【閑話】ミリアムの休日
閑話です。
今回に限り、ミリアム視点の一人称です。
窓の外から聞こえてくる小鳥の囀りに、いつもと同じ時間に目が覚める。
今日はお休み。もう少し寝ていようかと思ったけど、レースのカーテン越しに見える青い空に引き付けられて、そっとベッドを降りる。
カーテンを引いて窓を開けると、少しひんやりとした風が頬を撫で髪を揺らす。
気持ちいい。うん、寝るのは勿体ない。
髪をカチューシャで留めて寝間着のまま廊下へ出ると、同じように洗面所に向かうメリッサと鉢合わせになった。
彼女はいつも通り下着姿だ。まあ、ここは女子寮だし、男の人はいないからいいんだけど、年頃の女の子がショーツ一枚でうろうろするのはどうかと思う。
「おはよ、ミリアム。今日は休みじゃなかった?」
「おはようございます、メリッサ。休みだけど、寝てるのもなんだかもったいなくって」
「いいなあ、朝に強い人は……」
メリッサは口に手を当てて大きな欠伸をした。ほんとに眠そう。
「でも私、夜は苦手ですよ?」
「そっか、ミリアムってすぐ寝ちゃうものね……ま、寝る子は育つって言うし、一段と育ったんじゃない?」
メリッサの視線は私の……。
「それを目の前にして、キスだけって……
痛いところ衝いてくるなぁ、でもたぶん間違いない。
「……へたれ……だと思います……」
もちろん紳士ではあると思う。でもでも、もう少しなんかこう……。
「いいなあ、私も強くて、顔が良くて、頭が良くて、将来有望な恋人が欲しい」
恋人? あれ? ちょっと待って。
確かに、シリューさんは贔屓目に見ても、顔も頭もいいし、めっちゃ強いし将来有望な冒険者だと思う。でも待って、よく考えてみれば、キスはしたけど……。
「ん? なにその微妙な顔。あれ? お付き合いしてるんじゃ、なかった?」
メリッサが神妙な顔で聞いてくるけど、私そんなに微妙な表情だったのかな?
「お付き合いは……特には……」
一緒にいたのはお仕事だったし、そもそもお互い「好きだ」とか告白めいた事を言った覚えがない。
「あ、あははは……なんかごめんね。これからよ、これから頑張って!」
うん、頑張る、頑張るけど、何をどうやって? だいたい男の子とお付き合いしたことないから、相手がどう思ってるかなんてよくわからない。シリューさんの場合は特に……。
あれ? 何か泣きたくなってきちゃった。
「ああっ、早く顔洗って朝ごはん食べなきゃ遅刻しちゃう」
メリッサが、変な空気をごまかすようにあたふたと廊下を駆けだす。
そのあと、少し気まずい雰囲気のまま並んで顔を洗って、お互いそそくさと部屋に戻った。
寝間着を脱いで鏡の前で髪をとかす。
特別にお休みを頂けたから、いつもよりのんびり。
ジャネットさんの件で凄く褒められて、労いってことで2日のお休みを貰ったけど、何となく気恥ずかしかった。
「私は何にもしてないって……何度も言ったんだけどなぁ……」
でも、せっかくのお休みだし、いいお天気だし、お出かけしよう。
シリューさんどうしてるかな、誘ってみようかなぁ。
「でもでも、女の子から誘うって、はしたないって思われるかなぁ……」
そこで重大なことに気が付いた。
すごく気に入ってる紫のショーツとセットのブラ。なんだかカップが……。
「ああっやばいっ、ヤバすぎでしょ」
なんでこんな事になったの?
ううん、気付いてたけど、薄々は気付いてたけどっ。
なるべく考えないようにしていた、というより認めたくなかったのにっ。
でももう誤魔化せない。明らかに……。
「どうしよう……」
太った、ううん、育った。
「やっぱり、サイズが合わない」
しかもカップだけってどういう事?
