【第136話】誤解曲解?

 間に何度かの小休止をはさみ、キャラバンは日が沈むまでいくらか余裕のある時間に、今日の野営地である見通しの良い開けた丘へと辿り着いた。


 9台の馬車は半円を描くように前方を円の内側に、やや斜めに向けて停車する。


 キャラバンの参加者たちは、それぞれにテントを設営し焚火を囲み、簡単な食事の準備を始める。


 商人や冒険者にはマジックボックス持ちが多いとはいえ、その容量には限界があり、加えて荷馬車には商品を積んでいるため、水や食料を大量に持ち歩く事はできない。


 王都へは5日の行程だが、2日目の夜には中継点の街に入る。つまり2日我慢すれば水にも食事にもありつけるし、その後王都までは穏やかな平原を3日我慢すればいいわけだ。


 そういった理由で商人たちは、荷馬車に目一杯の商品を積み込み、水も食料も最小限に抑えていた。


「みんなバラバラなんだな……」


 シリューはちらほらと並ぶテントを眺めて呟いた。なかにはテントを使わずそのまま野宿するグループもある。


 纏まっているのは疾風の烈剣ぐらいだろうか、猫耳プラチナブロンドの少女も彼らと一緒のようだ。


「こういうキャラバンなら、ほとんどこんな感じですねぇ……ってシリューさん初めてですか?」


 ミリアムは意外そうに目を丸くし、シリューを見つめた。


「ああ。冒険者になったのも2カ月前だし、それまでは旅とかした事なかったなぁ」


 中学の修学旅行には参加しなかったから、長距離の旅は小学生の修学旅行以来になる。


「なんか、キャンプみたいでわくわくする」


 そんなシリューの表情に、ミリアムがくすっと笑う。


「ん?」


「シリューさんでもそんな子供みたいな表情かお、するんですねぇ」


 ミリアムはなぜか嬉しそうだ。


「って、俺そんな顔した?」


「はいっ、シリューさんのかわいいとこ、またみつけちゃいました♪」


「う、うるっさいっ。ほら、さっさと準備するぞ」


 シリューは赤くなった顔をそらし、誤魔化すように野営の準備を始める。


「うわぁ、シリューさん奮発しましたねぇ」


 組み立てられた状態のままガイアストレージから取り出し、目の前に設置されたテントを見て、ミリアムは溜息まじりに呟いた。


「ああ、金はあるんだし、どうせなら快適なほうがいいと思ってさ」


 3~5人用のダブルウォールのドーム型で、何の革だか忘れたが外側のフライシートには防水加工が施され、非常に高い耐水圧で嵐や大雪にも対応できる。また、本体であるインナーテントは、風系魔法の付与により通気性が確保され、内部からの音漏れを防ぎつつ、外側の音を拾う集音効果も備わっている。


「あれ? テント……一つなんですか……?」


「え? あっ……」


 言われてはじめて気が付いた。


 野営用品の買い物をする際、シリューは予備も含め余裕をもって、3~4人分の道具や装備を揃えた。その時、テントも5人用なら十分な広さがあり、窮屈な思いをしなくてすむだろうと思った。


 ただし、大き目ではあるといっても、テントはテント、である。


「ああ、あのっ、私、外で寝ますからっ」


 何故その事に思い至らなかったのだろう。


「い、いや、そこはほらっ、俺が外でっ」


「や、だ、ダメですよ、そんな……」


 閉じられた空間に、男女2人。


 シリューもミリアムも、あたふたとしたやりとりの後、お互い頬を赤らめ下を向いた。


 ただ1人、冷静なヒスイがにっこりとほほ笑む。


「ご主人様はミリちゃんと寝てあげるの、です。音は漏れないから、声を出しても大丈夫なの、です!」


「え!? こ、声っ? や、やだっ、そんな……」


 ミリアムは両手を口にあてて、シリューをちらちらと横目で見る。耳まで真っ赤にして、アーモンドの瞳は僅かに潤んでいる。


「ヒスイ……それもう誤解のレベルじゃあ、ないよね……」


 シリューの脳裏に浮かんだのは、リジェネレーションを使い倒れた後、生命力を分け与えてくれたミリアムの肢体。


 〝ヤバい、うん、ホントにそれはヤバい〟


 シリューは早鐘を打つ心臓を、何とか落ち着かせようと試みるが、上手くいかない。他の事を考えようとすればするほど、瞼にミリアムの艶めかしく汗ばんだ姿が浮かんでしまう。


