【第118話】潜入!

 我ながら大胆な行動と発言だった。


 あのままの流れで初めての一線を越えてしまっても、シリューとなら構わない、とミリアムには思えたのだ。


 ただ、衣服を身に付けながら落ち着いてくると、少しずつ恥ずかしさが込み上げてくる。


「だ、大胆過ぎでしょ……シリューさん、ふしだらな娘だって……思ってないかなぁ……」


「お、思ってないから……そんな事」


 背後から、遠慮がちなシリューの声。


「ふにゃあああっ」


 心の声がダダ洩れだったようだ。


「ミリアム、これ……」


 シリューは、マントの代わりに自分の藍のコートを差し出した。さっき渡したマントでは、前の部分を完全に覆いきる事ができず、ちらちらと見えてしまうと、何となく抑えが効かなくなりそうな気がした。いや、絶対無理だ。


「あ、ありがとうございますぅ」


 なるべくミリアムを見ないように手渡し、シリューはさっと背を向ける。


「……あ、袖が長い、指しか出ない……」


 背中越しに、ミリアムの独り言が聞こえる。


「細く見えても、やっぱり男の子だなぁ肩余っちゃう……あ、胸のボタン、何とか、届い……で、でも何これ? あんっ、プレートが、あたって……やんっ、ちょっとっ、これっ、んっ……」


「黙って着ろ!!」


 何故か、段々と艶めかしい声に変わってゆくミリアムに、シリューはいけない妄想を振り払うように声を荒げた。


「はっ、ご、ごめんなさいっ」


 格闘する事数分、ミリアムはようやく大人しくなった。


「お待たせしましたぁ」


 藍のコートは、当然シリューのサイズにぴったりと合わせてある。


「うん、そうだろうな……」


 胸囲90cmの胸の部分だけが、はち切れそうなほど膨らんでいた。


「実サイズ90cm以上……ウエストめっちゃ細いのに……うん、分かってたけど……」


「ご主人様? 何を考えているの、です?」


 妄想から現実に引き戻してくれたのは、やはりヒスイだった。


「ゴメンナサイ、ナンデモアリマセン……」


 ちょこんっと首を傾げるミリアムに、多少後ろめたさを感じながら、シリューは手を差し伸べた。


「街まで送るよ、その後は……」


「一緒に行きます!」


 ミリアムは、シリューの言葉を遮り、きっぱりと言い切る。


「でも、相手はカルヴァート伯爵だ……お前は……」


「シリューさん、此処まで来たら、死なば諸共、ですっ」


 真っすぐにシリューを見つめるミリアムの瞳には、絶対に引かないという強い意志が込められていた。それに、捕らわれた人達を救出するには、ミリアムがいてくれたほうがいいだろう。