ホントやばい、今でもメロンとかばいんばいんとか言われるのに、このまま育ち続けたらメロンがスイカになっちゃう。今のままでも十分重くて邪魔なうえバランスも悪い気がするのに、これ以上大きくなったらもう……。
それに差し迫った問題もある。
「新しいの……買わなきゃダメかなぁ」
無理やり押し込めることは一応できるけど、これを一日中はかなりきついかも。新しく買い揃えたいけど、先立つものが……。
何かため息が出ちゃう。
「お洋服の代金、シリューさんに払うって啖呵きっちゃったもんなぁ……今更やっぱり下さいなんて、恥ずかしくて言えないし……」
お給料は壊した物の修理代を天引きされてるから、自由に使える額は泣きたいくらい少ない。
「だ、ダイエットしようかな」
ただそれだと効果がでるまでに暫くかかるし、その間どうしよう。
「……やっぱり……買いに行こう……」
当分の間は昼食抜きが続きそう。
ラベンダーグレイのキャミソールワンピースを手に取ったら、もう一度ため息が零れた。
「……以上になります、確認をお願いしますねシリューさん」
冒険者ギルドの裏手。
倉庫にずらりと並べられたワイバーンの素材の前で、レノは明細書をシリューに手渡しながらにっこりとほほ笑んだ。
「素材は2日後のオークションにかけられます。状態、品質ともに極めて良好ですので、かなりの高値がつくと思いますよ」
「そうですか、楽しみに待ってます」
笑顔でそう答えたシリューだったが、実はそれほどお金が欲しいわけではなかった。今でも十分すぎる額が手元にあり、不自由はしていない。
「頼んでいた物はどうなってます?」
ワイバーンの鱗や皮は、ミスリルの剣でも斬ることが難しいほどの強度があり、加えてその柔軟性から防具の素材として、龍種を除けば最高レベルに評される。
シリューはその一部を、売らずに自分で使う事に決めていた。
「こちらに纏めてあります」
端に置かれた木の箱を指し示してレノが頷いた。
長さが150cm、幅と高さが80cmほどの箱の中に、きれいに折り畳まれた皮と、一回り小さな箱には鱗が整然と重ねられていた。
ワイバーン全体からすれば10分の1程度だが、3~4人分の防具が作れるだろう。
「ありがとうございます、わざわざ」
シリューの口から、ごく自然に感謝の言葉が出たことに、レノは少し驚いた表情を浮かべた。
「いいえ、こちらも儲けさせて頂きますので。でも……解体作業の担当に、そう伝えておきますね」
「お願いします」
シリューは頷いて、2つの木箱をガイアストレージに収納した。
「ああ、そうだシリューさん。一つギルドからお願いしたい依頼があるんですけど……」
「なんですか?」
「それが、あの……」
レノが遠慮がちに語ったところによると、昨日から崩壊した城の撤去作業が行われているのだが、大量の瓦礫に手のつけようがなく、まったくと言っていいほど作業が進まなかったらしい。
埋もれた証拠の調査のため、早急に撤去する必要があるのだが、土系魔法の使い手たちも早々に音を上げ、作業初日から躓いてしまった。
冒険者ギルドにも応援の要請がきたのだが、そこでワイアットが思いついたのがシリューの持つマジックボックス〈ガイアストレージ〉だった。
「今日は無理ですけど、明日からなら構いませんよ」
シリューとしても、逃げた仮面の男の正体を掴みたい。それに正式なクエストなら断る理由もない。
「ありがとうございます! 早速支部長に伝えますねっ」
これほどすんなりと引き受けてくれると思わなかったレノは、余程嬉しかったのか満面の笑みで声を弾ませた。
「はい、じゃあ明日」
シリューは軽く頭を下げて倉庫を後にした。
「あれ……? ええと……」
お店の名前は覚えてる。何度か行ったこともあるから、この道で間違いないと思う。でも、こんなに遠かったかな? やばい、迷ったかも。ただ、何となくだけど街並みに見覚えがある気がする。……気がするんだけどなぁ。
「ミリアム!」
きょろきょろとしながら歩いていたら、後ろから呼ぶ声が聞こえた。
「あ、シリューさんっ」
意外なところで会えたせいで、思わず声が弾んでしまった。なんかこれじゃあ、主人に呼ばれたわんこみたい、恥ずかしい。
ヒスイちゃんがにっこり笑って、胸のポケットから顔を出す。
「ミリちゃん、おはよう、なの」
「ヒスイちゃん、おはよう」
顔の横で両手を振る仕草がとってもかわいいヒスイちゃん、私も小さく手を振る。
「こんなところで何してるんだ?」
ぎっくぅっ。
「え、えっと、お買いもの、ですぅ」
なんだろう、シリューさんの表情がいかにも、お前また迷っただろう、って言いたげだ。実際そうなんだけど。
「あのぅ、ここって東区ですよね?」
「うん違う、西区」
即答された。
なんで西区? お店は東区で、当然東区に向かっていたはずなのに。
「なんだ、東区の店に行きたかったのか? まあいいや、ちょうどいいところで会った、お前に頼みがあったんだ、ミリアム、俺と付き合ってくれ」
「つ、付き合うっ!?」
心臓がどくんっと跳ねる。え? え? それって、もしかして?
