【第288話】メリット、デメリット?

 神官と同じように、騎士も冒険者として重宝されているらしく、クリスの冒険者登録は、シリューが考えていたよりもずっとスムーズに進んだ。


「ではこちらが、クリスティーナさんの冒険者カードとなります」


 受付嬢がカウンター越しに緑色のカードを手渡すと、クリスはそれを暫く愛おしそうに眺めて胸のポケットにしまった。


「それから、クラン『銀の羽』への加入届も完了です。これから、頑張ってくださいね」


 笑顔で手を振る受付嬢に見送られながら、シリューたちは冒険者ギルドを後にした。


「まさか、シリューくんが未だにEランクだったとは、知らなかったよ……」


 シリューの実績を考えれば、クリスがそんな感想を漏らすのも無理はない。


 初めて会った時でさえ、Aランクに匹敵するような実力を見せていたのだ。


「正式な依頼は薬草の採取と猫探し、それに行方不明の子供の捜索しか受けてなくて」


「猫に、子供……? え、でも……」


 クリスは目を見開いてシリューを見つめた。


「あ、でもでも、シリューさんが関わると、大体はものすごーく大変な事になっちゃいますねっ」


 そのせいで、何度も命の危険に晒されたはずのミリアムが、何故かにこにこと楽しそうに話し始める。


「子供を探してたら野盗団に行き着いて、そのまま魔族と関わっちゃって、凄腕の殺し屋さんとか、災害級とか、終いには王国の危機ですもんね」


「いや、何で俺のせい、みたいになってるんだよ」


 更にハーティアが腕を組んで目を閉じ、納得の顔をしてうんうんと頷く。


「まさに『道端の草を踏めば、国が亡びる』の体現者ね。末恐ろしいわ」


「いや、なに上手い事言った、みたいな顔してるんだ?」


 反論しようにも、二人の言った事は紛れもない事実だ。


 例えの話はよく分からない。おそらく元の世界での『風吹けば桶屋が儲かる』と同じ意味なのだろう。


 だが、けっしてシリューのせいではないし、ミリアムとハーティアも当事者であり、他人事ではない。


「あははは、何か、とてもシリューくんらしいね」


 クリスは、どこか期待に満ちた顔で笑った。


「ちょ、クリスさん……」


「ああ、ごめんごめん。君たちの関係が、少し眩しくてね」


「関係?」


 どういう意味なのか、シリューにはわからず首を傾げる。


「ああ、そこから先は秘密だ。自分で考えてくれ」


 唇に指を添え、ぱちりとウィンクしたクリスには、惹きつけるような艶やかさがあった。



◇◇◇◇◇



「改めて聞くが、君は剣を極めたいわけではなく、君の利点を生かすために、欠点を修正したい。ということで、いいんだよね」


「はい」


 帰宅してすぐ、クリスは休憩をとることもなく、シリューの訓練に付き合ってくれた。


「では、これを使って」


 クリスの用意した二振りの剣を、シリューはいつものように逆手に握った。


 もちろんこれは訓練用で、刃は入れられていない。


「ああ、まずそこから改めようか」


「え?」


「剣の持ち方だよ。逆手持ちにする、理由があるのかな?」


 シリューは剣を持つ手を見つめ、考えてみた。


「えっと……」


 いつからこの持ち方をしていたのか、何が切っ掛けだったのか、今となってはよく思い出せない。


「なんとなく、走りやすそうで……」


 あえて言えばそんなところだ。


 走る時に剣を普通に持っていると、その剣が目の前にきてしまい、気になって上手く腕を振れない。


「うん、そうじゃないかと思った。腕を振るのに邪魔なんだよね。でも君、戦闘中に走る時、腕を振っていないよ? 気付いていたかな」


「ええっ?」


 まったく気付いていなかった。


「逆手持ちにも、もちろんメリットはある。例えば不意打ちに遭って、少しでも早く抜剣したいとき。それから、足元の敵に、剣を垂直に突き下ろすとき。後は、背後の敵に、自分の腋の下から剣を通して突き刺すとき、などね」


 クリスはそれぞれの説明に合わせて、剣を振るってみせる。


「ただ、逆手持ちにはデメリットの方が多いんだ。まず、順手持ちに比べて力が入れづらいし、剣を振り切ろうとすると、最後は引き斬りの形になってしまう。何より、刀身ブレードよりも自分の拳が相手に近くなるから、折角の剣のリーチを活かせない」


