の物語が真実味リアリティーを帯びてきます。


 以上は中国古典の話ですが、小説を振り返ってみても、やはり真実味リアリティーを出すために端役にも「名前」が与えられているのです。

 田中芳樹氏『銀河英雄伝説』は数百名の登場人物のほとんどに「名前」が付けられています。

「SF小説」であるため真実味リアリティーを持たせるには「名前」を付けるしかなかったのです。

 水野良氏『ロードス島戦記』は「異世界ファンタジー」であるため、物語に直接関係する人物にのみ「名前」が与えられています。

 もし『ロードス島戦記』で端役にまで「名前」が付けられていたら、誰が重要人物か読み手にはいっさい伝わりません。

 とくに第一巻『ロードス島戦記 灰色の魔女』は元々単巻小説です。

 必然的に「名前」のある人物は限られてきます。

 人物が増えればページ数も増えてしまうため、「適度に」名前のある人物を「間引く」必要があるのです。




登場させたら使い切れ

 物語に「名前」のある人物を登場させたら、とにかく使い倒してください。

 当初複数の人物で役割分担していたものを、できるだけひとりの人物が兼務できないかを考えるのです。

 人数を絞るほどひとりあたりに費やせる文字数が増えます。

 前述の『ロードス島戦記』を例にしてみましょう。


 主人公パーンは聖騎士志望であり、亡き父は聖国ヴァリスの聖騎士でした。つまりヴァリスと因縁があるわけですね。そしてパーンは五人を引き連れてカーラ討伐へと向かうのです。

 パーンの親友エトはファリス教の司祭であり回復魔法の使い手です。ファリス教はヴァリスの国教ですから、ヴァリスの騎士たちから不審者と思われていたパーン一行にかけられた嫌疑を晴らすことでも役立ちました。

 ギムは亜人ドワーフの男性で近接戦闘能力はパーンよりも上です。マーファ教の司教であるニースに、彼女の娘レイリアを連れて帰ってくると約束しています。レイリアがカーラに肉体を乗っ取られて「灰色の魔女」となったのです。レイリアを取り戻す戦いの中で自らを犠牲にしてカーラのスキを生み出す役割を持っています。

 スレインは魔術師であり知識を有する賢者です。ギムがレイリアを連れ帰る任務に付き添って「彼自身の星を探す」旅に出ました。そのためスレインの二つ名は「スターシーカー」なのです。そして無事レイリアを救出できたとき、ニースの元へレイリアを連れ帰る役割が与えられています。なお続巻でスレインはレイリアと結婚しています。

 ヒロインのディードリットは亜人ハイエルフの少女で精霊魔法の使い手であり、パーン一行がヴァリスへ行く手段を失った際にハイエルフが管理する「迷いの森」を使って通り抜ける役割があったのです。

 ウッドチャックは盗賊で長いこと牢に囚われていました。久しぶりに釈放されたときに盗賊ギルドから儲け話になりそうなネタを仕入れたのです。しかしウッドチャックひとりでは心許ないのでパーン一行を用心棒にして旧邸に赴いてバグナードとカーラの存在を明らかにします。ヴァリス国の王女フィアンナを救出した後に王宮で開かれた舞踏会に出席しても所在無げで「自らが盗賊であり、称賛を浴びられない」ことを痛感させられます。カーラとの最終決戦においてカーラの意志が封じ込められたサークレットを額から取り外すという大役を任されており、実際にサークレット奪取に成功するのです。しかし自らが「盗賊」であるという負い目と古代魔法王国の知識への誘惑からサークレットを自らはめてしまいます。


 主人公パーティーの六人だけを例に出しましたが、ひとりが何役もこなしていることがわかるのではないでしょうか。

 これをもし一人一役に限定していたら『ロードス島戦記 灰色の魔女』は複数巻を費やさなければならなかったでしょう。

 だから兼務できるのなら人物を増やすのではなく、「名前」を付けたひとりの人物を使い倒しましょう。

 そのように取り計らうだけで読み手は登場人物全員を考慮してくれるようになります。

 ムダがなくなるので読みやすくもなるのです。





最後に

 今回は「登場させたら使い倒せ」ということについて述べてみました。

 登場人物はできる限り少なくすべきです。

 とくに意図もないのに人数を増やしてしまうと、一回しか出てこない人物も出てきてしまいます。

 そんな人にまで「名前」を付ける必要なんてありません。

 いや、一回しか出てこないような人物は登場させる必要すらないのです。



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