「分かった、一緒に行こう。一蓮托生な」


「それです!」


 目標は街の北、丘の上に建つカルヴァートの居城。


 シリューは、ヒスイをポケットに、ミリアムをお姫様抱っこで抱きあげる。以前は遠慮がちだったミリアムも、ごく自然に両腕をシリューの首にまわし肩に顔を埋める。


「じゃあ、いくぞ……」


「はい……どうぞ」


 シリューは出来るだけ衝撃の少ないよう、ゆっくりと空へ駆けあがった。


「あぁっ」


 未だに空を飛ぶ事に慣れていないのだろう、ミリアムは小さな悲鳴を上げる。ただ、小刻みに震えてはいるが、以前ほど躰は強張ってはいない。


「……怖いか?」


 ミリアムはぷるぷると頭を振った。


「へーきです……シリューさんなら……」


 何となく疑問符のつく答えだったが、シリューは大丈夫、と受け取る事にした。


「じゃあ、ちょっとスピード出すから、しっかり掴まって」


「……いいわ……出して……」


 ミリアムが小さく頷き、その両腕にぎゅっと力を込めてシリューに縋りつく。


 シリューは一旦雲の上まで上昇する。


「シリューさん、お城の城壁には結界が張られています。どうやって入るんですか?」


 目を閉じたままのミリアムが、顔も上げずに尋ねた。当然の疑問だ。シリュー1人ならそのまま突入出来るが、ミリアムとヒスイは結界を抜けられない。


「考えがある、ちょっと怖いかもしれないけど、我慢してくれ」


 そう言って、シリューは城の真上から、ほぼ自由落下に近い速度で降下を始める。


 ミリアムはお腹に感じる浮遊感に、声を漏らさないよう歯を食いしばって必死に耐えた。


「セクレタリーインターフェイス! 城の魔力結界を解析しろ!」




【解析……解析を完了しました。結界魔法の術式を解読しました】




「結界の一部を一瞬だけ解除できるか?」




【可能です。落下速度と角度から、結界への接触ポイントを算出します】

【接触ポイント確定。接触する瞬間に半径1mの範囲を解除します。接触まで3秒、2、1……解除】

【結界通過を確認、結界を再生します。再生を完了しました】



 シリューは、結界を潜った直後に反転、素早く足場を構築し城の裏手へ着地する。


「んくぅっ」


 自由落下によるほぼ無重力の状態から、急激な重力の増加に耐えきれず、ミリアムは思わず呻き声を漏らす。


「ごめん、大丈夫だったか?」


 微かに震えるミリアムを、そっと地面に降ろしシリューは尋ねた。


 城の真上からの垂直降下と、ほぼ減速無しの着地。敵の監視を潜るため多少強引な方法をとったが、抱いているミリアムの事を考慮してやれなかった。


「はいっ、へーきですよ? シリューさんと一緒ですからっ」


 若干声がうわずっているのは、まだ落ち着いていないのだろう。よく見ると目尻に涙の痕が残っている。


「そうか、随分慣れたんだな」


 シリューは上目遣いに頬を染めるミリアムの頭を、ぽんぽんっと優しく撫でた。


「さて、ここは敵陣だからな。のんびりとはしてられないぞ」


「はいっ。これから、どうしますか?」


 大きな植木の陰に身を隠したシリューに倣い、ミリアムもその隣に身を伏た。


「ちょっと待って、いま調べる」


 シリューは城全体を慎重に走査スキャンする。


 使用人が維持管理しているだけで、実際は使われていないという話だったが、考えていたより人が少ない。


 3階の奥に1人、これがおそらくカルヴァートだ。1階に表示された5人はせわしなく移動している、こちらは多分使用人だろう。


 そして……。


「見つけた……」


 地下に設けられたシェルターらしき四方10mぐらいの部屋に、輪になって固定された輝点が四つ。その場所と状況を鑑みて、誘拐され捕らわれた人たちに間違いない。その部屋の前に見張りと思しき輝点が一つ。


「ん?」


 そして、その更に奥。小さな部屋の壁際に、動きの無い一つの輝点。


「地下牢? 誰か拘束されてるのか……?」


 これで状況は把握出来た。優先すべきは捕らわれた人たち、そして行方不明の聖神官の救出。


 シリューは目的の地下室に一番近い入口を探した。


「行こう」


「はい」


 2人は素早く木の陰を渡りながら、入口の前へとたどり着く。




【魔法により、施錠されています】




「まった、施錠を解いたら、相手に気付かれるか?」



【その可能性を否定できません】




 どのみちここを開けなければ、城の中に入れない。すべき事は基から決まっている。


「5秒後に解除しろ」


 シリューはミリアムを促し、突入の体勢をとる。後は、時間との勝負だ。




【5秒前、4、3、2、1……解除しました】




「よしっ行くぞ! 油断するな!」


「はい!!」


 2人は分厚い木戸を開き、城の中へ駆けこむ。


「こっちだ」


 シリューは迷わず地下に降りる階段へ向かう。


麻痺放電ショートスタンっ」


 地下シェルター前の見張りを電撃で眠らせ、入口の施錠を解除し勢いよくドアを開ける。


「うっ……」


 目に飛び込んできた異様な光景に、ミリアムは思わず呻くような声を漏らした。


 部屋の中央に太い金属質の支柱があり、その周りに背もたれを支柱にむけた椅子が並んでいる。


 その中の四つに、捕らわれた人たちが全裸で拘束されていた。3人は女性、そして1人は小さな女の子。


 コードのついた、目までを覆う黒い兜を被せられ、口には酸素マスクのような物がつけられていた。そのマスクには、それぞれの頭上から親指大のホースが繋がり、そのホースの先は支柱から水平に伸びたアームへ収まっている。


「あああああ……」


「うぁうううう……」


 手、脚、腹、そして首を皮のベルトで固定され、身動きする事も許されず、ただ低い呻き声を漏らす。


「ひ、ひどい……なんですか、これ……」


 人としての尊厳をすべて奪われ、まるで実験動物のように扱われている彼女たちを目にして、ミリアムはその瞳に涙を浮かべる。他人事とは思えなかった。シリューがいなかったら、自分もあそこに座らせられていたかもしれないのだ。


「まったく……悪趣味にもほどがある……」


 走査の結果、魔力を搾取する装置と判明した。


 おそらく頭の兜から魔力を吸い上げるのだろう。口のマスクのホースは、栄養と魔力回復薬を強制的に胃に送り込むためのものか。椅子の座面が独特の形をしているのは……。シリューはそれ以上考えるのを止めた。


「とにかく、この人たちを解放しよう。今装置を止める」


 シリューは室内を埋める装置の動力を切る。無理に解放しなかったのは、頭に付けられている兜を外した場合の危険性を考慮しての事だ。


「装置を止めた、ミリアム、みんなを!」


「は、はいっ!」


 シリューはミリアムにナイフを渡し、その場をミリアムに任せて、この奥の地下牢へ向かった。


 強固な造りの扉を潜り、つきあたった一番奥の牢に男が1人。固定された長い鎖に両手を繋がれて、ぐったりと壁に寄りかかっていた。


 長い間洗っていないのだろう、金色の髪は埃と皮脂でくすみ、手入れのされていない髭も伸び放題だった。


「誰だ……今度は私の血でも啜りに来たか……」


 男が皮肉を込めてゆっくりと顔を上げる。


 この状況にあっても、まったく怯む素振りのない眼光


「貴方は……まさか……」


 髭と汚れに覆われ、やつれてはいるが、見忘れる事のない顔がそこにあった。


「カルヴァート伯爵……」




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