「なるほど……」


 シリューは自分でも剣を振ってみる。


 先ずは逆手持ちのまま。


 二、三度振って順手に持ち替え、更に数回。


 しっかり意識すると、確かにクリスの言う通りだ


「理解してくれたところで、次に進もう。前に指摘した君の欠点は覚えているかい?」


「ええ。一つは、剣の振りが遅いこと。二つ目は、常に同じスピードで動きが直線的なこと。三つ目が、攻撃のとき必ず予備動作が入ること。でしたよね」


「そう。二つ目の動きに関しては、私は教えられないから、一先ず置いておこう。それで、一つ目については、少し気になることもあるけど、主に三つ目の予備動作が関係しているんだ」


 剣を振る前に一瞬その腕を引く、または肩が下がる。


 これは、勢いよく振ろうとして、無意識に行ってしまっている動作だ。


 しかも、攻撃する部分に視線を向けるから、いつ、どこに、左右どちらの剣で仕掛けてくるのか、相手にはっきりと教えているのと変わらない。


「そこを修正するだけでも、かなりの効果があると思う。では、目の前に敵がいることを想定して、上段から振り下ろしてくれ」


 クリスの指示に従い、シリューは右の剣を上段に構えて、一気に振り下ろす。


「ああ、ほら。やはり、直前に腕を引いてる」


「えっ?」


 シリューはもう一度、同じように上段に構えて、


「あ……」


 今度は振り下ろす前に気付いた。


 金槌で釘を打つときのように、振りかぶっている。


 それから何度も繰り返してみるのだが、どうも上手くいかない。


 振りかぶらないように意識すれば、振り下ろす速度が遅くなるし、速度を意識して力を入れれば入れるほど、振りかぶってしまう。


 終いには、もはやどう振っていいのか分からなくなり、ギクシャクとした動きになってしまった。


「ちょ、シリューさん……何だか、余計に酷くなって、ますよ……」


 いつの間にそこにいたのか、訓練を見学していたミリアムが、ぷりぷると肩を震わせながら、必死に吹き出すのを堪えていた。


「ぷっ、何その動き……捕まえられたカブトムシ? カ、カブトムシね……」


「カブ……ぶふっっ」


 既に笑っていたハーティアの例えが余程ハマったのか、ミリアムはとうとう堪え切れず盛大に吹き出してしまう。


「くそ、笑いすぎだろ。後で覚えてろよ、まったく」


「お、覚えておきますけど、ぷぷっ、何を、するんですか」


「くっくく……カブトムシより、勇ましいといいわね」


 シリューがいくら凄んでみせても、二人はまったく意に介さず笑い転げる。


「ああっ、マジむかつくっ」


「まあまあ、シリューくん。怒らない怒らない。ミリアム殿、ハーティア殿、あまり煽らないでくれ」


 そう言って宥めるクリスも、シリューが本気で怒っているわけではないとわかっていた。


「さて、シリューくん。どうしてそんな動きになってしまったのか、わかるかい?」


「ええっと……」


 気を取り直して考えてみても、シリューには答えが出せない。


「すみません、わかりません」


「ああ、謝らないで。わからなくていいんだ、そこをわかるようにするのが、私の役目だから。シリューくん、君はなまじ膂力があるばかりに、腕だけで剣を振っているんだ」


「腕だけ……?」


 クリスは大きく頷く。


「納得いかない、っていう顔をしているね」


 剣は腕で振るもの、当然そう思っていた。


「剣は身体全体、身体の軸を使って振るんだ。言葉で説明するのは難しいから、よく見ていてくれ」


 クリスは剣を上段に構え、すうっと短く息を吸い込む。


 そして。


 踏み込みながら袈裟懸けに振り下ろす。もちろん、振りかぶりはしない。


 それから、止まることなく右へ薙ぎ、切り返して左へ。


 剣の軌跡は円を描き、身体は風に揺れる草のようにしなやかに動く。


 わかりやすいように、抑えた速さだったが、意味は十分に伝わった。


「君の身体能力なら、コツさえ掴めば直ぐに身に付くさ」


 シリューは今の演武を、脳裏に焼き付けた。






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