「し、シリューさん……あの……私、は……」


 何か言いかけたミリアムの言葉も、シリューにはよく聞こえなかった。


「ご主人様は、よく夜中にうなされているの、です。外に声は聞こえないし、ミリちゃんが傍にいれば、安心なの、です!」


 ヒスイが屈託のない笑顔で、ちょこんっと首を傾ける。


「そっちかあああっ!!」


 シリューとミリアムの声が重なった。






「とりあえず、何もなかったな」


 夕食の干し肉を水で喉に流し込みながら、クラン『疾風の烈剣』のリーダーであるエクストルは、同じように焚火を囲んだメンバーたちを見渡した。


「でも、まだあと4日あるわ」


 炎を眺め、最初に口を開いたのは、今回の護衛対象である猫耳プラチナブロンドのハーティアだった。


「なあエクストル、ホントに襲ってくると思うかい?」


 弓使いの小柄な男が尋ねた。


 疾風の烈剣は、男性剣士が3人、弓使いの射手が男女それぞれ1人ずつ、槍使いの男性1人で、この6人が今回騎乗による護衛を担当している。加えて魔法使いも射手と同じく男女2人、女性の治癒術士が1人、最後の1人が御者を兼ねた雑務担当で、彼は怪我により冒険者を引退したメンバーだった。


 今焚火を囲んでいるのは6人で、残り4人は見張りに立っていた。


「どうかな? 俺たちと一戦交えようって奴が、そうそういるとは思えないけどな……」


 疾風の烈剣はその呼び名通り、持ち味のスピードを生かした集団戦を得意としていた。相手が野盗や魔物の群れなら、なんら問題としないだけでなく、彼らはC級(災害級)のサウラープロクス等を倒した実績もある。


「相手は魔族、油断は禁物だと思うわ。彼らはを取り戻すために、薬で強化したワイバーンを使ったのでしょう?」


 ハーティアは、自分のマジックボックスから小さな箱を取り出し、目の前に掲げる。


 魔力を遮断するその箱には、人造魔石の欠片が収められているが、暗号化された魔術式により封印が施され、ハーティアにも開ける事はできなかった。


「だけど、どうも信じられないなぁ、人や動物の死体を魔物に変えるなんて……」


 弓使いの男が、訝し気に呟く。


「魔族がそういった研究をしているのは事実よ。それよりも気になるのは……」


「誰がワイバーンを倒したのか、だな」


 ハーティアの言葉を、エクストルが繋げる。


「ええ。レグノスの戦力を考慮すれば、もっと被害が大きくなっていたはずだわ」


「それについてはワイアット支部長も、はっきりとは教えてくれなかったな」


 エクストルが手のひらをみせ肩を竦めた。


「街で聞いた噂も、余りに破天荒過ぎて信憑性の欠片もないものね」


 片方の眉を吊り上げ、ハーティアはため息交じりに零す。


「〈断罪の白き翼ブランシェール〉に〈深藍の執行者〉? 災害級のしかもB級のワイバーンを1人で倒すなんて芸当、エルレインの勇者ぐらいだろう? 眉唾だな」


「ワイバーンに似せた別の何か……というところかしら?」


 エクストルとハーティアの見解に、その場の全員が納得したように頷いた。


 それもそうだろう、B級を単独で倒せるのはミスリルクランぐらいで、しかも8人以上で戦いに臨む必要がある。


 エクストルたちゴールドなら、少なくとも3チーム以上で共闘してやっと、というところか。


 とにかく1人2人でどうにかできる相手ではない。


「そういえば、ハーティアと同じ馬車の、神官さんの連れも冒険者じゃなかったか?」


 エクストルが思い出したように尋ねた。


「ええ、でも彼はEランクの魔法使いよ。もし戦闘になっても戦力にはならないわ、精々他の人たちの避難誘導ぐらいかしら」


 シリューは極力正体を隠すため、藍のコートではなくグレーのマントを羽織っていた。そして、今のところその思惑は上手くいっていた。


「まあ、それだけでも非常時にはありがたいけどな」


 焚火に投げ入れた枯れ枝が、エクストルの目の前で火の粉を上げ、すっかり暗くなった夜空に舞った。





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