「ああ、これから防具屋に行くから、一緒に来てくれ」
またそれかあああああ!!!
ええ、ええ、期待した私が馬鹿でした。シリューさんがそんな事言ってくれるはずないですよね!
「シリューさん……言い方……」
「え?」
シリューさんはきょとんとした顔をしてる。うん、これはまったく気づいていない。
「それより、いくぞ。後で送ってやるから」
「あん、待ってください」
私の返事も聞かず、さっさと歩いて行ってしまうシリューさんに、小走りで追いついて隣に並ぶ。防具屋さんってあのえっちな恰好したエルフさんの? 新しい防具でも作るのかな、でもなんで私を連れて行くんだろう。
「あら、いらっしゃい。やっと連れてきたわね」
店に入ると、相変わらずえっちな恰好(たしかビキニアーマーだったかな?)で、ベアトリスさんがほほ笑んでいた。
「ベアトリスさん、いつこの街を離れるんですか?」
「1週間後よ、なにかあった?」
「じつは、防具を一式作ってほしいんですけど……」
そこまで言って、シリューさんが私のほうに目を向けた。ベアトリスさんも納得したような顔で何度も頷く。
「オーケー、まかせといて。最高に燃えるビキ……」
「違うわっ、えろエルフ!」
ベアトリスさんが何か言いかけたけど、シリューさんがそれを遮った。
いつもながら、遠慮の欠片もないツッコみ、さすがシリューさん。
「相変わらず随分な発言ね、嫌いじゃないけど」
ベアトリスさんも何故だかにこにこ笑っている。
「……で、どんな物をお望み?」
シリューさんはガイアストレージ? からシートに包まれた何かの素材を出してカウンターの上に置いた。
「これで、躰と手足を守れる物をお願いします」
ベアトリスさんがシートをめくり物凄く驚いた顔になる。
「ち、ちょっと、これってワイバーン……」
「はい、お願いできますか? 時間がなければ諦めますけど……」
少し難しい表情でしばらく考えた後、ベアトリスさんは不意に顔を上げて意味ありげな笑みを浮かべる。
「大丈夫、シリューくんの頼みだもの、任せておいて」
ベアトリスさんはカウンターから出て、私の手を取った。
「じゃあ、採寸するからこっちへ来てね」
え? 私? どういう事?
「し、シリューさん?」
「俺はここで待ってるから、細かい事はベアトリスさんに話してくれ」
そのまま、カウンター奥の部屋に連れていかれた。
「じゃあ採寸するから、服を脱いで」
ええと、これって私の防具を作るってことなのかなぁ。いまいち事情が飲み込めないけど、とりあえず言われた通り服を脱ぐ。
「わおっ。こ、これはもう……兵器ね……」
なんですかそれ、人の胸にそんな評価を付けないでほしい。
「でも、ブラはつけたほうがいいわよ?」
「いえ、サイズが合わなくなって、買いに行くところだったんです」
メジャーを持ったベアトリスさんの手が止まる。
「……って、まだ成長してるってこと?」
「はあ……そうみたいですぅ」
なぜだろうベアトリスさん、呆然とした顔で首を振り、ぶつぶつ何か呟いている。
「あのぉ……」
「あ、ごめんなさい、気にしないでっ」
いえ、とっても気になります。
そのあと、躰の各部を測って、いろいろと質問されて、その度にベアトリスさんがメモをとるのを繰り返し、30分ぐらいでようやく終わった。
「じゃあ、もう服を着ていいわよ。デザインは任せてね」
「はあ、あの……代金は……」
切実な問題だ。下着を買うお金でもやっとなのに、専用の防具だなんて、多分払えない。
「気にしなくていいわ、シリューくんが払ってくれるから」
「え? そ、そんなっ。ダメです、そんなのっ。私、お断りしてきます!」
部屋を飛び出そうとした私の手を、ベアトリスさんが握って止めた。
「落ち着いて……何があったのかは分からないけど、ワイバーンの素材を惜しげもなく出すくらいだもの、シリューくん、よっぽど貴方の事が心配なのよ。いろいろ思うところはあるでしょうけれど、ここは素直に彼の気持ちを受け止めてあげなさい」
ベアトリスさんの目が慈愛の光に満ちる。
シリューさんの、気持ち……。大事に、思ってくれている……?
「それに、その恰好で出ていくのは、さずがにどうかと思うわ」
ベアトリスさんの言葉にはっとなり、自分を見下ろす。
紫のパンツ一枚。うん、このまま出て行ったら、完璧に変態だ。止めてもらって良かった。
「因みに……ワイバーンの素材っていくらくらいするんですか?」
「聞かない方がいいし考えないほうがいいわ、絶対心臓止まるから」
断言された。なにそれ、怖い。うん、考えないほうがいいみたい。
それからちゃんと服を着て、シリューさんの待つお店にまわる。
「ごめんなさい、随分待ったでしょう?」
「いえ、待つのはなれてますから」
本当に随分待ったはずなのに、シリューさんは特に気にした様子もなく涼しげに笑った。
「どれくらいで出来上がります?」
「そうね……5日後の夕方には仕上げておくわ。それでいいかしら?」
「十分です。すみません、無理言って」
シリューさんは、神妙な顔でベアトリスさんに頭を下げる。
いつも思うけど、シリューさんってどうしてこう礼儀正しいんだろう。ホント年下とは思えない時がある。ぶっきらぼうだったり、めちゃくちゃ優しかったり、時々照れたりして、かわいいけど。
店を出て、並んで歩きながら、今回の事をちゃんと話そうと思った。好意を受け取るにしても、全額出してもらうのは違う気がしたから。でも口を開きかけた私より先に、シリューさんが話を切り出した。
「前にも言ったけど、服の件は必要経費だからお前が払うことないから。それと、防具もな」
「そ、そんなっ。ダメです、ちゃんと払いますからっ」
シリューさんに何か下心があるとしても、それはそれでいいかなと思う。でも、私だって自立した一人の女だ、養われるようなマネはしたくない。
シリューさんは立ち止まって私をじっと見つめる。
「お前にもプライドがあるってのはわかるよ。けどなミリアム、お前がまた手足を失うようなことがあれば、俺は迷わずリジェネレーションを使う」
シリューさんの目は本気だ。私がそんな事になったら、シリューさんはまたリジェネレーションを使うだろう、たとえそれで命を落としたとしても。
「そ、やめて、そんな事やめてくださいっ!」
それだけは駄目だ、あんな事になったら私……。
シリューさんはいつものように涼しげな笑みを浮かべている。
あれ? ちょっと待って、私がまた? それってもしかして、これからもずっと……?
「ぜったいやめない。だから諦めて受け取れ」
いたずらっぽくそう言ったシリューさんに自覚があるのかは疑問だけど、 これって脅しじゃない? でも、だめだ……勝てない。
「わかりましたっ。じゃあ、これからもよろしくおねがいします!」
シリューさんの腕をとり、しっかりと胸に抱く。あたってもいい。
「ば、お前っ、え? ちょ、ちょっとっ」
今日はいつもより柔らかいのよ。
シリューさんは顔を真っ赤にしてる。
うんやっぱりヘタレ、だ。でもでも……。
やっぱり、かわいい♪
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